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半透明のケット・シー  作者: 七瀬渚
第1章/狼の日常(Ray)
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4.女の園は肩身が狭い



――同日。



 研修も兼ねた共同任務の後、レイは単独任務に向かった。まだ記憶に新しいあの場所へ飛んでいって、早々に帰ってきた。向かった先は、生物研究班。



 白い扉を開くと速攻で鼻を突いてくる薬品の苦い匂い。嫌いじゃない。


 びく、と身を引いて導線を作る白衣の研究員たちの間をすり抜けて奥に座っている一人に声をかける。



「ナツメ! 採ってきたぞ」



 これでいいんだろ?




 白衣の背中に突き付けた。顕微鏡を覗き込んでいたそいつはワンテンポ遅れて振り返った。




 生物保護班の班長・ナツメ(28歳)銀縁眼鏡の乗っかった冷たげな無表情。後ろで一つに縛った黒のロングヘアに同色の目。



「おお、ご苦労だったな、レイ」



 そう言ってさらりとサンプルケースを受け取る。こんな口調だが、女だ。



「あの土のバクテリアはだいぶ死滅していたからねぇ。リュウノツルギとこのバクテリアは常に協力関係にあったということで間違いないだろう。おそらくはずっと昔からだ」


 事実、こちらのサンプルのバクテリアはほとんどが死滅していた……などとナツメは勝手に続けていく。いつもそう、顕微鏡にかじり付きながら、実に淡々と独り言の如くだ。



「草一本生えない沼地みたいな場所で見付かったそうじゃないか。何故だかわかるか? レイ」


 こんな無茶振りまでしてくる。悪意はないとわかっている、だけど若干イラつく。



 さぁ? レイが不機嫌に沈んだ声で返すと彼女はやっと結論を口にした。



「バクテリアの大量発生が原因さ。リュウノツルギが成長したと思われる時期に、他の草木はきっと、滅んだはずだ」




 なっ……! レイは声を上げた。身を乗り出した。



「それじゃあ、あの地帯が滅びたのはリュウノツルギが原因なのか!?」


 そういうことになるだろう。問いという形を取りながらも実際はそんな確信だった。



 ナツメが再び顕微鏡から顔を離した。椅子ごとくるり、と振り返った彼女は




「逆だよ」



 そう言い切った。それから続けた。変わらぬ氷の能面のまま。



「過酷な環境に耐えて生き延びた生命力の強い木? そりゃ買いかぶりさ。リュウノツルギはあのバクテリアなしには生きていけないのさ。まぁ最も、バクテリアの方もリュウノツルギの恩恵を受けている訳だがね。まさに運命の間柄……」




 周囲を枯らしたのは、一途な愛の弊害だね。




 そんなことを言った、ナツメがわずかに目を細めた。


 リアリストなんだかロマンチストなんだか。ともかくレイの眉間にはまた川の字が入ってしまう。




「さて、この特殊な植物、更なる研究が必要だねぇ」


「で、つまり、どうすればいいんだ?」



 長々とした理屈にすっかりげんなり顔となったレイが問う。ナツメは答える。



「温室で育てるのは無理だね。研究班こっちで管理するから移動させておいてくれ」



「最初からサクッとそう言えよ!!」



 思わず大音量で突っ込んだ。周囲の研究員たちがまた、揃いも揃ってびくっとなった。






 それからいくらも経たないうちだった。後方のドアが開いた。


 ナツメ……と呼ぶ幼げな声とペタペタくっつくような足音が近付いてくる。



「サンプルの結果、もらいに来た」


「ヤナギか、待っていたぞ。もうプリントアウトしてある」



「……ありがとう。ナツメ、頼りになる」



 ちょっぴり頬を染めてうつむく、こいつもまた女。植物管理班のヤナギ(22歳)つまりジュリの先輩だ。


 キャラメルを溶かしたみたいなウェーブのロングヘアに透けそうに白い肌、琥珀色の瞳……と、その姿はまるで人形のよう。そして童顔、接続詞の少ない口調も合間って年齢不詳の不思議な雰囲気を醸し出している。



「リュウノツルギのこと、聞いた。その子の声、私聞く」



 そうだ、不思議なのは雰囲気だけではない。こいつには植物の声を聞き取る能力がある。花の妖精の血を引く者の成せる技だ。人間のこちらからしたら想像もつかない。



「協力してくれるのか、いい子だな、ヤナギは」


 ナツメは彼女の頭を撫でる。彼女は表情の少ない顔をほんのわずか、不器用にほころばせる。レイは鼻の下をこすりつつ、そっと視線をそらす。無意識に。




 もう気付いている。ヤナギはこの理屈っぽい能面眼鏡女が好きなのだ。


 どんなたぐいの感情か、そこに関して聞くつもりはない。いろんな形がある、それだけのことだ。




 書類を受け取った、ヤナギがふとこちらを見上げてきた。ん、と呟いて見下ろすレイ。彼女は薄く口を開く。



「ジュリ、もう大丈夫。心配しないで」


「おう、そりゃ良かった」



 頷いてやった。なのにヤナギはまだ見上げている。何か意味のありげな目にレイは、何だ、と鋭い視線で問う。彼女は言う。



「レイ、もっと笑った方がいい」



 あ? 思わず柄の悪い声を出してしまった。だけどヤナギは微動だにしない。大多数のようにビビりはしない。心配はない。こいつもまたはがねのメンタルだ。



「おめーだって表情薄いだろ! 俺のこと言えた立場か!」



 もはや怒鳴り声だった。何だかイライラしていた。ちょっとばかり当たり気味だったかも知れない。





 ……違う。





 やがて声が届いた。やっと口をつぐんだところへ、同じ声が続いた。





「レイ、だから」




 たったの五文字、その響きに静止した。



 短過ぎて意味がわからない。なのに一体何故なのか。どんな意味があると言うのか。




 俺は何を感じ取ったのか。



✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



 怒涛の一日が終わろうとしている、夕方。


 一通りの任務を終えた。あとは食って、洗って、寝るくらい。その前にとレイは喫煙所を訪れた。誰もいなかった。



 年齢の縛りがないのをいいことに15から吸い始めた、慣れた味を染み渡らせては白く吐き出す。


 今日は特に美味い、だからスパスパと軽く進んでいく。




 今日は会わなかった、ジュリ。


 枯れかけのリュウノツルギ。



 同時に思い出した。




 愛、だなんて、ナツメは言った。そうだろうか? 疑問が沸いてくる。



 すっかり満ちた副流煙以上に訝しくけぶる胸の奥が、不快。早々に燃え尽きた煙草を潰して次の一本を咥えて火を着ける。レイは完全に空想にふけった。




 いや、回想か。






 物心ついた頃からここに居た俺は所謂 “捨て子” だったそうだ。



 研究所の前に手紙と共に置いていかれた赤ん坊に誰かが名を与えてくれた。動植物を扱うここの者らしい名称【レイモンド・D・オーク】と。


 愛称はレイになるだろうとこのときから踏んでいたのだろうか。光=Rayを受けてすくすくと伸びるブナ科コナラ属の樹木=Oak



 そんな意味を込めてくれるとは何とありがたいことだろう。


 願い通じて今じゃあ誰もが見上げる狼ヅラのトーテムポール。気を遣わなくとも自然と道が開く。悠々と前へ進めるいい身分。いや、本当に、感謝の思いで一杯だ。




 実際は俺だけではない。ここは元々、孤児院だったそうだ。そして誰の提案だったのかは知らないが、やがて研究所へと姿を変えた。


 そんな経緯を持つこの場所には、植物だとか、自然だとか、そんな名を持つ者が多くいる。同じような生い立ちの者も多いとも聞いた。仲間が増えるうちに、それが事実であることも知った。やがて疑問まで浮かんだ。



 顔も名前も知らない俺の生みの親は知っていたのだろうか。知っていてやったのだろうか、と。




 対して俺の結論はこうだ。



 それなら尚更会いたくなどない。感動的な再会なんて浮かんできやしない。



 22歳の今までここで過ごし続けた。最も、今更そんなこと起こりはしないだろうが。




 つまり俺の人生の大半はここだ。だからもう知っている。



 外で活動するのは主に生物保護班、表向きはいかつい男ばかりのイメージだろう。


 だけど実際は違う。アイツも、アイツも、接する人間は女ばかりだ。女だらけの職場だ。


 唯一幸いと思えたのは、この柄の悪そうな風貌のせいで惚れたハレたの騒動に巻き込まれずに済んできたことだ。あんなものは要らない、今でもそう思っている、はずだ。





 なのにあろうことか、こんな場所でまで、蘇ってくる言葉。




――何がわかるのよ、あなたに……――



――レイ、もっと笑った方がいい――





 時折感じる息苦しさ、広い肩に感じる肩身の狭さ。



 更に締め付けてきたのは、あの響きで。





――ごめんなさい。だから……



 一人にしないで。





 ガキみたいな容姿、ガキみたいな性格、そう思ってきたのに、何だ、あれは一体。何だったんだ、あの声。


 リアルに蘇るなりレイの奥は暴れ出す。登ってくるたまらない熱に呻きが漏れる。




 今、ここに誰もいなくて良かった。心の底からそう思った。指に迫ろうとしている火種にも気付かないまま、レイは落ち着かない胸の内に言い聞かせた。




 何を暴れてやがる。何を動揺しているんだ、うざったい。



 いい加減にしろ、俺が、この手が、ここの壁をぶち破る前に




――鎮まれ――



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