3.顔のせいとか酷くね?
何度も言う、が、この研究所の班の中でも生物保護班は特に過酷な任務を課せられている。
保護や観察をする生物の中には獰猛な者から規格外とも言える巨体の者、毒を持つ者だっている。
一瞬の気の緩みが命取りになる。体力も集中力も維持していなければならない。そしてそれらの心構えはしっかり部下へ落とし込んでいかねばならないのだ。
至って自然、かつ当然の指導だったと思う。なのに。
うう……っ
うぁぁぁぁ……ん……!
――マジか。
久しぶりに迎え入れた生物保護班の新人は17歳。昨日までは植物管理班に居た……つまり異動だ。
女の割に体格が良くサバサバとした豪快な性格だと聞いていた。そんな彼女が今、目の前で泣いている。
きっかけはつい先程。毒のある生物に、わ〜、可愛い〜、なんてツラに合わない甘ったるい声を出しながら素手で触ろうとしていた。だからとっさに
「危ねぇだろ! ちゃんとデータに目を通しとけ!」
と、言っただけだ。任務初日から怪我なんて御免だ、下手すりゃ命に関わる。
上司である俺にはこいつを守る責任がある。だってそうだろ? 何処の組織、いや世界でだって、上司というのはそういうものではないのか?
「大丈夫よ、マーガレット。怪我がなくて良かったわ。少し機内で休もう?」
名前もまた、ツラに合っていない。
鋼鉄のマーガレットなんて陰で皮肉られていたはずの彼女はサシャに付き添われて俺の前から去った。
とりあえず、ぼぉっとしている訳にもいくまい。保護すべき対象はこの湖の反対側にもう一種いる。任務は変わらずそこにある。元通り取りかかろうと踏み出した、そのとき。
レイ!
鋭い声色に振り返った。いかにも気の強そうな女の声に。
「んだよ、サシャ」
「んだよ、じゃないわ! アンタもう少し優しい言い方できないの? マーガレットは新人な上に女の子なのよ」
見事な曲線美を示すボディースーツの腰に両手を添えて仁王立ちしているサシャ(19歳・女)。
ブロンドのロングヘアーにグリーンの瞳、すらりと高めな背丈。完成度の高いスレンダー美人だが、少し高飛車にさえ見えてしまう雰囲気のせいでいつも遠巻きに見られている。まるで芸能人を見るかのようなファンも多い。男女共にだ。
言うまでもなく女らしい外見だが、付き合いの長いこちらからしたら何のことはない。確信だってある。
こいつなら大丈夫だ。俺の言葉で泣いたことなんてただの一度もないのだから、と、レイは遠慮もなしに向かい合う。
「あの状況じゃ仕方ねぇだろ! 優しくなんて悠長なことしてたら刺されちまうよ」
「だったらせめてアフターフォローくらいしなさいな!」
ただでさえそんな顔してるんだから!
最後に聞き捨てならない一言を付け加えられ、さすがにはぁ? と不機嫌な声が漏れた。眉間の皺はまた増えて川の字を作った。レイは思った。
わかっている。だが、アイツだって女子の範囲の中ではだいぶいかついだろ。
最初なんて、かの毘沙門天かと思ったくらい。合掌スタイルで拝んでみたくなったくらいだ、などと。
しかし所詮は胸の内だけのぼやき。泣いて退場していった毘沙門天よりよほど鋼鉄の名が相応しいサシャは、そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、いずれにしても態度は相変わらずブレない。彼女は更に、容赦もなく言う。
「大体、昨日のジュリのときだって……あの子があんなに泣いてるのなんて私、初めて見たわ」
「おい、ちょっと待て!」
前々から気付いてはいたが、サシャはいつだって絶対的に女の味方だ。だけど遮ったのはまた別のこと。こればかりはさすがに異議を申し立てたい、とレイは声を張り上げる。
「アイツのは違うだろ! そこまで俺のツラのせいにすんな!」
「すでに泣いてた、そう言いたいのね? でもまた後から取り乱した……聞いているでしょう?」
「でも違う!」
「何がわかるのよ、あなたに…」
「わかる!!」
アイツのことなら……
言いかけた最後は薄く消えた。大きく見開かれたサシャのグリーンの目。彼女の表情はやがてゆっくりと変わり始めた。怪訝に。
「レイ? あなた、何故そこまで……」
逃げ出したくなった。
何故……わかるようで、わからない。でも、わかる。矛盾というか、捻れたというか、そんな感覚としか例えようがない。
今に始まったことでない、この思いは、やはり口にはできなかった。苛立ちを漂わすサシャの気配に気付いていても。
言えやしない。簡単なことじゃない。今だって混乱しまくっている、情けないくらい。
それでも。
――わかるんだ――