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半透明のケット・シー  作者: 七瀬渚
第3章/狼の葛藤(Ray)
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13.こんなサプライズは要らない



ーー着いたか。




レイはうっすら瞼を開く。相変わらず降り注いでいる木漏れ日。だけどさっきのものとはもう、違う。


足元に広がる土の面積も、木々の密度も、匂いも。暗くじめっとした湿度の高い感覚も。




息苦しい幽体ごと引きずるように、肉体の足を踏み出した。木々の間をすり抜けて開けていく方向へ向かった。



林の抜けた後にある、神社のやしろの裏。そこへ出たレイの姿もまた、違う。




ブルネットの頭髪に伴うように同じ色をした双眼。いくらか低くなった鼻。背丈はほとんどそのままだけど、わずか何年前かに遡ったような若者の中でも特に若いとされる顔立ち。



セットにしてもらった衣服は襟が横に広めの動きやすい無地のカットソー。下にはデニムと呼ばれる細身のパンツ。後者は決して動きやすいとは言えないが、この世界のこの年齢によく馴染むものなのだと以前学んだ。


必要以上に目立ってはいけない。密やかなる任務において、これもまた必須だった。




これから行く道のりならもう知っている。並ぶ瓦屋根の住宅。灰色のブロックの塀。時々やけに立派な門構えもある。おそらく富裕層が住んでいるのだろう。



住宅地を抜けたらまた違う顔を見せる町。水田すいでんという稲を育てるエリアの途中にはバス停がいくつか存在するが、あれは当てにならない。何せ3、4時間に一本しか来ないのだ。遅れるときだってある。時間の限られているこちらに待っている余裕などない。疲れはするが、歩いた方が早い。



そしてまた景色が移り変わる。木製だとあからさまにわかる低い建物が大半を占める。安い菓子が売っている店に、裾の長い色鮮やかな衣類を売っている店。


球体から舌のようなものを垂らし、ちりんちりん、と鳴っているあの小物は一体何に用いるものなのだろう。結局、未だにわからずじまいだ。




ーーあのときは。




うつむき加減で思った。虚ろに。




今でも覚えている。物珍しい景色や物品の数々を前に柄にもなく胸が踊ったことを。小股で隣を歩くその姿が、気配が、すごく心地良かったことを。




だけど。




今はもう見たくない。目障りなくらいだと思った。この町に罪はない…わかってはいても。




目的の建物はもう少し先、国の特色をありありと示したこの景色がまた移り変わる頃。ただそればかりを目指して進んでいた。


途中、箱型のバッグを背負った幼い子ども数人とすれ違った。その一人がこちらを見上げていた。身体は前に向きつつもあんぐりと口を開いたその顔はいつまでもこちらから離れず、執拗なまでに付いてきた。



…何だ?



怪訝に思いながらもまた進む。





はぁ…っ




さすがに少し息が切れてきた。夏に極めて近い暑さのせいだろうか。店の屋根がいい具合に日陰を作ってくれている一角でレイは立ち止まった。



前世まえはこんな身体で生きていたなんて嘘ではないかと思ってしまう。一人苦笑をこぼしそうになった。それからふと視線を流した。



本当に、ふと、だった。





「ーー何だ、コレ」




電柱、とかいうやつに何か貼ってある。しかも…



落書きかよ。



ほんの好奇心で歩み寄った。誰かの顔の絵と手書きの文字がかいてあるそれを間近で見たレイは思わず吹き出してしまう。



「きったねぇ字…」



そして何より。




ひでぇ顔だな、この男。これじゃあまるで指名手配犯…



くっくっ、と肩を震わせていた、その動きが止まった。レイは目を見開いた。絵の男までカッ、と同じように見開く錯覚を覚えた。




文字の意味を




思い出した。







柏原かしわばら れい


・17歳、元高校生


・身長190センチくらい


・茶髪


・人相悪い





「人相…悪い、だとぉ?」



唸るように呟いた後にすぐ思った。いや、問題はそこじゃないだろう、と。…腹は立つが。




不服なプロフィールの上にはデカデカと『探しています!!』と殴り書きされている。反対に一番下の方には…




『見つけた人は連絡下さい!!』



の文字と、11桁の数字。





「どういう…ことだ」



呆然と立ち尽くす、レイは呟く。疲れなんて何処かに飛んでしまった。いや、見失ってしまったのか。ともかく訳がわからない。ただドクドクという嫌な響きの脈打ちと、どうしようもなく溢れてくる嫌な汗をどうしようもなく垂れ流すだけ。



恐ろしい実感が容赦のない確信となって迫ってくる。




ーー俺を覚えている奴がいる?



彼女以外に…





馬鹿な…ッ!!




みっともないくらいに慌てふためいていた。そのときふと閃いた。電柱から紙を毟り取った。



「この数字…電話番号か?」



辺りを見回した。確かここにはまだ個室の電話部屋があったはずだと、一片の記憶を頼りに探し回った。



それは割と早く見付かった。迷わずそこに入ったレイは、以前の滞在のときから温存しておいたわずかばかりの現地通貨を突っ込んだ。数字の通りにボタンを押した。




プルルル…



プルルル…




コールが続いた。




プッ…




途切れた。





『…はい』




耳にするなり、ドク、と蠢いた胸。




『もしもし?誰ですか?』




加速していく鼓動が厚い胸板を突き破りそう。レイは思わず拳を握った。中の紙がくしゃっとなって。




ーーまさか…




予感を口にした。やっと。




「お前…葛城か?」



『え……』




小さく聞き返してきたその声と同じ者であると思われる音が直後にした。ひゅっ、と息を飲むような音が。




『まさか…!』




ああ、そのまさかだ。こんなときに何故か頷いてしまう滑稽な様子のレイに、電話越しのその声が。





『かし…!』





ブツッ。





切れた。聞き終えることもなく。だけど頭二つは聞こえたんだ。よもや間違いはないだろう。




虚ろな視線を傾けるレイ。肉体によって焦げ茶に染まった目は受話器の設置部分を抑えている自身の人差し指を捉えた。他でもない、自分が切ったのだと知った。




何故だ…




今までにも増して切れ始める息。上下する広い肩。ただでさえ息苦しさの付きまとうこの肉体に、こんな事態など降りかかってはもはや限界だ。



電話機に縋り付くような形になった。もう一度繰り返したレイ。



いや、



今は17歳。長身で人相の悪い、元高校生。






柏原怜。







ーー何故だ!!ーー



挿絵(By みてみん)



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