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半透明のケット・シー  作者: 七瀬渚
第3章/狼の葛藤(Ray)
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11.最悪の目覚めなんだが



ガラッ…!



ピシャン!!




突如叩きつけるように鳴り響いた引き戸の音に室内の誰もが顔を上げた。全身から滾る凄まじい殺気を感じ取るなり一同は揃いも揃って凍り付いた。



ーー磐座、いるか?



誰に対する問いか。怯えたこいつらに答える余裕などないだろうとわかっていつつも口にした。口にしながら突っ立っている人混みを押し分けて進んだ。



限られた面々が詰め込まれた空間、狭い狭い、社会。教室。彼女はそこに居た。ひっそりと気配を消すみたいに、こじんまりと片隅の席に。



こんな恐ろしい顔と殺気が容赦もなく迫っているというのに彼女を守ろうとする者などただの一人もいなかった。どうぞ、とまるで生贄いけにえを差し出すみたいにそいつらは散り散りになった。薄情なもんだ。



怜…?



すっかりやつれ切った彼女が見上げた。弱々しく。今すぐにでも奪いたい。その衝動をギリギリのところで抑えて、代わりに机の上に投げ出されていた小型の機械、スマートフォンというものを取り上げた。


あっ、と細く鳴く彼女の声も伸びてきた細い手もすり抜けた。それから俺の手によって呆気なく開かれた。



……だけどそこに求めているものはなかった。合点がいった。教室内を190近い高い目線からぐるりと見渡した。誰も彼もが目を合わせずじっとしている。コイツらの思考ときたら……もはや吐き気さえ催し始めていた。



今度は。一番近くにいた気弱そうな男子生徒から同じタイプの機械を無理矢理奪った。そいつのうろたえる様子もお構いなしに手の中を見下ろした。




あった。




それは幸いと言うべきか、むしろ皮肉と言うべきか。その男子生徒のスマートフォンはあるグループのトーク画面を開いたままだった。まさに探し求めていたもの。使い方ならもうある程度知っていた。液晶画面に指を滑らせて遡った。




ーー出処は?



……どいつだ。




ドスの効いた低音でまた何処ぞに問うと、教室内の生徒たちはまた示してくれた。良くも悪くもわかりやすい奴らだ。身体を除け、視線を傾け、どうぞ、こいつです。と示したその先には不自然に空いたスペースに立ちすくむたった一人が居た。



ーーやはり、とは思ったが。



怯えを宿しつつも恨めしげに見上げるそいつの顔を目にした瞬間奥が突き上がった。どうしようもなく。



熱伝導。



そんなものを感じた。





ーー葛城ィ…!!ーー




地鳴りのような己の声に気が付く頃、その名を持つ男はもうこの手に掴み上げられていた。至近距離から見上げる生意気な、目。同年代の女子いわく、母性本能をくすぐられる可愛い顔…らしいが。



知ったことか…!



仔犬と称されるその顔に拳をめり込ませた。殴った。幾度も幾度も。きゃああ!と周囲からいくつもの悲鳴が上がった。それでもやめなかった。


だって俺は知っている…おのずと武者震いが起こった。内心で繰り返した。知っている、と。



おぞましいくらいのコイツの醜さを



知っているんだ、と。





グシャッ…!





何処のタイミングだっただろうか。歪み砕ける音と共に、抗うそいつの勢いが止まった。…歪んだ。




ーー葛城…?




やっと。こちらも止まった。目の前の光景に瞬きを忘れた。してしまったことを前に。




そいつが…憎きそいつの顔がもう見えない。机を背もたれにした前屈姿勢は、文字通りこちらを向いているのに、上に乗っているのは…後頭部。




おい…



おい、葛城ッ!!




血の気が引いたまま、震える喉元から呼んだ。そのとき。





ーー殺した。




殺したな、アンタ。





低く沸いた笑い混じりの声。葛城の…そう理解するかしないかのところで、折れたはずのそいつの首が、元の位置さえ通り越してぐるりと一回転した。それからギギギ…と軋む音を立てて微調整する。いつか教えてもらった絡繰人形からくりにんぎょうとやらにそっくりな動きでやがてこちらを向いた。ぞっとした。



ケタケタ、笑いを漏らす、血走った目をいっぱいに見開いた葛城が問う。




ーーアンタに俺を責める資格、あんの?



磐座を奪ったアンタに…?




熱など失せた。確実に、冷感を感じているはずの身体からはそこかしこから脂汗が滲み出る。



じり…と後ずさった。しかしそいつは、まだ何処か歪んだ首をしたそいつは、あろうことか地を這い腕だけで身体を引きずり、あれからまだ一度も瞬きをしていない乾き切った赤い目で、



見上げて。





ーーなぁ、わかってんだろ?レイモンド。




いや…




「やめろ…」





ーー柏原ーー







『やめろぉぉぉおッッ!!!』







全て薙ぎ払うようにして起き上がった。ベッドの下へ落ちた布団と、その上でのたうち回って叫んでいる目覚まし時計。はだけたパジャマと滅茶苦茶に乱れたシーツは共にじっとりと湿っている。



はぁ、はぁ…はぁ…




漏れる息も、湿っている。





ーー朝。



…こっちの世界、の。




徐々に実感が戻ってくる。慣れた空気を肺へ、ある程度取り込んだレイは息に変えたそれを長く、長く、吐いた。力尽きたように仰向けに倒れ込んだ。固く目をつぶった。



身体がベタついて気持ち悪い。とりあえず風呂に入って、それから…




頭の中でひたすら、今日一日のスケジュールを組み立てていた。何もかも振り払いたくてそうしていた。だけどやがて、やめた。




ーー無理だ。




認めざるを得なかった。だって、今日のスケジュールは…向かう場所は…




……頭痛が増した。



こんなのどうしようもない。どうやったって。




――逃れられない――



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