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半透明のケット・シー  作者: 七瀬渚
第3章/狼の葛藤(Ray)
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9.いや、女か



ーー少し寒そうな青みの陽を受ける、朝。


一杯目の珈琲と本の用意をして、暖色に染まりゆく窓際で過ごす、午前。


目が疲れたなら音楽をかけ、センチメンタルなメロディに酔いしれつつベッドに身を投げ出す、午後。


静寂と情熱の気配に気付いて微睡みから身体を起こす、夕暮れ。



どれもこれも幻と消えた。昨日。思い出したレイははぁ、とだるい息を漏らす。一人きりの朝の自室にて今更なことを一人思う。



時間の流れが一定などもはや嘘ではないのかと思うくらい、過ぎ去るのが早い休日。こんなときこそ一人を楽しむ、インドア万歳。歳を重ねるに連れ、大人になるに連れ、そんな閉鎖的な思いはますます強くなった。だからこそ…



計画倒れはやはり、無念だ。




カラッと乾いた晴れであるにも関わらず、じめっと未練の思いで迎えた。今日。


目覚めは意外と早く、二度寝なんてすればなおさらだるさが増すような気がして、さっさと冷水で意識をこじ開けた。まだ人気ひとけのほとんどない食堂で朝食を済ませた。



そして今、自室に戻ってフライト用の装いにチェンジしている。タンクトップ一枚、そこへツナギの上半身部分を下からたくし上げる。そんな差中でふと浮かんだ。柔らかく。




夕日を飲み込み光を星に変え、キラキラ、キラキラ、と直視もできないくらいに輝いていた海。


その手前、砂浜で、もっと輝いていていた彼女の笑みが、キラキラ、キラキラ、と…今も



続いて。




ーーまぁ、いいか。



アイツの笑顔が見られた。それもあんなに恐れていた海の前で。



それなら…





……っ!





表情筋が緩みそうになった、その刹那。レイは息を詰まらせた。淡く疼く胸の奥が不快で



「くそっ…!」



ドスッ!!




はだけた無防備な胸へ思わず拳を突っ込んでしまった。痛かった。






それから慣れた足取りで慣れた道を歩んだ。慣れた緑の景色、それと白い研究所の建物が見下ろす慣れた車庫へ辿り着いた。



「よぉ、レイ!お前最近早ぇな」


「おはようございます、レイさん!」



手を振り迎えてくれた親友兼上司と、だんだん見慣れ始めている三つ編みの部下。それと…レイは視線を送った。警戒する動物みたいに離れた場所にいる彼女へ。



「……おはようございます」



「……おはよう」



ふてくされた態度すら通り越し、すっかり他人行儀な口調へと変貌してしまったフェミニストの同期。今更痛くなどない。これももう、慣れた。




「レイさぁん、今日はフライト一緒ですかぁ?」



尻尾のような三つ編みを振って駆け寄ってきたマギーが問う。ん、と呟いてレイは見下ろす。



「いや、お前もそろそろ機体の操縦を覚えなきゃならないからな。今日からはほとんどエドと一緒だ」



「えぇーーっ」



一体何が期待外れだったのか、しおれるみたいに背中を丸めていくマギー。良くも悪くも素直なのだろう。すぐ後ろで太い眉を寄せ、あんぐり口を開いているエドの気配に気付きもしないとは。



レイは笑った。さもつまらなそうに拗ねている様子の彼女に言ってやる。



「安心しろ。エドはベテランだ。俺よりも奴に教えてもらった方が確実だぞ」


ちら、と上目遣いにマギーが見上げた。ブラウンの目。決して大きくはないけれど、こうして見ると案外円らで綺麗な色だと気付く。


やがてわずかに戻ったほころびから一気に笑顔が咲いた。彼女が言った。



「はいっ!レイさんがそう言うなら」



二カッと真っ白な歯を見せて笑う。本当に犬っころみたいだと思った。いつの間にかこちらまでほころんでいた。




遠巻きに見つめる、鋭い視線にも気付かず。






もちろん事前に知ってはいたが、今日の保護対象は決して簡単ではなかった。鋭利な牙と俊足が特徴の“スカイウルフ”。別に空を飛ぶ訳ではないのだが、地を蹴る足が見て取れない程の速さからこんな名がついたのだろうと推測できる。


こんな強者相手に一人などでは到底太刀打ちできない。捕獲は先程のメンバーと俺の四人がかりだった。念の為もう二人呼んでおいたのだが結局出番はなかった。



何故なら……



「上手くいきましたね、レイさん!」



汗の光る顔で見上げた、疲れをものともしないような朗らかな声まで上げて。


私にもやらせてほしい、と言って加わり、果敢に立ち向っていったマギーはなかなか将来有望だと言えよう。




今日一番の大仕事を終え、皆で研究所へと戻ったのは夕方。ゲージの中で眠るスカイウルフの愛おしげに眺めながら彼女はぽつりとこぼした。



「レイさんに似てる……この子」



ふふ、という含み笑いを耳にするなり、何だかくすぐったく感じた気分。レイは返した。指先で鼻の下をこすりながら。



「人相悪いって言いてぇのか?」



マギーも答えた。実にさらりと。



「カッコイイって言ってるんですよ、レイさん」



でも……




続いた響きが耳に残った。いつまでも、残り続けた。



それは深くて、深くて。




――痛い――



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