2.正義だったはずなのに
物心ついた頃から俺の面倒を見てくれていたかつての上司は、ある事故で死んでしまった。だけど彼の教えは今もしっかりとこの奥に残っている。
ーーいいか、レイーー
太く、野性的な懐かしい声が蘇る。
時に父の如く厳格に、時に友人の如く親しげに接してくれたその人は、度々こんなことを俺に言った。
ーーせっかく逞しい身体に育ったんだ。女、子どもを守ってやれる男になれーー
だけど、忘れてはいけないよ。彼は続けた。
ーー女性はね、すごく強いんだ。精神面で男を支えてくれる。だから男は力で女を支えるんだーー
そうやって互いの特性を生かして支え合うんだ、生きていくんだ。
どっちが偉いとか、そんなのはない。どっちも尊重すべき尊い存在なんだ。
忘れられない教えは耳にする度に深く、胸の奥どころか細胞にまで染み渡っていくような気がした。それを正義の為に生かそうと思って生きてきたつもりだった。
だけど……
ーーふざけたことをしやがって……!!ーー
ーー葛城ィ!!ーー
胸ぐらを掴んでボコボコに殴った。ぶん投げるように机に叩きつけてまた殴った。あまりに破壊的だった。
ーーやめて、怜……!ーー
ーーそんなことをしたら……ーー
涙混じりの彼女の声を聞いた。あれがなかったら
本当に殺してしまったんじゃないかとさえ思う。
――樹里。
一人っきりの空間。自室。
のっぺりとした天井へその響きだけが登った。追いかけるように手を伸ばした。ベッドの上のレイはぽつり、とこぼす。
「俺には会いに来ないのな、お前」
その響きもまた登っていった。遠く、遠く、儚く。
ずっとそうしているのも飽きた。いや、虚しくなったといった方が正しいか。
時は深夜。すでに食事も風呂も一通り終えて、パジャマにも着替え終わった。残った虚しさは禁煙によるニコチン切れのせいにでもしておこうと思った。レイはむく、と気だるく身体を起こすと部屋の電気を消した。
あとは寝るだけ。
それだけのはずだった。
ーー怜…ーー
ーー怜…ーー
同じ響きのはずなのに、同じじゃない。自身の名が繰り返されているように思えた。あの声で。
意識はだいぶ薄れて朧げだった。夢うつつ、といったところだった。しかし、だ。
レイ…
響きをやけに近くに感じた。更に掴まれてゆさゆさと揺さぶれる感覚を覚えた。布団の中でレイは唸りながら身をよじった。
ふぁさ、と何かが顔にかぶった。鼻腔へ流れ込んでくる覚えのある香り。薄く瞼を開きながら、思った。
「んだよ…」
柄にもなく笑ってしまった。
ーーくすぐったいーー