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半透明のケット・シー  作者: 七瀬渚
第2章/猫の住処(Juri)
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7.彼なんだから悪くない



はぁ……



重いため息が落ちる、昼下がり。





昨日の晩、いくら待ってみても彼は戻ってこなかった。いや、戻ってきたけどすれ違ってしまったのかも知れない。いつの間にか眠っていたから。夜露の満ちたあの草原で。


一体誰が連れ戻してくれたのだろう。気が付いたら自室だった。いつものように腹時計で目を覚ました。ひたすら白い眺めだった。



もしかして……なんて期待が芽生えて、着替えも後回しにして飛び出したんだけど、食堂にも玄関にも庭にも居なかった。じゃあここは?って思って覗いていたらまたサシャに怒られた。真っ赤な顔をして怒鳴られた。



「痴女と間違われても知らないわよ!」



男子トイレを覗いてたからだって。しかもパジャマの前を半分くらい開いたまま。


しょうがないじゃん。だってこの頃すごく暑いんだもん。それに彼は“男”でしょ?ここに居るかもって思うじゃん。



サシャがぎゃーぎゃーうるさいから仕方なく作業着に着替えて、温室に向かう前にちょっと寄ってみた、小型機の車庫。


だけどやっぱり居なくて。代わりにちらっと見えた姿がエドだとわかるなりそそくさと逃げてきた。


「おーい、どうしたー?」


って聞くから


「何でもない!」


って言っておいた。だって怖いもん、あの人。



温室に着くともうヤナギがいて、先に観測を始めてた。


「レイ、会えた?」


って聞くから、首を横に振った。


「エドなら居たけど……」


って言うと、無表情のまま首を傾げたヤナギが



「ジュリ、エドは怖がる。レイは怖がらない。どっちも顔、怖い」



何故?



そう聞いてきた。うっ、と喉元が詰まった。遅れてやっと通ったとき、声を張っていた。



「レイは怖くないよ!」



それを聞いて更に首を90°まで傾げたヤナギ。私もやっと気が付いた。答えになってないって。



ここ最近感じるあの熱が、また上がった気がした。






はぁ……



またため息がこぼれ落ちる。朝の任務を終えて、とりあえず昼休憩。ヤナギは何か忙しいらしく、先に行っててって言われた。一人温室を出て、研究所の建物に戻って、とぼとぼと廊下を歩いている、今。




ーー最初は気のせいかと思った。



だけどやっぱり確かだとすぐに気が付いた。当然だ。この私が、あの名を聞き逃すはずがないんだから。




ーーえー、やっぱり見た目通りなんだぁ、レイさんってーー



ーーそうなの、もうちょっとで叩かれてたかも知れない…私ーー




ふつふつと湧き上がる感覚がした。それはあっという間に唸りを上げて登ってきた。頭から耳、尻尾まで、全身の毛が逆立った。



バン!っと、勢いよく、開け放った。女子トイレのドアを。




レイは……




肩で息を切らせた。動きを止めてぽかん、とこちらを見ている二人に言った。



「レイは優しいもん!叩いたりなんてしない!」



えっ、と小さくこぼれた声で先程の会話のどちらがどちらだったのか、察した。こいつだ、とわかった方へ人差し指を突きつけた。



「アンタは何もわかってない……!」



マーガレット!!



その名が出たのはもちろん、覚えがあったからだ。私の一つ上。体格こそ違えど一番歳の近い子。



指を真っ直ぐ突きつけられてなお、しばらく呆気にとられた様子だった彼女。私、ジュリの二倍はあろうかという大きな身体と肉付きのいい頬が小刻みに震え出した。ブルブル、と聞こえてきそうだった。



彼女は言った。



「何で私が責められるのよ!私は被害者よ。あの人に脅されたの」



脅された……?


聞き返す私に彼女はそうよ、と肯定を示す。更に声を荒立てて続ける。



「まだ何もわからない私に、ろくに教えもしないで怒鳴ったのよ。こぉんな近くまで迫ってきて、酷いわ、あんなの!」


「そんな訳ないじゃん!レイがそんなこと……っ!」



負けじと言い返す私にマーガレットという女は、あろうことか目を潤ませて、泣きそうな素振りまで加えて



「したわよ!私、きっともう少しで……っ」



ううっ…と唸り出した、女っぽく。こちらも唸った、奥が。



憎しみが込み上げた。か弱いのよ、私…と主張するかのようなその仕草が憎くて、憎くて…



「レイは悪くないもん!!」



四肢を繰り出して飛びかかってた。バリッ、と引き裂く感覚を覚えた。だけど止められなくて。



やがて頬に三本の傷を作ったマーガレットがうわぁん、と泣き出した。彼女の話し相手だった人と、後ろから来た誰かに羽交い締めにされた。それでも私は叫んでた。



レイは……



レイは、優しいんだもん!



悪くないもん!!




滅茶苦茶に暴れてどれだけ疲れてもやめはしなかった。


声を枯らしても届かない、伝わらない。ただ怯えた泣きっ面がこちらを見ているだけ。わかってはいても。




――悪くなんてない!――



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