2.その狼はヒーローだった!
美味しいご飯を作ってくれる、優しい【マドカ】
丁寧に仕事を教えてくれる、可愛い【ヤナギ】
いつも怪しい研究をしてる、面白い【ナツメ】
みんな私の仲間。みんな好き。
黙っていれば美人なのに口うるさくってついつい喧嘩ばかりしてしまう【サシャ】だって、本当は好きなんだ。
だって知ってるもん。本当は優しいって。嘘つけー、って言われた私の歳だって信じてくれた、嬉しかったよ。
まだあんまり話したことのない【エド】は、声も身体も大きくてちょっと…怖いけど。
こんな仲間に囲まれている。私はだんだん元気になった。何処から来たのか誰の子なのか、本当の名前だって知らないけれど
【ジュリ】
みんながそう呼んでくれる。これ結構気に入ってるんだ。
だって、だってね…
温室からまた次の温室へ、軽い足取りで移っていく。ジュリは一人、思い出す。
ーーあれは何処かの森だった。
霧がいっぱいで前が見えなくて、どれだけ歩いても先がわからなくて、お腹がすいてきて、立てなくなった。
着ていた白い服はいつの間にかボロボロになって、痩せ過ぎたせいかな?最初より緩くなってきて。
裸足の足は枝で切れて血だらけになった。痛かった。
どれくらい…いや、何日そうしていたんだろう。全然わからないけれど、痛みも空腹もだんだん麻痺してもっとわからなくなって、それから眠くなってきた。
死んじゃうんだ、多分。そう思った。だけど。
ーーおい、お前…ーー
霧の向こうから誰かの声がした。ゆっくり顔を上げるとぼんやり影が見えた。それがすごく大きいってわかったとき、やっと怖くなった。
フーッ!!
かすれた声で威嚇した。全身の毛が逆立った。だけどおっきな影は止まらずこちらに向かってきた。
もうダメ、食べられちゃう。今度はそう思った。
目をつぶって覚悟した。すぐ傍まで迫った気配。そのとき、気付いた。
反応したのは鼻だった。何か知ってる、って、思わずすんすんと嗅いでしまったくらい。
目の前に現れた影に色が着いた。大きな人間の男の人。初めて会ったはずなのに、鋭い目だって怖かったはずなのに、どうしてだろう。懐かしくて。
ーージュリ…ーー
その人が呼んだんだ。私を見ながら。すぐに好きな響きだと思った。恐怖はすっかり薄れてた。私は聞いた。気になり出したことを。
お兄さんは?
その人は答えた。何故か苦しそうな顔をして。
ーーか…ーー
か?
私が首を傾げると、その人は首を横に振った。何でだろう?
だけどその後、ちゃんと教えてくれた。
ーーレイ…レイモンド・D・オークだーー
レイ…私は呟いた。これも好き、そう思ったとき、頭がくらっとして倒れた。
後のことは覚えてない。だけど忘れなかったことがある。
【レイ】
その名を聞いたときの、ほっとする感覚だけは。
「ジュリ」
また誰かこの名を呼んだ。私は振り返る。歩いてくる姿にぱっと笑顔が咲く。
「ヤナギーーっ!」
大きく手を振ってみせるけど、草原の道を歩くヤナギは相変わらずのんびりしている。待ちきれなくてこっちから走り出す。
「新しい植物、受け取ってきた」
…レイが保護してきた。
腕いっぱいに苗木を抱えたヤナギが言った。ジュリは思わず身を乗り出す。
「レイが…」
そう呟いた。まるで魔法の呪文みたい。口にするだけでこんなにも身が引き締まる。それでいて何だか嬉しい、だなんて。
ヤナギ!
ふぃ、と温室に入ろうとしている彼女に声をかけた。私は言った。満開の笑顔で。
「頑張って育てるね!」
ジュリ。それはみんなが呼んでくれる名前。元々じゃないなんてわかってる。だけど、あの人がくれた大切な、たった一つの私の名前なんだ。
だから私は頑張る。ちっちゃくたって覚えてなくたって、みんなの役に立てるなら。
ちら、と振り返った。上を仰いだ。
今、あの青い空に居るであろう、彼を見るみたいに。呼びかけるみたいに。
大きくて高い狼みたいな人。私に名前をくれた、起き上がらせてくれた、私のヒーロー。
あなたが連れてきてくれたこの子たちを一生懸命育てるよ。大きくしてみせるよ。
そしたら、レイ。私をもっと
ーー好きになってーー