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半透明のケット・シー  作者: 七瀬渚
第1章/狼の日常(Ray)
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8.とんだブラック企業だよ



あの後、ジュリはなかなか傍を離れようとはしなかった。廊下から場所を移し、人気ひとけのない休憩室で、しばらくはお互いの班の話なんかをした。



例の単独任務のことをもう一度聞かれた。そわそわと好奇心に満ちた目で見上げる彼女に



「俺じゃねぇと手に負えない強えぇ奴を仕留めに行ってんだよ」



とりあえずそう言っておいた。えぇーっ!すごーい!!…誰が聞いたってふざけたようなはぐらかし方を丸呑みした上に、こんなキラキラした感嘆の声で返す彼女は、疑うという言葉を知らないのか。



いや、知らないはずがないのに。





やがてとろんとした目つきになったジュリを部屋まで送り届けた。おやすみ。そう言ったのに、レイの足は自室に続く薄暗い廊下ではなく、むしろ白く明るい方へと向かった。



任務を終えたって、本当に息つく間もない。【ブラック企業】…あっちならそんな名が付きそうだ、なんて思ってちょっと苦笑してしまった。辿り着いた場所で、ドアを開けた。




「おう、レイか」



静まり返った深夜の研究室。たった一人で居たナツメが椅子ごとくるりと振り返った。飽きもせず眺めていたと思われる顕微鏡を名残惜しげに一瞥すると、彼女は勝手に歩き出す。レイも自然に付いていく。二人で向かった、奥まった場所へ。



隠し部屋、とまではいかないが、分厚いカーテンで遮られたその場所は皆、ナツメが管理する用具の置き場だと思って疑わない。故に足を踏み入れる者もいない。立ち入るのはこの時間帯、この二人だけに限られているのだ。



「どうする気なんだ、レイ」



眼下のモニターを眺めながら、ナツメが言う。



「…わからねぇよ」



同じものを眺めながら、レイが返す。




共に眺めている小さな画面。その中で今さっき送り届けたばかりの彼女が眠っている。こちらに気付く様子もなく、頭上の存在を知ることもなく。



「ジュリはお前に依存しているよ」


「ああ」


「お前しか居ないと思っている」


「…わかってる」



レイは硬く拳を握る。今日“単独任務”で訪れたあの場所での光景と重なって、どうしようもなく胸が軋んだ。どうしようもなく。



…本当に、どうしようもない。こうなってしまった以上、これ以上、何をすればいいと言うのか。そんな自問だった。隣のナツメの声が言った。不意に。




ーーだけど事実だよ。




レイはやっと顔を上げた。え…と小さく呟きながら、恐る恐る、視線を隣へ。




「事実、お前しかいない」



ジュリを救えるのは、な。




眼鏡越しのナツメの眼差しは静かに、鋭く、突き刺さった。レイの表情は強張ったまま、それでも自問は再開した。




ーージュリ。



今日、元気になったお前を見て安心したよ。この間はあんなに泣いていたのに、何というお天気屋だ。



だけど、どうしたらいいんだ、俺は。お前の帰る場所ならわかっているのに、お前の笑顔を目にする度、こんなことを思う。我儘なのか?身勝手なのか?でも、




ーー離したくないーー




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