プロローグ
「出逢わなければ良かった。」
か細い声で呟いた彼の胸は赤く染まっていた。彼の体を支える私の腕には真紅の血が伝い、地面へと吸い込まれていく。
ああ、そうか‥‥彼は死んでしまうのか。
目の前の現実に私はギュッと腕に力を込めて、彼を抱きしめる。
ずっと、好きだった。
この人の微笑みが、強い意志を持つ瞳が。
彼と過ごした時を思い出して、途端に目の奥が熱を帯びた。
溢れた涙は緩やかに彼の頬に音もなく落ちる。
「泣かないでよ。泣いても、もう拭ってあげられないよ」
いつものように眩しいくらいの微笑みを向けてる彼。胸の奥が痛くなって、私は声を殺した。
徐々に冷たくなる温度を止められるのなら、どんなにいいのだろうか。
「本当に、君は弱いね」
掠れた声に彼の命の灯火が消えるのがわかった。彼の言う通り、私は弱いのだろう。
もっと私が強ければ、きっと彼のことも救えたはずなのに。
もっとたくさん、彼と笑い合えたのに。
「行かないでっ、一人にしないで」
自分でも驚くほどに震えた声。
止まらない涙を隠すように俯くと彼の手が視界の端に映った。
撫でるように私の頬を掠めた指はすぐに離れていった。
そして、彼は何を呟く。
聞き取れなくて耳を傾ける。
「 」
その言葉は呪いのように私の胸に刻まれた。
苦しくて、切なくて、そして、決して埋まることのない傷を与えた。
もう動くこともない彼に私も呪いの言葉を絶えず囁いた。