第九話「ワッショイ、生徒会委員」【本番当日】
そういえば、すっかりと忘れていたが俺は生徒会の副会長なのである。
とはいっても、それはただ単に名前を貸してるだけであって、実際に副会長としての職務など皆無に近い実行率を誇っているのが現実だ。
今まではそれで良かったし、これからもそのつもりである。
とりあえず、卒業間近で引退するまではその状態を維持して、大学受験や就職活動では「生徒会委員として、学校行事を成功させる為、日夜奔走しておりました」と、好印象獲得の道具として最大限に利用してやるつもりだったのだ。
だが、本日、会長からの出頭せよという勧告によって、俺は半月ぶりに生徒会室へと足を運ぶ事となったのである。
「誰だ、俺のエリート街道を脅かすような圧力をかけてきた輩は!」
本当なら、出頭勧告なんぞ気にせず無視するのが俺流である。
しかし、本日の勧告には、出頭を求めるだけでなく、拒否した場合、強制的に委員会から除名するというおまけ付きだったのである。
これを圧力と呼ばずして、何を圧力を呼ぶべきか!
普段温厚な部類であると自負しているが、すっかりこの圧力に怒りを露わにしていた。
だが生徒会室に入室するのであれば、もっと温厚な紳士の態度で臨むべきである。
しまったと思っても、もう遅い。
もしも生徒指導の教員など居たら、間違いなく指導対象となっていただろうが、幸いな事に生徒会室で待っていたのは。
「あ、先輩、お疲れ様ですーっ」
ぺこりと頭を下げるお馴染みの後輩が一人。
そう、後輩一人だけである。
「あれ、会長はいずこに?」
「まだですよ?」
「まだ? 終わったとか退席ではなく、まだ来てないという事か?」
「ですよ? さっきはすぐに来るって言ってたんですけどねー」
時計をみれば、時刻はすでに四時三十分。
本来の生徒会であれば、とっくに会議終了間近か、終了して解散しているかのどちらかである。地味に後者を期待して「来たけど誰もいなかった、だから帰った」と言い訳するつもりでいたのに、これでは計画がおじゃんではないか。
「まさかの待たされる事になるとはな」
このまま帰ってしまうのも手かと思ったが、圧力が消えた訳ではない。
もしも、このまま帰って不参加扱いにされて除名などされたら、俺の輝かしい経歴に傷がついてしまう。それだけは、なんとか阻止しなければならないのだ。
「仕方ないな、それなら待つか」
身近な椅子に腰を下ろすと、ちょうど後輩と向き合うような感じになる。
「そういえば、後輩も生徒会委員だったんだな」
いつも顔を合わせていたが、すっかり忘れていた。
「はいっ、そうなんですよ。といっても、半年ぶりの参加ですっ!」
「随分とサボっていたな。それは良くないぞ後輩」
自分の事は棚上げかと突っ込まれそうだが、自分は特別でいいのだ。
自分が自分を特別扱いしなければ、一体誰がこんな言いたい事も自由気ままに主張出来ない、殺伐とした世界で特別扱いしてくれるというのだ。
少なくとも、俺はそう思う。
「ところで、半年間サボっていた後輩が、なぜにここに?」
「はいっ、先輩が今日来るって聞いたので、居ても立ってもいられず来ました!」
俺は後輩ホイホイか。
「そういえば、会長は元気なのか?」
「はいっ、とってもお元気でしたよ。毎日活動してるって言ってました」
「会長も暇だな。まあ、どういう活動をしてるのかは知らんが」
こんな発言をしても、俺の立場は副会長なのだから世の中とはなんともチョロい物だ。
「そういえば、先輩。クマと遭ったら、まず死んだフリと言いますよね?」
「唐突だな? だが、クマは雑種だから、その方法はアウトらしいけどな」
「ということで、死んだフリでもいかがですか?」
「随分と強引じゃないか?」
とはいえ、する事もないこの現実。
まあ、暇つぶしを兼ねて後輩につきやってやるのも悪くないか。
「で、死んだフリって、こうか?」
くたりとその場で倒れてみる。
だが、それを見ていた後輩は、わなわなと肩を震わせて。
「先輩! そんなの駄目ですよ!!」
どかげしと蹴りを入れてくる。
「ぐはっ!?」
まさかのマジ蹴りに、俺は思わず身悶えた。
では今度はどうだと試してみるが、それを見てまた後輩は激怒して蹴りを入れてくる。
「ダメです! そんな死に方じゃあ、本当の熊は誤魔化せないですよ! 私が見ても死んだフリがモロバレじゃないですか!!」
「そんなこと言われても、熊となんて早々遭うことないだろ?」
「そんなのわから……あっ」
突然、後輩が目元を押さえたので、何事かと俺は覗き込む。
「どうした?」
「コンタクトが……落ちちゃった」
「後輩、コンタクトだったのか?」
てっきり裸眼で六とか十とかを弾き出しそうなイメージなのに、意外だな。
「そうなんですよ、高校に上がる前に視力が落ちてきて……あれー、見つからない……」
床を這いながら探しているが、見つからないらしく。
「ううう、仕方ないから家まで我慢します」
「コンタクトなしで大丈夫なのか?」
「ぼやけてますけど、見える事は見えるので大丈夫だと思います」
「後輩、それは壁だぞ」
「ありゃ?」
わざとなのか、本気なのか、お約束のボケをかましつつ、これ以上被害でないよう俺は後輩を椅子に座らせた。動かなければ、被害も出ないだろう。
しかし、そんな馬鹿を続けていても、肝心の会長は一向に姿を見せない。
「もしかして、俺達の事、忘れてるんじゃないのか?」
「そんな事はないと思うんですけどねー?」
だが、時刻はまもなく五時になろうとしている。
さすがに、これ以上長引くようであれば帰りたいのだが。
「私、探して来ます」
「いや、そこまでする必要もないだろ」
だが、有言実行が後輩の長所であり短所でもある。
「行ってきますーっ!」
そう言って出て行く事……数分。
「先輩! 会長見つかりましたよーっ!」
後輩は意気揚々と戻って来た。
だが、その手が掴んでいる相手は……
「もうっ、会長ったらこんなにも人を待たせて、天罰ですよ天罰!」
熊だ、どこから見ても熊。
正真正銘の体長二メートル強はあるだろう立派なヒグマだった。
「お、おい、後輩……」
「どうしたんですか先輩?」
後輩に手を引かれ、のしのしと近づいてくるヒグマ。
「どこで会ったんだ?」
「どこでって、そこの廊下でですよ? ねぇ、会長?」
まるで後輩の質問に答えるように、ヒグマは頭をコクコクと降っていた。
よく見ると、口元はだらだらと涎が垂れ流れ、さっきまで貪っていたのだろう鮭の残骸が見え隠れしていて生々しい。
「もう、会長ったら本当に無口ですねーっ」
けらけら笑う後輩には悪いが、俺は迷うことなく死んだフリを実行に移しているのであった。