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第七話「お見舞いしましょうトコトンと」【本番当日】

 後輩が病欠したらしい。

 昨日はあんなに元気だったのに。

 人間、先の事は分からないものだ。

 おかげで、今日一日は後輩と会わずに平穏な生活を送り、来たるであろう明日のアルマゲドンに備えなければと考えていた俺は今、後輩の家の前に立っていた。

「何故だ?」

 預かったプリントと後輩の家を交互に一瞥し、自問を繰り返す。

「何故、俺なんだ?」

 それ位の事は、クラスメイト同士でやればいい話ではないのか?

 脳裏に蘇るのは、後輩の同級生である一昔前の美少女戦士みたいな髪型をした女子生徒だ。あのボリューム満点な胸はちと魅力的というか、破壊力抜群というか。

 ただ、あのナイスバディで顔が後輩ならパーフェクトだったな、と思う。

 いや、決して悪くない、悪くはないのだが、少し残念なのだ。

 もちろん、当人には口が裂け……そうになったら吐いてしまうだろうな……ともかく、苦痛が伴うような切迫がない限りは口にしないでおこうと勝手に誓わせて頂く。

 そう考えると、神という存在はなんとも罪な存在であるなぁっと身にしみるものだ。

「それにしても、意外と俺の家から近い所から住んでたんだな」

 後輩の家は、三階まである立派な一戸建てだった。

 奥行きは謎だが、パッとみるとマンションか何かと思わせるコンクリート剥き出しの外観に、中央の扉の左右には各階柵付きの窓が備えてある。

 屋上にも出られるのか、柵が備え付けられていた。

 建物は別に問題ない。

 外観がやや家というよりはマンションっぽいが、こういう感じの建物は珍しくないし、別に驚きに値する程の事ではないだろう。

 だがしかし、 屋上から堂々と垂らされた垂れ幕に、俺は叫ばずにはいられなかった。

「何故だ……?」


 う ぇ る か む ☆ 先 輩 ! !


「何故、俺が来る事を知ってるんだ後輩!?」

 友達か!? あのお胸は立派でお顔が残念なお友達が連絡したのか!?

 仮にも自宅である建物に、そんな垂れ幕を垂らすなよ!?

「あんらぁ~っ、新井さんの奥さん、あれ観てごらんなさいよぉ~っ」

「あらあら畑中さんの奥さんなんですの? あらまあ」

 背後で聞こえるオバ様ボイスに振り返ると、そこにはパンチパーマに買い物カゴという、いかにも専業主婦道うん十年な風情あるオバ様二人が立っていた。

「うぇるかむ☆先輩、ですってぇ~っ」

「あらあら、あの噂の先輩ね。今日訪問するのねっ」

 どうやら、後輩はご近所でも有名人らしい。

 それにしても、なぜに俺の事まで知ってるんだオバ様よ。

「あらあら?」

 オバ様の一人、新井さんの奥様が俺の顔を見た途端、ハッとしていた。

「あらあら、もしかして貴方……」

「あんらぁ~っ? 新井さんの奥さん、この方をご存じなのぉーっ?」

「ええ、確か貴方、ここの子の先輩よね?」

 なんで知ってるんですか新井さんの奥さん。

「人違いです」

「何言ってるのよ、先輩さんでしょ?」

 揺るぎない口調できっぱりと言ってやったが、新井さんの奥さんも諦めないお人らしい。

「何を証拠に、俺の事をあの後輩の先輩だと断定するのですか? 物的証拠もないのに判断するのは早計に程が」

「「今、後輩って言ったじゃないの」」

 オバ様二人にハモられた。

 それにしても、見事な墓穴を掘り。

 どうやら、俺は心の中で思っている以上に混乱しているらしい。

「で、今から後輩ちゃんに逢いに行くんでしょーっ?」

「あらあら、破廉恥ね」

「何を想像してるんですか、昼メロの見過ぎですよ」

 勝手にご想像しまくるオバ様二人に、俺はバッサリと否定で切り捨てる。

「頑張ってねぇーっ!」

「もう二人とも若いんだからぁ~っ、親に内緒で少し位はハメを外しちゃってもいいと思うわよぉ~っ! ねぇぇぇぇ~っ、新井さんの奥さん」

「そうよ、少しと言わず思いっきりハメを外していいと思いますよね、畑中さんの奥さん」

 オバ様達の訳の分からぬ応援を受けながら、俺はすぐさま後輩の玄関へと向かった。

 これ以上騒がれても困る。

 こうなったら、すぐに用事を済ませるしかない。

 もう俺は後輩にプリントを渡すよりも、一刻も早くあの垂れ幕を降ろしたい気持ちだけで、家のチャイムを連打していた。

 押す度に、ピンポンとは鳴っているのだが、一切の返事がない。

 ちょっと待て、留守なんてオチはないだろうな?

 本来ならここでプリントをポストにねじ込んで退散する所だが、あの垂れ幕はなんともしても排除したい。

 最悪フリークライミングを決行する構えで待っていると、不意にインターホンから聞き覚えのある声が返事する。

「はーい、どちらさまですかぁ?」

 ちと鼻声だが、間違いない後輩だ。

「俺だ」

「……あっ! 先輩!? 先輩ですか!?」

「そうだぞ後輩、お前の為にプリントを持ってきたから開けてくれ」

 ついでに垂れ幕も外すように命じたいが、あれは俺が直接手を下す。

「すぐに迎えを出しますねー」

「迎え?」

 何の事だと顔を顰める俺の目の前に、すぅーっと一本の細い釣り糸が垂れてきた。

「何だこれは?」

 そう訊ねる俺の真横に、どすんという音と共に、太いベルトのような物が落ちて来る。

「そのベルトを装着したら、糸を繋げてください。そしたら、引き上げますから」

「……引き上げるだと?」

 後輩の説明を聞きながら、俺は思わず目の前にある扉をじっと凝視する。

「玄関を開けてくれれば、そこから入れると思うんだが?」

「下まで降りるのが面倒ですし、先輩の足を煩わせるのも悪いので、直接来て貰った方が良いかなーっと」

 引き上げる方が、ずっと面倒だし、ハイリスクな気がするけどな。

 だが、どうせそれを言っても後輩は聞くまい。

「よし、分かった。じゃあ、しっかり頼むぞ」

「はーい!」

 言われた通りベルトをしっかりと装着し、金属の輪に糸を通して幾重にも結び付ける。

「それじゃあ、行きますよー!」

 その言葉が終わるよりも先に、俺の身体は屋上に向かって一直線に舞い上がっていた。

「ちょっ! ちょっと待て!!」

 一体何を使って牽引してるのかは知らないが、勢いが良すぎる!

 こんな勢いで引っ張って、糸は切れないのか!?

 心配する俺などお構いなしに、引き上げる速度は落ちるどころかむしろ加速してるし!!

「切れる! 糸が切れる!!」

 不意に来る浮遊感。

 それまでの引っ張られてる感じからの解放。

 だが、すぐ襲ってくるのは重力による落下と衝撃だった。

「ぐほっ!?」

 屋上で強かに尻餅をつき、思わず涙目になる。

「先輩! うぇるかむです!」

 聞き慣れた声に顔を上げると、そこには身長よりも遙かに長い釣り竿を持った後輩の姿。

 どうやら、あれで俺を引き上げたのか……それにしても、見た目はか弱そうな糸だったが、傷一つないこの糸は一体何が出来てるんだ?

 しかし、俺を無事に屋上へと導いていてくれた恩人である。

 無粋な詮索は辞めておこう。

「それにしても……」

 普段ならヒマワリスマイルの似合い美少女が、鼻水垂らしまくりのなんとも情けない面となっていた。

「……重症そうだな」

「はい、おかげさまで」

 そこはおかげさまする部分ではないと思うぞ。

「寝て無くていいのか?」

「ええ、今日は気分がいいずずずずずずー……のでずずずずー……先輩も来てくれてましたからずずずずずー……元気百倍です!」

「どこがだよ!?」

 垂れる鼻水を必死に吸い込む後輩に、俺はすぐにポケットティッシュを与えた。

「いいんですか?」

「気にするな、駅前で配ってたやつだ」

「先輩の、ティッシュゲットですずずずずずー……」

「チーンしろ!」

 受け取ったティッシュで鼻をかむ後輩だが、かんでもかんでも、怒濤の勢いは収まる気配すらなかった。

「あー……そういえば、どうでした先輩? ラプンツェルみたいで楽しいでずー……?」

「何がラプンツェルだ」

 ……まて、ラプンツェルだと?

「後輩」

「なんでしょう先輩?」

「もしかして、今俺を引き上げた糸って……」

「ずずずずー……はいっ、私の髪の毛で作りました♪」

 お前の髪は鋼鉄か!?

「大変だったんですよー、ほら、私ボブだから全然長さが足りないじゃないですかー。だから、家中の抜けた毛を一本一本拾って繋げていって~……」

 その緻密な努力をもっと別の方向で有効利用して頂きたい所だ。

 そんな事を思いつつ、俺は巻いていたベルトを外して、ついでに垂れ幕を結んでいた紐も外して、丸めて片づける。

「あああああーっ! 何するんですかー!?」

「うるさい、病人が暢気に垂れ幕とか作ってるんじゃない!!」

「て、徹夜したのに……」

「そんな事をするから病気になるんだ」

「ち、違いますよ、これはその……努力し……あっ」

「おいまて」

 今何と言った?

「後輩、今なんて言った?」

「な、何の事ですか? ひゅ、ひゅー、ひゅふ~~……」

「吹けない口笛を吹いて誤魔化すな!!」

「ずずず~……」

「だからって今度は吸うな! そして鼻水はチーンだ!」

「あれー、おかしいなー、チーンしたのずずずずー……のにずずずずー……」

「チーンしろ! 鼻を! ティッシュで!」

「ふぁーい……ずびぃぃぃーっ」

 もう一度鼻をかんでやっと落ち着いたのか、鼻をすする事はなくなったが、それにしても相変わらずぼ~っとしている後輩。

「なんか悪化してないか?」

 試しに額に手を当ててみると、人間湯たんぽかと思う程熱い。

「せ、先輩、お粥作って下さい」

「お粥?」

「はいっ、やっぱり病気の時はお粥だと思うんですよ。先輩の作ってくれたお粥を食べれば元気が出て明日も登校出来ると思うんです!」

 この調子だと、お粥を作らないと帰さない雰囲気だ。

「……分かった分かった。ただし、そんなに美味いモノは作れないぞ?」

「大丈夫ですよ、先輩が作ってくれたお料理には、先輩のダシがたっぷり入っているから美味になります!」

「……そうか、とりあず部屋に戻ろうな」

 仮にも病人である後輩を外に出っぱなしにして悪化させる訳にもいかんだろう。

「うぇるかむですよ、先輩ぃずびび~……」

「だから、チーンしろ!」

 こうして俺は、生まれて初めて後輩の家へと足を踏み入れるのであった。

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