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第六話「お見舞いしましょうトコトンと」【前夜祭】

 私と風邪引きのちーちゃんが出会ったのは、入学して間もない時でした。

 元々病弱という事で、その時もちーちゃんはマスクを装着してけほけほとしていました。

 一方の私は生まれてこの方、内部メモリに残されている記憶内で病気らしい病気をした記憶がございません。

 なので、毎日何かしらの病原菌に冒されているような人というのは、とても珍しく見える存在で、気がつくと私達は友好条約を結んでいたのです。

 そんな虚弱体質なお嬢様なので、当然体育などの授業もろくに参加出来ません。

 いつも校庭の脇か、保健室で寝込んでいるのです。

 そんなちーちゃんを迎えに行くのは、友好条約を結んでいる私の担当でした。

「ちーちゃん、体育終わりましたよ」

「けほけほ」

 どうやら、今日のちーちゃんは軽度のようです。

 毎日咳の具合を見ているので、いつの間にか咳を一回聞いただけでその日のちーちゃんの健康具合が分かるようになっちゃいました。

 この調子でいけば、ちーちゃん専門の名医になれるかもしれません。

「ありがとけほけほ」

「ああ、無理して喋っちゃあいけませんよ。傷口が開きますよ」

 傷口なんてありませんけど、ちーちゃんなら無くてもどこかが開きそうな気がしますよ。

 咳き込むちーちゃんの背をさすってあげるのも、私の役目です。

 こうしてあげると、すごく楽になるらしいです。

「いつもごめんね」


「何を仰います、友達じゃないですか」

「でも、ほらやっぱり……年上の人とかってやりにくくない?」

 あ、そうそう説明を忘れてました。

 ちーちゃんは私より二つ上の人なのです。

 病欠で出席日数が足りなくて留年した上に、去年は一年間程治療の為に自主休学したので、私と同じ学年になった人なのです。

「大丈夫ですよ。ちーちゃんは先輩と同じ雰囲気があって、他の子よりもとってもお付き合いしやすいですよ」

「先輩? ああ……あの子ね」

「おおぅっ?」

 ちーちゃんに言われて窓から運動場を覗くと、確かにそこには体操服姿の先輩がいるではありませんか!

「あっ、先輩……」

 ああ、今日もやっぱり先輩は素敵なのですよ。今日は特に普段では見れない半袖半ズボン姿ですよ。露出したスラッと伸びた肢体とか、あのちょっと仏頂面しているトコなんかもまたまた……ううう、カメラを持参してなかったのが悔やまれるのです。

「やっぱり、あの子だったのね」

 おや、どうやら、ちーちゃんも先輩の事を知ってるようですね。

 あの子呼ばわりするのはどうかとおもいますが、よくよく考えてみると先輩よりも一つ年上なのだからそう呼んでも仕方ないという風に処理しましょう。

「ちーちゃんは先輩の事知ってるんですか?」

「うん。昔、何回か家に来た事があったから」

「お、お家に……!? ユアハウスに先輩がゴーしたとですか!?」

 なんという新事実!!

 思わず英語混じりの言葉で訊いちゃいましたよ。

「な、なんでまた? どうしてまた先輩が……?」

 気になります。その発言は非常に気になりますよちーちゃん。

 時と場合と行為によっては、お友達同盟を破棄して宣戦布告ですよ。

「ほら、私って病欠多いから。プリントを届けに来てくれたの」

「な、なんだ、それだけですか」

「え?」

「いえいえ、こちらの事です。気にしちゃ駄目です」

 ふぅ、どうやら私の思い過ごしだったようですね。

 それにしても、先輩のなんとお優しい心使いなんでしょう。

 さすが、私の先輩です。そこらの野良先輩とは格が違いますよ格が。

「最近会わなくなっちゃったけど、後輩君、元気なの?」

「はい、とっても元気ですよ」

 会わなくなっちゃったという言葉を聞いて、ちょっと安心です。

 もしも、まだ逢瀬を繰り返していたら、私は即座にちーちゃんを屠らねばなりません。

 そんなこんなでちーちゃんを教室に連れて来ましたが、残念ながら本日のちーちゃんは途中で具合が悪くなって、早退してしまいました。

 さっきは軽度だと思っていましたけど、どうやら時間経過と共に悪化したのでしょう。

 これだから風邪は油断なりません。

 でも、いつも何かしらの病原菌に冒されているちーちゃんです。今さら風邪が原因の早退如きで心配する人はいませんでした。

 いつものようにホームルームになると、お友達条約を結んでいる私にプリントを届ける指命が下るのです。

 なので、授業が終わると真っ直ぐちーちゃんの家に向かわなければなりません。

 今日は残念ながら先輩と戯れる時間はないのですよ。

 そう思っていたのですが、校舎を出た途端、私の脳裏にスイッチが出現しました。

 このスイッチの出現条件はただ一つ。

 先輩と遭遇エンカウントした時のみです。

 そう、目の前に先輩が居るのですよ。

 このチャンスを逃してはいけません。

 ちーちゃんとのお友達同盟がありますけど、だからといって遭遇した先輩を無視しなければならないという法はありません。

 もしもあったとすれば、即座に内容の書き換えるか同盟解除です。

 という事で、私は脳裏に出現するスイッチをポチッと押しました。

 このスイッチ、昨今世に出まくっている殿方が大好きな本やら雑誌やらから抽出した可愛い子成分を一時的、かつ過剰に放出する為に設置されたスイッチなのです。

 さあ! 可愛い後輩モード起動ですよ!

「せんぱぁぁぁぁぁぁーい!」

 いち、にの、さんでジャンプ!

 元気よく飛び上がって、そのまま先輩の背中に目掛けてドロップキックを炸裂させます。

 前倒しにずべしゃとなる先輩と同時に、私もずさりと地面に叩き付けられました。

 このドロップキックって、やる方も着地に失敗すると結構ダメージが大きいので、そろそろ新方法を考えなければと思う今日この頃です。


 ちーちゃんのお家は山沿いの、お屋敷が建ち並んでいる場所にありました。

 お見舞いやプリントを届けるのに何度か来てますけど、何度来てもここに居るとまるでハリウッドにいるような気分になります。

 等間隔に植えられた椰子の木の通りを通って、ホワイトハウスみたいな建物を右に曲がって真っ直ぐ行くと、すぐにちーちゃんの家が見えて来ます。

 立派な門の左右には、黒いお兄さんが立っています。

 私に気づくと、お兄さん達は一礼して門を開けてくれます。

 観音開きの門の向こうはホールになっていて、シャンデリアとか暖炉とか絨毯とか……とにかく、一般家庭には縁も所縁もなさそうな代物ばかりに囲まれながら、ズラッと並んだメイドさん達と、ロマンスグレーの執事の方が深々と頭を下げて出迎えてくれます。

 これもいつもの事です。

「ようこそ、お嬢様がお待ちです」

 なかなか素敵な渋い声の執事さんです。

 声優さんになれば、執事役は絶対この人って扱いになる事間違いなしだと思います。

 執事の方にエスコートされながら、私はちーちゃんの部屋へと向かいました。

 ちなみに、アメリカみたく土足OKです。でも、こんな高級そうなふかふかの絨毯を靴で汚しても大丈夫なのかなーっと最初は思いましたけど、各部屋に直立しているメイドさんが汚れたらすぐに掃除するので心配ありません。

 堂々と私は自分の痕跡を消されながら前へと進むのです。

 もしもこの屋敷内で行方不明になったら、何の手がかりも残らないでしょうね。

 ……ないとは思いますけど。

 そんな事を考えている内に、ちーちゃんの部屋の前です。

 病状が重いと丸一日歩けなくなる時もあるちーちゃんの為に、玄関からすぐの場所に部屋が配置されているのです。

 ノッカーをコンコンと叩くと、自動的にドアが開きます。門だけでなく、ドアの開閉までもオートメーションとは素晴らしいです。

 中に入ると、いつもならベッドで横になっているちーちゃんが、ヒラヒラのフリルがお洒落なパジャマ姿で立って出迎えてくれてました。

「いらっしゃい、いつもありがとう」

「立ってていいんですか?」

「うん、今少し良くなったトコだから……あら」

「どうしました?」

「膝から血が出てますよ」

「おや?」

 ちーちゃんに指摘されて見てみると、膝小僧に少しばかり擦り傷がありました。

 これは気づきませんでした。

 多分、先輩にドロップキックを食らわせた時に負ったのでしょう。血は出てますけど、もう止まっているようですし、血小板さんの見事な仕事っぷりに乾杯ですよ。

 だけど、ちーちゃんは心配そうな顔をして、軽く手を叩きました。

「どうなされましたか!?」

 まるで待ってましたとばかりに勢いよくドアを開けて、複数のお医者様と看護師さんが一斉にちーちゃんへと群がって脈拍とかを計り始めます。

「いえ、私じゃなくて。友達が怪我をしてしまったの……」

 その言葉を聞いた途端、皆の視線が私に集中します。

「なるほど。では、すぐ処置に入りましょう」

 処置だなんて大袈裟です。

 こんなの、唾か消毒液でもつけて、適当に放っておけばすぐに治るような傷ですよ?

 だけど、お医者様は丁寧に傷口を診た後、消毒をして包帯を巻き巻き、さらに化膿止めのお薬まで処方してくださいました。

「二、三日は安静にしてください」

 最後にそう言うと、お医者様軍団は帰って行きます。

「大袈裟ですよ」

「そんな事ないわよ、怪我をしたんだから」

「でも、こんなの絆創膏一つで事足りますよ?」

 私は包帯を巻かれた膝をじっと見て、苦笑いです。

「駄目駄目、ちゃんとお医者様に診てもらわないと、女の子なんだから」

「そういうものですかね?」

「そういうものですよ」

 ハッキリと言われてしまいました。

「でも、二、三日も安静にと言われても困りますよ」

 明日先輩と会った時に、アタック出来ないじゃないですか。

「でも、怪我が治るまでは安静にしないと……傷が悪化したら大変ですよ」

「むぅ~……それはそうですけど。それだと先輩に……」

「後輩君がどうしたの?」

「元気な後輩というイメージなのに、怪我してるなんて分かったら私の頑張って作ってきたイメージというものが……」

「あら、でもむしろその方がいいんじゃないかしら」

「おろん?」

「だって、普段は元気な子が、ちょっと元気がないと、相手は凄く気になるんじゃないかしら。特に後輩君は優しいから」

「おおー……」

 なるほど、その手は考えつかなかったです。

 確かに、先輩なら心から凄く心配してくれるような気がします。

「私は普段がこうだから、そういう事で心配はしてもらえないけどね」

「そんな事ないですよ、少なくとも私はいつも心配してますよ」

「ふふふっ、ありがと……こほこほ」

「おっと、もうそろそろ横になった方が良さそうですね」

「うん、その方が良さそうね」

 ちーちゃんはベッドに横になります。

 それにしても、お屋敷の豪華さに負けない立派なベッドです。多分、私が五人入っても先輩をお招き出来る位あるんじゃないでしょうか。

「それじゃあ、ちーちゃん、また明日ですよ」

 そう言ってちーちゃんとお別れすると、私は真っ直ぐ家に帰りました。

 それにしても、包帯を巻いていると歩きにくいものです。

 ちーちゃんのお医者様には悪いけれど、これは解かせて頂きましょう。

 でも、これがないとギャップがなくなってしまいますねー……うううむ、何か良い手段はないでしょうか。

 考えます。

 考える葦と呼ばれる人間です。

 前回もこうしてアイディアが出たのですから、今度も浮かんでくるような気がします。


 ということで、帰宅直後、私は冷水を頭から被り始めました。


 家に帰るまでの間、脳内国会に招集した脳内議員達による論争によって導き出した結果は、風邪をひく事でした。

 脳内メモリで確認する限り、一度もなった事のない病気です。

 これなら、きっと先輩もビックリしてお見舞いに来てくれちゃうはずですよ!

「そーなったら、きっと先輩がお粥とか作ってくれて……ふふふのふー……ぇくしょん!」

 もう何度目か分かりません、とにかく延々と冷水を頭から被ってます。

 きっと、今月の水道代はとんでもない事になってるかもしれません。

 だけど、今の私を止める事が出来ません。

 そりゃもう盛大にざばーんですよ!!

「ざ、ざぶい……!!」

 もう身体の芯から冷える感じで、がくぶるしてしまいます。

 でも、これがいいのですよ。

 この調子を続けていれば、風邪をひくこと間違いなしですよ!

 これで、これで風邪をひけば……。

「ま、待っててくださいね先輩。もうすぐもうすぐ……びゃくしょん!!」

 おお、良い具合に鼻水が出てきましたよ。それに身体の震えも絶好調ですよ。

 これはもうどこからどう診察しても風邪の一歩手前ですよ。

「先輩……私、もうすぐ風邪をひけば先輩がお粥を……びゃくしょん!!」

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