第五話「正夢で逢いましょう」【本番当日】
まず最初に、この事情が分かる相手にぜひとも問い合わせをしたい。
「なぜこうなる?」
「ごちゃごちゃ言わず、いざ尋常に勝負ですよ先輩!!」
放課後の体育館裏。
俺と向かい合っているのは、いつも通り後輩だ。
しかし、今あいつの手には、ご立派な日本刀が握られ、その切っ先は俺に向けられていた。
ぎらりと鈍い銀光を放つそれに、俺は思わず息を呑む。
冗談じゃない、あんな物で斬りつけられたら本気で死んでしまうぞ……!?
「なんですか先輩、もしかして、怖じ気づいたんですか?」
「当たり前だろ……!!」
そんな不敵な笑みを浮かべられても、俺は嫌だぞ。
大体、なんで後輩の武器がご立派な日本刀なのに、俺が文庫サイズの万葉集なんだよ?
「不公平だろ、お前が日本刀ならこっちはガドリング砲とかくれてもいいだろ!!」
まあ、例えそんなのがあっても、あの後輩に勝てる気はしないが。
「とりあえず、俺は戦わないぞ、そんなふ……りぃぃぃっ!?」
ゴゥン!!
問答無用の斬撃。
俺が一瞬でも避けるタイミングを間違っていれば、俺の頭と身体がロンググッバイするところだったぞ!?
「てめっ! 後輩、何考えてるんだ!?」
とは言ったものの、多分何も考えてないんだろうなぁ。
「後輩だもんな……」
とにかく、殺る気満々な以上、こちらも対策をせねばなるまい。
「万葉集で……?」
ダメだ……この勝負、最初から勝負になってない。
「それが宿命というものなですよ先輩……ふふふ……さあさあ、尋常に……!!」
ジリジリと迫る後輩。
ぎらりと輝く日本刀。
これが本当の絶体絶命……こんな勝負、俺が勝つなんて……勝つなんて……!
「絶対無理だ~~~~~~~~~~っ!」
絶叫と共に、俺はベットから上半身を起こして叫んでいた。
「はぁはぁはぁ……ん……あれ……?」
なんだ? 何が起こっているんだ?
「ここは……俺の……部屋?」
きょろきょろと見渡してみるが、そこは間違いなく放課後の体育館裏ではなく、俺の部屋だった。
日本刀を振り回す後輩も、文庫サイズの万葉集もない。
「夢……か……」
いや、あんなのが現実にあったらかなり困るが。
時計を見てみると、まだ夜中の四時を少し回った所だった。
「……ってか、なんだあの夢……」
日本刀を振り回す後輩に、文庫サイズの万葉集で対抗する俺?
なんて突拍子もない夢だ。
「まあ、夢は夢だしな……」
だが、あの後輩なら、やりかねん。
「いやいやいや、いくらなんでも、なぁ……」
ない。
ないはずだ。
ないだろう。
ないでください。
「……よし」
なんとか自分を納得させると、俺は再び眠りについた。
「やっと帰って来ましたね先輩♪」
「なぁっ!?」
気が付くと、また日本刀を構えた後輩が立っていた。
しかも、なんか一本増えて二刀流になってるし!
「さぁ、勝負ですよぉーっ!」
ジリジリと間合いを狭める後輩、その目は本気だった。
当の俺は、やっぱり万葉集片手に防戦体勢。
「いや、勝負も何もさ……しかも、二刀流とかになってるし!」
「それが試練というものなんですよ先輩!」
一体いつから勝負が試練に入れ替わったんだよ後輩。
「それが宿命というものなんですよ……ふふふ……」
「なんか違うし!」
気が付くと、俺はベットで上半身を起こし叫んでいた。
「……朝か」
もちろん、目の前には二刀流の後輩も万葉集もない。
「疲れてるんだろうな……」
よくよく考えれば、普段あれだけ後輩に振り回されてる訳だしな。
たまにはあんな夢の一つや二つ見る事も……望ましくないが……あるだろう。
「まっ、夢は所詮夢さ」
カーテンをそっと開け、ついでに窓も開ける。
「……何もないな」
表の道路を見渡し、異常がないかどうかの確認を済ませる。
その間にも、窓から入る爽やかな風が、俺に一日の始まりを告げていた。
「とりあえず、シャワーでも浴びて学校に行くか……」
妙な夢を見過ぎたせいか、寝汗でパジャマが張り付いていた。
さっさと風呂場に入ると、今までの嫌なことを洗い流すようにシャワーを頭から被った。
「ふぅ……」
暖かいシャワーを浴びていると、少しずつ俺の気持ちを落ち着いてくる。そして出る頃にはいつもと変わらない状態まで戻っていた。
「さてと、軽く飯でも食って学校行くかな」
食パンを一枚口にくわえると、リビングにあるテレビの電源を入れた。
『昨夜未明、××市の骨董美術展から日本刀が盗まれる事件で、犯人は取り押さえられたものの、肝心の日本刀は見つからず――……』
「物騒な世の中だな……」
食パンを食べ終わると、俺はテレビをつけたままにして一度自室へと戻った。
「えーっと……レポートと筆記用具と……」
『日本刀は真剣で、刃渡りは約――……』
遠くから聞こえるレポーターの声を耳にしながら、準備を整えていく。
「多分、あんな夢見たの、この手紙のせいだったりして……」
目の前にあるのは、昨日俺がもらった一通の手紙。
明日、放課後に、体育館裏で待ってます 後輩より
「……今度は何を企んでるやら」
もう一度その文面を見つめながら、俺はそっと手紙を片づけた。
今日の放課後、体育館裏で何が起こるのやら。
「さっきまで見てた夢みたいな事はないだろなぁ~……あったら、困るが」
苦笑を浮かべながら、俺は鞄を背負う。
ふと時計を見れば、ちょうど良い時間帯ではないか。
「まあ、これなら十分間に合うな……」
台所に戻ってテレビを消すと、俺は真っ直ぐ玄関へと向かった。
「そいじゃあ、いってきまーすっと!」
いつもと変わらない朝、いつもと変わらない出発。
そう、本当に普段と一つも変わらない一日だと、この時の俺は信じていた。
「……あれ?」
俺は目の前の現実に、思わず頬が引きつっていた。
片手には、課題の為に図書館で借りた文庫サイズの万葉集。
そして。
「先輩、待ってました」
不敵な笑みを浮かべる後輩。
その手に光るのは……。
「どうしたんだ、それ?」
「これですか? お散歩の途中で、拾ったんですよ」
普通に答えてくれたが、それはどう見ても今朝のニュースで見た日本刀そのものだった。
「拾ったってお前……それで、一体何をするつもりなんだ?」
「よくぞ聞いてくれました先輩」
ニコニコとヒマワリスマイルを浮かべながら、後輩は切っ先を俺に向けた。
「なぜこうなる?」
「ごちゃごちゃ言わず、いざ尋常に勝負ですよ先輩!!」