第四話「正夢で逢いましょう」【前夜祭】
私とランプの魔神さんが出会ったのは、連続猟奇殺人事件を扱った探偵小説を貪るように読んでいた真夜中の事でした。
「あ、停電だ」
ベッドの脇に置いていた電気スタンドが消えて、辺りはすっかり真っ暗です。
怖い小説を読んでいる最中にこういうトラブルに見舞われると、相乗効果でとっても怖いです。しかも、ちょうどこれから名探偵が華麗な推理で犯人を言い当てる場面、とっても続きが気になります。
なので、私は躊躇なく明かりを求めました。
でも、停電という事は他の電気系統も全滅だという事でしょう。
となると、私が向かう先は戸棚です。
今明かりを求めるとすれば、ノン電気な代物で代用するしかありません。
「残してよかった骨董品」
出張中のお父さんが送ってきたランプを、ここに仕舞っておいたのです。
「あったあった、これですね」
アラジンに出てくる魔法のランプそのままな、なかなか重量のある代物でした。
正直、お土産として貰った時は有効利用出来ないと即判断したのですが、まさかここに来て大活躍するとは夢にも思いませんでした。
これで小説の続きが読めて、スッキリ眠れるのですよ。
一緒に出てきたマッチをランプの本体で擦って、早速明かりを灯しましょう。
「……おんや?」
しかし、ランプの灯心に火を点けたのに、明るくならないではないですか。
明るくなるどころか、なんか勢いよく煙が吹き出してますよ!?
「これは火事ですか!?」
だとしたら大変です。とりあえず火元を鎮火しなければいけません!
私はランプを床に叩き付け、カーテンを引きちぎると力の限り叩き付けました。
「えい! てい! とりゃ! せい! 死ね!!」
ぼふぼふと音を立ててカーテンで強打を続けますけど、煙は一向に弱まりません。
もしかして、やり方が悪いんでしょうか?
とにかく、もっと力を込めて殴りましょう。
「えい! てい! どりゃ!」「いでっ!」
駄目ですね、全く弱まりません。
「ランプの火のくせに生意気な。さっさと消えればいいのに!」
そろそろ手が痛くなってきましたよ。
でも、火事になって家が丸ごと燃えてしまうような事になったら、両親からもれなく切腹を申しつけられてしまいます。
切腹だなんて大袈裟な? とんでもない。
あの両親なら言い出しかねないのですよ。
我が家には色々と家訓があるんですけど、その中に家を燃やした奴は保険金を掛けて切腹ってあるんですよ、マジで。
切腹は嫌です。切腹よりも接吻がしたいです。
もちろん、お相手は先輩です。
それ以外の人は考えられません。
考えなければならなくなった場合は、切腹してもいいと思います。
とりあえず、そういう訳なので私は今すぐにこの火元を消さなければならないのです。
先輩との熱い接吻の為にも!
「ぬりゃ! のごりゃ!」「やめ! いでっ! やめてください!」
……ふと思ったんですけど、煙って喋るものでしたっけ。
それによくよく考えてみると、ランプを殴ってる割には手応えが良すぎる気もしますし。
私は手を止めて、ランプの方を見ました。
まるでタイミングを計ったように煙が左右に割れて、そこから一人の男性が現れました。
ちょうど、床に叩き落としたランプの真横に、ちょこんと正座するような感じです。
「ふーあーゆー?」
「どうも、初めましてランプの魔神です」
三つ指を立てて深く頭を下げる自称ランプの魔神さんですけど、パーカーにジーンズとなかなかカジュアルな格好だし、どう見ても普通のお兄さんにしか見えませんよ?
「泥棒ですか?」
「いいえ、違います。私はランプの魔神です」
キリッと返されちゃいました。でも、どう見ても普通の人間ですよね。
「泥棒ですね?」
「いいえ、違います。私はランプ」
「泥棒ですね?」
「いいえ、違います。私は」
「攻撃しちゃ駄目ですね?」
「いいえ、違いま……えっ、ちょッ!?」
攻撃許可も下りたので、私は遠慮なくカーテンで袋だたきにさせて頂きました。
「まだランプの魔神と名乗りますか?」
「本当なのに……」
よよよと乙女座りして泣いているのは、自称ランプの魔神さん。
はて、なんか少し前にも似たような光景を見たような……きっと気のせいでしょう。
「でも、いきなり現れてそんな事を言われても困りますよ」
小説ならともかく、今は猫型ロボットもろくに作れない二十一世紀ですよ?
あ、そういえば、あの設定って今は二十二世紀になったんですっけ。
まあ、それはともかく。
科学が世を制するこのご時世にランプの魔神なんて、片腹が痛くて即手術ですよ。
「いや、貴女がランプを擦ったんでしょ?」
「擦ってません。勘違いしたんじゃないですか?」
「いやいや、擦りましたって、ほら、ココ、ココ」
自称ランプの魔神さんが指差したのは、さっき私がマッチで擦った箇所でした。
「あれもカウントに入るんですか」
「はい、入るんです。ということで願い事を三つどうぞ」
いくらなんでも、それはちょっと過敏過ぎじゃないですか?
「三つと言われても、急にそんな願い事だなんて思いつきませんよ」
「そんな事言われても、こっちも願い事を叶えないと収入にならなくても困るんですよ」
「え、願いを叶えるとお給料が出るんですか?」
「ええ、そうですよ。大体、なんで無償で赤の他人を助けなきゃならないんですか」
なんだか夢ぶち壊しですね。
「地獄の沙汰も金次第っていいますしね。ランプの魔神業界も数百年前に組合が出来て、今みたく給料制が導入されたんですよ。とはいえ、出来高制なんですけど」
「そこまで改革しておきながら、なかなか効率の悪い制度を取り入れたものですね」
「昔は、皆必死で私達を探しては、願い事を叶えて貰おうってしてましたからね。そっちの方が実入りは良かったんですよ。一番人気のジンさんなんて、三日で土地とプール付きの邸宅を購入出来る位でしたし」
「結構バブリーだったんですね」
「でも今じゃあ、規制はかかるわ、単価は落ちるわ……一人や二人の願いを叶えても、一ヶ月ギリギリ暮らせるかどうか位しか入ってこないんですよね」
「だったら、制度を変えればいいのでは? 一度変えたなら、もう一度変える事だって出来るんじゃあないですか?」
「そう思うでしょうけど、それも簡単には出来ないんですよ。今の理事を務めてる方々は一番稼いでいる頃に理事になった人達ばっかりですから、新入りの逼迫した状況を理解出来ないんですよねー。訴えても、それは自己の営業努力が足りないとかいって追い返されるし」
「なるほど、上が腐っていると下が迷惑するってパターンそのものですね」
人間社会だけでなく、魔神業界もなかなか世知辛いのですね。
「おっと、私の話なんかよりも、願い事をしてくださいな」
「うーん、じゃあとりあえず、停電を直してもらえますか?」
元はといえば、それが原因でランプを探す事になったんですからね。
「おやすいごよう!」
ランプの魔神さんはそう言うと、懐から出した携帯電話でどこかに電話を始めました。
「あ、もしもし、いつもお世話になっておりますぅーっ。ランプの魔神ですぅーっ、実は今願い事を頼まれまして、はい、ええ、ええ、例の停電した地区の、はい、はい、ええ、あっ、はい、わっかりました。失礼します。あっ、お待たせしましたーっ」
「どうでしたか?」
「すいません、無理です」
散々長電話して待たせたのに、そんな爽やかに返答しないでください。
あんまりにも爽やかだったので、ナチュラルにボディーブローを叩き込みました。
「ごいふっ!!」
「で、理由は?」
「な、なんか他の人の願いで停電にしているから、電力回復は駄目そうです。一応、あと一時間程で回復する予定みたいですけど」
一体どんな願いをすれば、そんな事になるのでしょう。
「じゃあ、いいです。変わりに何か明かりを下さい」
「じゃあ、これを」
懐から再び取り出したのは、大きめの懐中電灯でした。
一体どこにそんなものを収納するスペースがあるのか謎ですけど、魔神さんだからきっと何かしらそういう部分があるんでしょう。
それを素直に受け取ると、ベッドに潜り込んで小説の続きを読み始めました。
「……あの、願いをまだ一つしか叶えてないんですが」
「大丈夫ですよ。あと少しで読み終わりますから、それから続きをしましょう」
「はあ……」
魔神さんには悪いです。
けど、本の続きが気になるので、少し待って頂きましょう。
十分後、私は本を強かに床に叩き付けていました。
「こぉんのぉっ、駄作がぁっ!!」
作品全体の雰囲気は良かったと思います。
だけど、最後のオチが頂けません。
一行しか出てこなかったピザ屋の配達人が犯人だなんて、とんだ愚作です。
明日、この作者に抗議文を作成すると決めました。
いやいや、もっと良い方法を思いつきましたよ。
ちょうど今目の前に、願いを叶えてくれる魔神さんがいるではありませんか。
ならば、叶えて頂きましょう。
この作者に天誅ですよ、ふふふ、こんな事を思いつく私ってなんて悪い子なんでしょう。
でも、この作者を容赦しちゃいけません、まさに出版業界の腫瘍です。
腫瘍は取り除いてあげなければなりません。
私は踏みつけた本を手にすると、正座で待機していた魔神に迫りました。
あ、迫ったといっても、別にそういう意味じゃないですよ? ぐぐっと近づいたって意味ですからあしからず。
「二つ目の願いを言いますよ」
「はい、どんと来いですよ」
「この本を作った作者が、次回作を書けないようにして下さい」
「お安いご用です。ちょいとお待ちを!!」
また取り出した携帯で、どこかに電話をかける魔神さん。
「あ、もしもし、いつもお世話になっておりますぅーっ。ランプの魔神ですぅーっ、実は今願い事を頼まれまして、はい、ええ、○○社の××文庫で書いてる小林健太さんの次回作なんですけど、はい、はい、ええ、あっ、はい、わっかりました。失礼します、はい、どもーっ。はいっ、お待たせしましたーっ!」
「どうでしたか?」
「すいません、それは無理ですね!」
またですか。
当然、私もナチュラルに右ストレートを叩き込みませて頂きました。
「ごいふっ!!」
「で、今度の理由は何ですか? また先約ですか?」
「は、はい……なんか最新作が駄作になるっていうのを願われてたらしくて、一回喰らった人はしばらく対象にならないってルールがあるんですよ……」
どうやら、私はその駄作を引き当てたという事ですか。
「なら、とりあえず私の失った損失を取り戻させてください」
「損失というと……」
「とりあえず、本を読んでた時間とか」
「あ、時間は駄目です。時間とかは管轄外なんです」
おんや、またどこかで似たような事を訊いたような気がしますよ。
「時間はNGなんですか」
「はい、バッチリNGですので、それ以外でお願いします」
「といわれても、他に損失したといえば……じゃあ」
私はすっかりボロボロになった本を手にとって、魔神さんに突きつけました。
「これを定価で買い取って下さい」
「え……この本をですか?」
「だって、これしか他にないじゃないですか。時間は取り戻せないんでしょ?」
「そ、そうですけど……私だってそんな本買い取っても嬉しくないですよ」
そうは言いながらも、他に方法がない魔神さんはしっかりと買い取ってくれました。税込みで八百二十円。これで明日また別の小説でも買おうと思います。
「で、これで二つ叶えた訳ですけど、最後の願いは何にしますか?」
「うーん、そうですね。何にしましょうか」
というか、二回連続で願い事を挫かれている私としては、正直この魔神さんに物事を頼んでいいのか疑問です。
でも、もう時間も遅いですし、考えてる場合でもありません。
明日も早く起きて、先輩と偶然出会ったようにして、登校しなければならないのです!
……はっ、良い事思いつきましたよ。
「魔神さん、魔神さん」
「はい、なんでしょう」
「私を他人の夢に出演する事とかって出来るんですか?」
「出来ますよ。もちろん」
「しかも、それを正夢にするとか」
そう、例えば夢の中で先輩と結ばれたりして、さらにそれを現実に出来るとすれば、これ程素晴らしい事はないではないですか!
実行です、迷う事無く実行すべきです、これを実行せず何を実行するというのでしょう!
「出来ない事はないですけど……ただ、それには問題がちと」
「問題と言いますと?」
私と先輩の夢の競演に、一体何の問題があるというのでしょう!?
「いえ、夢っていうのは、その人のイメージが色濃く出るものですから。貴女がその人の夢の中に出演して、思い通りの夢になるかどうか分からない訳で……」
むむむ、先輩の私のイメージですか。
そりゃもちろん、可愛い可愛い後輩ですよ。
そんなの当然に決まってます。
ノープロブレムですよ。
夢の中でどんな状況であろうと、私と先輩は仲良し小良しでラブラブチュッチュッに決まってます。現実ではまだ実現出来てないそれをいち早く現実の物にする為にも、魔神さんには大活躍して頂くしかないのです!
「いいからやってください!」
果たして、どんな夢で先輩と競演出来るのか。
とてもワクワクです。
さあ、先輩! いざ尋常に競演ですよ!!