第零話「手作りお菓子を召し上がれ☆」 【前夜祭】
私と先輩が出会ったのは、私が高校入学して間もない頃の事。
その日、春の桜が舞い散る遊歩道を私は猛進しておりました。
原因はお寝坊。
あと五分のつもりが、五十分も寝ちゃったんです。
欠席はしても、遅刻は決して許さない。
それが我が家の家訓でしたので、遅刻だけは許されなかったのです。とにかく走りました。
そりゃもう全速力です。
もうすでに時間的にはアウトなのですが、私にはまだ秘策があったのです。
そう。この学校では、正門で遅刻のカウントさえ取られなければ、遅刻扱いにならないという、究極の抜け穴があったのですよ。
つまり、最悪の場合はカウントしてる先生を屠ろうかと思っていました。
「カウントしている先生には悪いですが、私だって青春真っ盛りの十代で実母に屠られるのはごめん被るのですよ」
校門につくと、当然門は閉まっています。
強引にこじ開けようかとも思いましたけど、南京錠が掛かってるから破壊するのに時間が掛かって仕方ないので、よじ登る事にしました。
校門を抜けると、今度は見張りの死角になる花壇を匍匐前進で進みます。
ふふふのふー、完璧です。
花壇を抜ければ、もう安全圏……と思った途端。
「おい、そこの……!!」
「え、私?」
「お前以外に他に誰か居ると思うのか?」
頭上から降り注いだ声に顔を上げると、非常階段からこちらをじっと見つめる殿方の姿が……そうこれこそ、これこそが……!
先輩との運命の出会いでした。
先輩との運命の出会いでした。
大事な事だから、二回言わせて頂きました。
「お前、どうせ遅刻だろ?」
「う、ち、違います。私はあの、趣味の匍匐前進を」
「言い訳しなくてもいいって、見逃してやるから、ちょっと手伝ってくれないか?」
「お手伝い、ですか?」
しかも、遅刻を見逃してくれる? なんて素晴らしい事なんでしょう!
「手伝います! 全力でお手伝いしちゃいます!」
「よし、それじゃあ、よろしくな」
そう言って、先輩は手を差し出しました。
契約成立の握手ってやつですね。
私はその時の手の感触を、ちょっと硬い先輩の感触を今でもハッキリ覚えています。
この時の先輩は後光が差しまくっていて、直視する事も出来ない位に眩しい存在だったように思えたのです。
もしかしたら、単に先輩の背に太陽があったからなのかもしれません。
多分、先輩は覚えてないでしょうけど、これが私と先輩の馴れ初めだったのです。
あれ、馴れ初めは恋人同士でしたっけ? まあ、細かい事は置いておきましょう。
何はともあれ新学期です。先輩と同級生になれて、まさにウキウキ気分です。
それに加えて、今日の一限目は体育。しかも、私が大好きな陸上競技です。
陸上競技の素晴らしい点は、まず己の実力が全てだという点という事ですね。
これは重要ですよ。
己の鍛え抜いた肉体だけを武器に、堂々と敵と競い合える上に、ハッキリと勝敗が分かる点など素晴らしいと思います。
なので、同じ陸上競技でも皆で力を合わせるようなリレーとかは大嫌いだったりします。
さて、そんな体育でのひとときです。
春のとても気持ちの良い風が吹く中、私は自分の出番まで、最高のコンディションを維持しようと柔軟などを嗜んでいました。
「後輩って、本当に先輩さんの事好きだよねー」
「ほわ?」
突然そんな事を言われて、私はビックリして顔を上げました。
私の事を後輩と呼んだのは、同級生の千代ちゃんでした。
昔の美少女戦士を意識したお団子にツインテールという最強の髪型なのに、お顔は残念にもA級になれないB級という女の子です。
あ、違いますよ、別に私がランク付けしたんじゃなくて、クラスの男子が言ってたのをそのまま受け売りしただけですから、そこんトコよろしくお願いします。
千代ちゃんは私の同級生です。結構仲良しでお話もよくするので、私と先輩の事も一番よく知ってるのです。
ですが、いくら仲良しランキング二位の千代ちゃんでも私の事を後輩って呼ぶのは許せません。
「駄目! 後輩は先輩だけが言っていい名前なんですよ!」
ちなみに一位は当然先輩です。これだけは、例えお金を積まれても譲れません。
でも五千万円位積まれたら、先輩は特別賞という特別な枠組みで扱って、仮の一位にしてあげてもいいと思います。
「あと、先輩は同級生なんですから、ちゃんと苗字で読んであげないといけないんですよ千代ちゃん!」
「えー、いいじゃん。実際のところ、あの人留年してるんだから、アタシたちより年上なんだし。あと、あの人の苗字知らないし」
「ぐぬぬぬ……」
「まあまあ、そんな事はいいじゃない。それよりも、やっぱり後輩ってなんかアンタにピッタリだと思うわよ?」
「むむっ、それは聞き捨てならない。どういう意味ですか?」
「だって、後輩って見た目お子様だし、いかにも後輩っぽいもん」
「それは失敬ですよ。いくら私でも怒っちゃいますよ?」
本当、千代ちゃんでなければ今頃ラリアットの餌食ですよ?
「あはははははっ、本当に後輩って面白いねぇ」
「むー、人の事を弄ぶなんて酷いですよ」
「弄ぶなんて人聞きの悪い。私なりのフレンドシップなのに」
確かに、千代ちゃんはそういう人です。
ちょっとムカッとしますけど、羨ましい位にたわわに育ったお胸同様に、悪気がそうやってる訳ではないのを分かってるので、私も大人な対応が出来るようになりました。えっへん。
でも、大人な対等が出来るようになっても、私のお胸は相変わらずぺったんこです。
神様はもうちょっと私のお胸に配慮してくれてもいいと思います。
「で、後輩。気になる事なんだけど、先輩との関係ってどうなの?」
「関係?」
「とどのつまり、やったの? やってないの?」
これはまたぐっさりと深く質問してくれますね。
思わず私は赤面しちゃうと同時に、鳩尾にマジパンチ喰らわせちゃいました。
「ふごっ!」
蛙さんが潰されたような音、と形容されるやつですか?
鈍い声を上げて千代ちゃんは大の字になって卒倒してしまいましたけど、気付けをしたので意識はすぐに元通りです。
「千代ちゃん、大丈夫ですか?」
「アンタ、今マジパンチしなかった……?」
「何の事ですか? 千代ちゃん熱中症で倒れたんですよ、ほらクラクラするでしょ?」
ちょっとでもクラクラするように、私は千代ちゃんの頭を揺らしました。
「ちょ、揺らさない……で!」
「クラクラする?」
「するする、します。とってもします」
よし。
私は揺らすのを止めて、千代ちゃんを起こしました。パンチは鳩尾に当てたからパッと見た感じ分かりません。その辺の抜かりありません。
だけど、千代ちゃんは悪い子じゃないけど、諦めが悪い子です。
「で、先輩との関係はどうなの?」
マジパンチで意識不明になったばかりなのに、もうこんな質問をぶつけてくる位です。
きっと将来は近所の井戸端会議のリーダーか、社会の不正を次々暴いて最期は惨い手でバラされる一流ジャーナリストか、パパラッチになってると思います。
でも、さすがに二回もパンチするのは可哀想なので、私は答えました。
「何もないですよ?」
「本当に?」
「本当ですよ、だって、先輩はいい人」
「いい人でも、ずっと一緒に居たら何か一つや二つない?」
「残念ですけど、先輩との間には何もありません」
誠に残念な限りです。
そう言い聞かせている私に、千代ちゃんは複雑そうな顔で両手を組んでます。
「ふぅ~ん、何も進展なし、かぁ」
「ですよ、私と先輩はとっても清潔な関係なんですよ」
「で、後輩はそれに満足してるの?」
「え?」
「いや、だからそんな関係のままでいいの?」
「そ、それはぁー……」
はてさて困りました。
実は、私もその辺はずっと悩みの種だったりする訳なんです。
先輩の事は大好きです。
でも、先輩は私の事をどう思っているのかは、完全に謎なのです。
多分、嫌いじゃないとは思うんですけど……その証拠に一緒に居ても怒らないし、いつも親切で優しいです。
時々、殴る蹴るの激しいツッコミを喰らう事もありますが、あれも一種の先輩後輩のコミュニケーションってやつです。
でも、同級生になったのに後輩とは呼んでくれても、一度も私を名前で呼んでくれません。
なんだか、その辺が私と先輩との距離を表しているようにも思えました。
「……仲良くなりたいです」
迂闊にも、私は思わず本音を千代ちゃんに言ってしまいました。
「よしよし、よくぞ答えてくれたね。だったらその気持ちを先輩にぶつけなくちゃ」
「ぶ、ぶつけるって……投擲ですか?」
「違う違う。レッツ、告白だよ!」
「そ、そ、そんなの、恥ずかしいっ!!」
思わず二度目のマジパンチ炸裂です。もちろん、すぐ処置はしましたけど、さすがに二回目となると気絶も深くて気付けが三回も必要でした。
「千代ちゃん、あの、その、告白っていうのは、ちょっと早いんじゃないかな?」
「……そ、そうだね」
意識を取り戻した千代ちゃんは、咳き込みながら同意します。
「多分、今の状態で告白しようとしたら、先輩の残機がいくらあっても足りないわ……」
「うううう、どうすれば仲良くなれるかな?」
「……だったら、何かプレゼントでもしてみたら?」
「うーん、プレゼントですか?」
「そうそう、それでお近づきになるの」
突然にプレゼントとか言われても困りますよ。私が今すぐ用意出来るモノといえば……
「鮭とかどうですか?」
うん、これなら簡単です。
鮭はお父さんとよく獲るから、結構得意だったりしますよ?
だけど、千代ちゃんは私の提案に、あんまりいい顔をしませんでした。
「いや、そんなワイルドな物よりも、もう少し女の子的な……あ、お菓子とかはどうかな?」
「お菓子?」
「そうお菓子、男の人って結構そういうので落ちちゃうもんだよー。特に手作りなんて高得点間違いなし。器用な女の子ってアピールにもなるし」
「手作りのお菓子かぁ……」
先輩、喜んでくれるますかね?
「でも、私お菓子なんて作った事ないですよ?」
「あー、だったら、べっこう飴とかどう? あれだったら簡単だよ?」
千代ちゃんにべっこう飴の作り方を伝授してもらった私は、なんだかドキドキしてきました。
「先輩、食べてくれるかな?」
「もっちろん、食べてくれるに決まってるじゃん。可愛い後輩の手作りだよ? 据え膳食わぬは男の恥ってね。自信をもってやってみるといいと思うよ後輩」
「う、うん……じゃあ、頑張ってみようかな」
そう言っている間に、先生が私を呼んでいる事に気づきました。
「お、後輩の出番だね、頑張ってね」
ポンと背中を押されながら、私はスタート位置に着きます。
でも先輩って本当に私の事、どう思ってるのでしょう?
「位置についてぇ~……」
好きなのでしょうか? 嫌いなのでしょうか?
ちょっと怖いけど、千代ちゃんの言うとおり頑張ってみようと思います。
「よぉぉ~……い」
当たって砕けろって言葉もある事ですし。
「ドン!」
ここは一つ。
思いっきり、先輩に当たっちゃいましょう!




