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第一七話「さようなら、先輩」

「先輩、今までありがとうございました」

 桜が満開に咲く遊歩道、後輩は俺に向けて深々と頭を下げた。

「先輩がいなかったら、きっと今日の私はなかったと思います」

 オーバーだなぁと思いつつも、俺はこれまでの後輩との思い出を振り返った。

 最初の頃は、後輩のぶっ飛びっぷりに翻弄される事も多かったが。

 今にして思えば……ちょっと強引補正すれば、良い思い出、と称してもいいかもしれない。

「本当に楽しかったです。これも全部、先輩のおかげです」

 俺は一方的に振り回されただけのような気もするけどな。

「先輩が居なくなるなんて考えると、私寂しいです……」

 珍しくしおらしい後輩に、俺は思わず苦笑した。

「後輩でも、そういう顔、するんだな」

「え」

 一段と強い風が吹いて、桜が激しく舞い上がる。

 一緒に揺れる後輩の髪に、いくつもの桜がくっつき、俺はそれを優しく払い落とした。

「いや、その、なんだ……後輩でも、そういう顔するんだなぁって」

「そういう顔って、どういう顔ですか?」

 一歩前に踏み込み、上目遣いで見つめる後輩に、俺は我ながら口が滑ったもんだと自嘲する。

「ねえ、どんな顔ですか? どんな顔ですか? もう一回するから、詳しく教えてください」

「別にしなくてもいいっての!」

「えええええーっ、だって今の先輩の反応、もう一回見たかったのになぁ……」

 残念がる後輩に、俺はふんと鼻を鳴らして顔を横にした。

「桜、満開ですね」

「ああ」

「でも、桜ってすぐに散っちゃいますよね」

「ああ、早いのだと大体一週間位で散るからな……」

「本当、根性がないですよね」

 いや、根性うんぬで左右出来るよな事柄ではないと思うんだが。

 そんなツッコミも、今目の前に広がる桜吹雪の前では、口にする気も失せてしまった。


 卒業式。


 学校の正門には、そう書かれた大きな看板が設置されていた。

「先輩、間に合いましたね」

「当たり前だろ」

 校庭には、卒業式会場である体育館に向かう卒業生達の姿があった。

「学校の桜も満開ですね」

 後輩が指差したのは、学校で一番古い、樹齢うん百年とか言われてる桜の大木だ。

 今年も、去りゆく者達に向けてその美しい桜吹雪を披露している。

「来年もこれ位咲き乱れてるといいんだがな」

「ですね」

 俺は後輩と並んでゆっくりと卒業式会場へと向かった。

「あっ、そうだ!」

 満開の桜の樹を横切り、会場まであと少しという時、後輩は突然思い出したように手を叩いたので、俺は何事かと首を傾げる。

「渡す物があったんですっ!」

「渡す物?」

「待っててくださいね!」

 有無を聞かず、後輩は校舎に飛び込んでいく。

「何なんだ?」

 待つ事数分後。

 息を切らせながら後輩が手に持っていたのは、赤青黄と色鮮やか花束だった。

「それは?」

「せ、先輩に、プレゼント、です」

「俺に?」

「私から……先輩への感謝の気持ちです」

 いきなりのサプライズで困惑する俺に対し、後輩は潤んだ瞳でじっと見つめてくる。

「そんな事しなくても良かったのに」

 大量の花束に、後輩の気持ちも篭っているかのようにずっしりとした重みがあった。

「ありがとう、大事にするよ」 

 あれ、なんだろうこの気持ち。

 俺はなんだか目の奥がチリチリと焼けるような、むず痒い感覚を感じた。

 泣きそうなのか? 俺が、後輩のプレゼントなんかで泣きそうなのか?

 いや、違う。

 これはあれだ、花粉、そうだ花粉症だ。

 花粉症のせいに違いない。

 でなきゃ、後輩のプレゼントなんかで涙を流すはずなんかない!

「先輩、どうしたんですか?」

 溢れそうな涙を、俺は袖で強引に拭った。

「いや、花粉が目に入ったみたいで」

「先輩って花粉症だったんですか? じゃあ、花束とか渡されても、迷惑だったんじゃあ……」

 俺に渡した花束を回収しようとする後輩だが、俺はすぐさま花束を後ろに回した。

「いや、これは大丈夫! うん! 大丈夫! この花束は花粉を飛ばしてないみたいだから記念に貰っておくよ!」

「……だったらいいんですけど?」

 小首を傾げつつ、後輩は卒業式の会場に目を向けた。

「先輩、そういえば行かなくていいんですか?」

「え? あ、ああ……」

「やっぱり……辛いですか?」

 少し言いづらそうに問いかける後輩に、俺は苦笑した。

「まあな」

「……そうですよね」

 強い風が吹き荒れて、また桜が派手に散っていく。


「留年ですもんね」


 強い風が吹き去り、俺はその場で、じっと先立っていく同級生達の姿を眺めていたが、

「なんで俺だけ留年なんだよ」

 見れば見る程、押さえ込んでいた怒りが込み上がってきた。

「先輩、決定した事は仕方ないですよ」

「……素行が悪いなら、俺だって納得出来るぞ後輩。だがな」

 不良グループのリーダー格ですら悠々と卒業してるっていうのに、なんで出席も、成績も、日常生活だって問題一つ起こしてない俺が留年なんだよ!?

「納得出来ねえ! やっぱり納得出来ねぇ!」 

 一度は納得したつもりだったが、やはりこの理不尽な留年決定に怒りが爆発した。

「先輩! 落ち着いて! 落ち着いてください!」

「は、離せ後輩! せめて一発! 俺をカツアゲした奴だけでも殴らせろぉぉぉっ!」

「駄目ですよ! そんな事したら留年だけじゃなくて、自宅謹慎ですよ! そんな事になったら……毎日通ってもいいですか!?」

「誰が許可するか!」

 ……馬鹿馬鹿しい。

 後輩の発言のおかげで、俺の怒りもすっかり収まったらしい。

「……なった以上は仕方ない、か」

「ですよ、やっと念願の同級生になれたんですから。来年も学生生活を謳歌しましょうよ」

「そうだ……ん?」

 その時、俺は後輩のその言葉に妙な違和感を抱いた。

 念願の、同級生?

「おい、後輩、それどういう事だ?」 

 まて、まさか、そんな訳ないよな?

 いくら後輩が無茶苦茶で未知な生物じみていても、そこまでの事はしてないはずだ。

 ……いや、自分で言っていてなんだが、俺の嫌な予感が的中してる気が段々してきた。

「ずーっと、ずーっと、ずーっと、この時を待ってたんです」

 もういい、もういいから、語るな、喋るな、それから人の話を聞け。

「先輩の為に頑張ったんですよ?」

「が、頑張った? な、何を?」

 聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない。

「何をって……」

 後輩の口から放たれる言葉の一つ一つが、俺の予想している嫌なパズルのピースのようにぴったりとハマっていく感覚だった。

「先輩の卒業を取り消してもらうの、苦労したんですよ? 色々な先生に根回しして」

「根回し……」

「で、最後はちーちゃんのパパさんに頼みまして」

 おいこら、他人まで巻き込んで俺の卒業を阻止したのか。ってか、広瀬先輩の父親ってどんな権限を持っているんだ。

 人一人の人生を軽々と狂わせるって、普通しないし出来ない芸当だろうが。

「ちーちゃんのパパさん、色々な黒い人とお付き合いがあって、すっごい偉いそうですよ?」

 なんだ、その穏やかじゃない情報は。

 というか、広瀬先輩がちょっと怖い存在になりつつあるんだが。

「な、なるほどな……じゃあ、俺が今年卒業出来なくなったのは……」

「えっへん、私のおかげです!」

「テメェ!?」

 なにがえっへんだ……俺の人生狂ったんだぞ?

「先輩、先輩! 記念写真撮りましょうよ! 私、写真機を用意してたんですよ!」

 俺の気持ちなど、何処吹く風とばかりの後輩。

 それにしても、写真機とはなかなか古風な言い方だな。

「カメラさーん、お願いしますーっ」

 後輩の合図に答える様に、桜の樹の影から木製の写真機を持った黒子が一人現れる。

「ってか、本当にそんな年代物で撮るのかよ!?」

「ふふふっ、先輩の為に去年からこっそり用意したんですよ?」

「ほぉ……去年からねぇ?」

 だが、俺の怒りはそんな事で中止されないぞ。

「はいっ、チーズ♪」

 ピースサインをしてはしゃぐ後輩。

 合図に会わせ、黒子の写真機が激しい音と煙を吐き出す最中、完全に油断している後輩の後頭部を、俺は手にしていた花束で思いっきり殴っていた。

「な、何するんですか先輩! 酷いですよ!」

「どっちが酷いんだよ!? お前のおかげで人生一年棒に振ってんだぞ!?」

「まあまあ、一年くらいならいいじゃないですかぁーっ。一緒にもっと学園生活を楽しみましょう♪」

 己のやった行動に、全く非がないとばかりに笑う後輩。

「あ、でもそうなると、今日から先輩って呼んじゃ駄目ですよね? 私達同級生ですもんね……」

 ポッとまた頬を赤くさせる後輩。 

「えっと、うっと、その、今日からはぁ、先輩の事ぉ、お名前で呼んでも……あ、あれぇ?」

 後輩を置き去りにして、俺はずんずんと歩き出す。

「ど、どこに行くんですか!?」

「……どこでもいいだろ!!」

「も、もしかして名前で呼ぼうとしたから怒ってるんですか!? だったら、訂正します、やっぱり私にとって先輩は先輩ですから! 先輩、戻ってきて下さいよぉーっ!」

 そう言って、背後できゃいきゃいと騒ぎ続ける後輩。

 まったく……あと一年も、こんな後輩と一緒だと思うと頭痛がしてくるよ、全く。

「お断りだ! 俺は俺の道を歩くからな!」

「それなら私もその道にくっついて……あっ、せ、先輩! ちょっと待ってくださいよー! いつもよりも歩くのが速くないですかー!?」

「速くしてるんだよ!」

 早足で進む俺の後を、必死に追いかける後輩。

 新しい門出を祝うように舞い散る桜吹雪の中、俺と後輩が繰り広げる追走劇は、いつまでも続くのだった。

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