第三話「綿菓子作りで万歳」【本番当日】
気がつくと、徐々に外が明るくなり始めていた。
テストの予習を済ませたのはいいが、今になって急激に眠気が襲いかかってくる。
「これは拙いな」
俺は眠い目を擦りながら、新鮮な空気を求めて窓を開く。
二階の自室は道路に面し、この時間だと朝練に向かう生徒や会社に向かうサラリーマンが通っているのだが、今日に限ってそれらの姿が無い。無いのだが。
「……なんだこりゃ?」
その代わりに、道路の幅を目一杯使うような大木が横たわっていた。
「大木……?」
何かの見間違いか、それとも。
「……なんだ、夢か」
夢なら焦る必要もなかろう。
「せんぱーい!」
俺はすぐさまベッドへ横になろうとしたが、聞き覚えのある声にすぐさまクイックターンで舞い戻る。
「あっ、おはようございます先輩っ!」
「お、おはよう……」
見間違いであればとても有り難かったのだが、残念ながらそうではなかった。
大木の上には、後輩が仁王立ちしながら俺を見上げていたのだ。
「その大木、どうした?」
「先輩、綿菓子好きですかぁーっ?」
綿菓子。
ザラメを溶かし繊維状になった所を割り箸などでからめとって食す、夜店の定番お菓子。
「綿菓子は好きだよ、縁日の綿菓子とか詐欺だと分かってても買っちゃう位好きだよ。でも後輩、頼むから質問に質問で返すのは止めような」
でないと、社会に出た後大変だよ、という先輩の優しさを示してみる。
「わっかりましたーっ」
お前、絶対に理解してないだろう。
そんなツッコミを飲み込み、とりあえずもう一度質問してみるか。
「で、その大木は何なんだ?」
「巨大な綿菓子を作ろうと思って、今朝用意しましたっ!」
「……綿菓子だと?」
「そう、綿菓子ですよ先輩」
「それを、どうするって?」
「作るんですよ、この大木を使って」
さらっと言ってくれるのはいいが、もしも本当にその大木を利用して作るんだとしたら、途方もない位に巨大な綿菓子の製造器が必要になると思うんだが……。
「作るのはいいが、その機械はどこにあるんだ?」
俺は窓から顔を出して左右を見渡すが、それらしい機械はない。
朝の澄み切った空気は気持ちがいいのに、俺の心は全く持って穏やかでない。
「つーか、どんだけ長いんだよ」
大木は遙か彼方まで続いていて端が見えない。
これだけの大木をどうやって輸送してきたのか、それ以前にこんな木が存在する事自体がおかしいんだが……。
「機械? 何言ってるんですか、先輩。綿菓子ならあるじゃないですか」
あれ、なんか嫌な予感がするぞ。
「おい後輩、まさかお前」
そして、俺の予感を裏切らないのが、後輩クオリティ。
「あるじゃないですか、ほら、空に」
高々と後輩が空を指差す。
確かに、やや曇りがちではあるが……。
「あれだけの量を取るには、やはりそれ相応の棒がないと!!」
そりゃ子供の頃なら、俺だって一度は考えたよ。
だが、その発想を高校生になった現在に、しかも実行する奴と出会うとは。
「いや、あれは水蒸気の塊だし、しかも大木突き上げても届かないし……ってか、この大木どれだけの長さあるんだ?」
「またまた、私を騙そうだなんて無駄な事ですよ先輩。よいしょっ!」
後輩は大木から飛び降りると、くるりと後ろを振り返り右手を挙げた。
「おい、一体何を……」
「それじゃあ、お願いしまーす」
後輩の合図で、轟音を立てながら大木が遥か向こうを軸にして起き上がり始める。
「……一体、どうやって吊り上げてるんだ?」
ただ事でない状況に、俺はすぐさま外へと飛び出した。
「わっ、先輩の貴重なパジャマ姿! レアレア♪」
後輩が嬉しそうに近寄るのはいいが、手に持っていたカメラは没収させてもらった。
「うわぁぁぁぁー!! 貴重なワンシーンなのにぃぃぃーっ!!」
「何が貴重だ、肖像権の侵害で訴えるぞ」
「ならば、法廷で会いましょう!!」
なんで嬉しそうなんだよ?
いや、もういい、よくよく考えれば後輩だもんな。
俺は呼吸を整えながら、起きあがり続ける大木を見上げた。
「それよりも、どうやってるんだよ」
「何がですか?」
「……大木を起こす方法だよ」
「あっ、それは秘密です」
「秘密って」
「知ったら、きっと、先輩消されちゃいますよ」
「消されるって、そんなオーバーな……」
「まあ、主に消されるのは戸籍とか学歴とかなんですけど」
「社会的な抹殺かよ!!」
後輩と話している間にも、大木は空に向かって行って起き上がっていく。
「おい、後輩」
「なんですか先輩?」
「これ……倒れたりしないだろうな」
「さあ?」
その直後、直立した大木が、俺の不安通り、こちらに向かって倒れて来やがった!
「ちょ、ちょっと待てい!!」
「わひゃっ!?」
後輩の腕を引っ張ると、俺はすぐさま家の中へと滑り込む。
「もう先輩ったら強引なんですねーっ」
「違う、断じてそういう類ではないから安心しろ!」
その直後、すぐさま激しい地響きと共に窓ガラスの割れる音が鳴り響いた。
「わー、派手に倒れたみたいですねー」
「お前……何考えてるんだよ!?」
しかも、なんでそんなに他人事っぽいんだよ!?
「何って、私は綿菓子を」
その言葉を後輩の携帯が遮る。
「あ、すみません、ちょっと失礼しますね。もしもし? え、学校が倒れてきた大木で倒壊?」
にやっ。
「今日休みになったんですかぁぁぁ~……」
にやにや。
「それは大変ですねぇぇぇぇ~……」
にへらぁ~。
「……狙いはそれか」
後輩の表情が緩んでいくのを観て、俺は一連の行動理由を確信した。
「学校を休みたかっただけか!」
携帯の電源を切った後輩は、俺の問いにいつものヒマワリスマイルで返す。
「そんな事ないですよ、先輩ったら疑り深いですね~」
「いや、今さっきすんごい黒い笑みをしてたぞ」
「もうっ、そんな事言っちゃあ、めーですよ☆」
そう言って、俺の唇に指を当てる後輩。
「ということで、なぜか学校は休みになっちゃいましたし、これから一緒にどこかにお出かけしませんか? 実は私、海の見えるレストランのランチを偶然二人分予約してたんですよ。ぜひともご一緒にランチしましょうランチ♪」
……全ては計画通りだったという事か。
「それじゃあ、行きましょうか先輩♪」
返答も待たずに出発する後輩に、俺は何も言う事が出来ないのであった。