第十五話「後輩消滅!? 10」【本番当日】
「あの、その時計……」
「ん? これがどうかしたのか?」
彼女が興味を示したのは、あの置き時計だ。
「いえ、その、それ、私の持っているのと同じだな~っと思って」
そう言いながら差し出したのは、確かに俺の持っている置き時計とほぼ同じ……いや、そんなレベルじゃない。
「なんだよ……今、この置き時計って流行なのか?」
短針の曲がり方まで完全に一致しているって事は、元々そういうデザインなのか?
しかし、そんな事よりも俺が気になるのは……。
「なんでこれも時間がズレてるんだよ……何の為の時計なんだ?」
そう、この置き時計も時間がズレているのだ。
「時間合わせてやるから、ちょっと貸してくれないか?」
「え? えっと、あの、その……は、はい……」
怖ず怖ずと彼女が差し出す時計を受け取ると、俺は今度こそ一発で時間を合わせた。
「ほら、これで正確な時を刻む事が出来るぞ」
「あ、ありがとうございます……先輩」
「……先輩?」
なんだ、何なんだ、このとても懐かしい感じは……。
「先輩? どうしたんですか?」
「い、いや……なんでもない……」
心配そうに、彼女が俺の顔を覗き込む。
「そういえば、おま……いや、君の……君の……いや、貴女の名前は……?」
そう言いながら時計を差し出すと、彼女は一瞬躊躇ったが、恐る恐る手を伸ばす。
だが置き時計に手が触れた瞬間、彼女の細い手先がまるで砂のように崩れ始めた。
「私ですか? 私は……私の名前は」
手先から手首、二の腕、肩、全身へと順番に崩れていく。
「ま、まて、崩れるな!!」
必死に止めようとする俺を無視して、彼女は崩れていく。
「待ってくれ! 行くな! まだ行かないでくれ!」
聞きたい事がまだ山ほどある。
彼女なら、きっと知っている。
彼女なら、俺の知りたいことも、知らないことも。
彼女なら……彼女なら……彼女と一緒なら……!!
「頼む! 頼むから……頼むから……っっ!!」
名前……彼女の名前はなんだ……!?
「ぱい……だ……い……」
彼女の崩壊は止まらない。
「っっっっっっっ!!」
彼女の名を叫びたくても、俺の喉は震えるだけで言葉にならない。
誰か……神でも悪魔でも宇宙人でも誰でもいい!
救いを……!
この子を……この子を救う救いを与えてくれ!!
「 帰 っ て 来 い 副 会 長 !! 」
突然脳裏に響く会長の声と共に、目の前が白む。
続いて恐ろしい鈍痛が全身を駆け抜け、俺は思わず肺の空気を全て吐き出した。
「ふごっ!?」
「大丈夫か?」
視界が元に戻った時、目の前に居たのは会長だった。
俺は仰向けにされていて、会長の背後には青い空が見えていた。
「あの、一体、何を俺に?」
「倒れてたから、気付けをした」
「倒れた? なんで?」
「それはこっちの台詞」
上半身を起こして周囲を見渡すと、そこは学校の校門。
そうだ、後輩に抱きつかれて、トイチカメラのバイトと会った場所だった。
「トイチカメラ……写真!」
「写真?」
「ほら、トイチカメラから届けられたダゲレオ写真ですよ!」
「ダゲレオ写真? 副会長、なかなか古いのを知ってるな」
「何言ってるんですか、会長が教えてくれたんでしょうが!」
「教えた? 我が?」
胸騒ぎがする。
何か、何か嫌な事が起きている様な。
俺はすぐに起き上がって生徒会室へと向かった。
「……ない」
あの写真がない。
「なぜだ? なんで無いんだ?」
棚や引き出しを調べても、見つからない。
大体、あんな大層な額縁に入ったものを、隠せるはずがないのだが。
「……嘘だろ」
まるで最初からそこにはなかったかのように、写真は忽然と姿を消していた。
「あの写真は一体何だったんだ?」
結局、何も分からないまま、俺の前から全て消えてしまったのだ。
「俺は一体、何に奔走してたんだ?」
いや、これはこれで認めるべきなのかもしれない。
人は常に何かを忘れる生き物だ。
忘れるからこそ、新たな事を得る事が出来る。
不器用な生き物なのだから。
それは、認めなければならない。
自分で認められなくても、諦めなければならない事もあるのだよ。
「疲れたな……ひどく、疲れた」
帰ろう。
なんだか、色んな事がありすぎた。
とにかく、眠りたい。
その気持ちだけが、俺の身体を突き動かしているようだった。
俺は再び校門を目指した。
「副会長、捜し物は見つかったか?」
会長はまるで俺を待っていたかのように、校門の前で仁王立ちしていた。
「いえ」
「何を探してた?」
「女の子……一人の女の子です。だけど、見つかりませんでした」
「副会長、諦めるのか?」
「いや、違います」
「違う?」
「最初から居なかったんだ。それに、いつまでも何かを追ったり探すのは、俺の性分ではない」
「副会長、違う」
「違う? 何が違うっていうんだよ?」
「諦めない心、奇跡を呼ぶ事もある」
だとしたら、今回は呼ばないパターンだな。
現に、奇跡なんて何一つ起きてないんだからな。
「最期まで、分からない」
「どうだか」
「振り返ると、現れる奇跡もあるかもしれない」
「そんな都合良い話があるわけないだろ」
「遅刻する奇跡もあるかもしれない」
「どんな奇跡だよ」
「後ろに居る」
「……え?」
会長の言葉を真に受けて、俺は振り返ってしまった。
「副会長、ヒント出してるのに、気づかない。面白くて仕方なかった」
そう、彼女だ。
あの写真で見た彼女が、目の前に居る。
彼女を見た途端、俺の涙腺は壊れてしまったかのように、涙が止まらなくなっていた。
「副会長、ボロ泣き」
「ええ……泣いてますね。でも……今はすっげぇ泣きたいんです」
やっと会えたという安堵が、俺の胸をいっぱいにする。
今さらながら、俺は誰を捜していたのか思い出した。
彼女もまた、俺を捜していたんだと気づいた。
一歩、俺が前に出る。
すると真似するように彼女も一歩前に出る。
そうして、お互いの距離は縮まっていく。
彼女は照れくさそうに笑っていた。
俺も照れくさく笑っていた。




