第十五話「後輩消滅!? 4」【本番当日】
「副会長」
「あれ、会長?」
サイン会に並ぶ人の間から、会長が顔を出してこっちを見ているではないか。
「副会長もサイン会?」
「いや、俺はちょっと上のカルチャースクールに用事があって」
「かるちゃー?」
行列から抜け出た会長は、もらったばかりのサイン本をご満悦そうに抱えていた。
「会長、なんで同じ本を三冊持ってるんですか」
皆が一冊にサインをもらってるのに、自分だけ三冊全部にサインをしてもらってるのか。
「保存用、観賞用、ふきょう用」
「保存・鑑賞・布教といえば、オタクの三大お約束ってやつですか」
「副会長、字が違う」
「はい?」
「ふきょうの字、こう」
不況。
「……あの、今すんごいナチュラルに脳裏に文字が浮かんだんですけど、一体何を?」
「一日一五分の成果」
「左様で。ってか、そのふきょうって、そっちの不況ですか」
「そう、不況」
「で、不況用というのは?」
「お金に困った時に売り払う用。これさえあれば躊躇無く売れる」
「なるほど」
しかし会長、そういう事を作者とファンの前で口にするのはいかがなものかと思います。
「生きる事、それは常に誰かの犠牲で成り立つ」
「……まあ、分かりますけど」
「副会長も生きろ、強く、しなやかに」
「どんな生き方ですか」
そんな会話を交わして会長と別れると、俺はカルチャースクールへと向かった。
「ここか」
ガラス工芸教室という札を見つけ、俺は息を整えた。
もしかすると、中にこの指輪の製作者がいるかもしれない。
その人物のイメージはなぜか、あのダゲレオ写真の子だった。
まさか、そんな都合の良い偶然などあってたまるか……出来ればあって欲しいが。
期待と不安を胸に教室の扉を開くと、そこは二十畳程の広い部屋であった。
「おかしい! なぜだ! なぜ俺がこんなトコでバイトせにゃならんのだ!?」
そして、その奥で男が一人ヒステリックにバーナーを振り回していた。
「……来る場所を間違えただろうか」
そういえば、広瀬先輩の話では講師が小説家だと言っていたが、今俺が目の当たりにしている人物がとてもそうだとは思えんぞ。
「あのー、お取り込み中の所、失礼ですが」
「何だ貴様は!?」
おうおう、随分とエキサイトしてるご様子だ。
「ガラス工芸の教室はここでよかったですか?」
「だったら何だ!? ここに加入したいのか!! お前もガラス細工の虜にしてやろうか!?」
「いや、加入はしないが、ここを利用してる生徒の事で知りたい事があって」
「は? 知りたい事だとぉっ!?」
「この指輪を作った奴を知りたい」
「無理だ!!」
「即答!?」
おいおい、まさか即答されるとは思わなかったぞ。
だが、ここで引き下がる訳にはいかん。
なんたって、唯一の手掛かりっぽい場所はここしかないのだ。
「そこをなんとか……」
「外部の人間に、情報を漏洩させるような行為が出来るわけなかろう」
くそ、一人エキサイトしてた割には、冷静な切り返しではないか。
「それに、君はなんだ? 探偵か?」
「いえ、普通の高校生ですが」
「高校生か、学生は学業が本分だろう。調べ事をするなら、探偵にでも頼めよ」
「いや、そこまでするような事ではないかと」
「なら、協力する必要はないな。その程度の心意気しかない事に、なぜ協力せにゃならんのだ?」
「探偵を雇えば本気扱いなのかよ」
「大体、おかしいんだよ。ランプの魔神に頼んでベストセラー作家の仲間入りになれたと思ったのに、目が覚めたらガラス工芸の先生だぜ?」
人の話を聞けよ。
それにしてもこの男、どうやら妄想癖が強いご様子だな。
ランプの魔神って、何だよ。
そんなのに頼ってベストセラー作家の仲間入りって、駄目にも程があるんじゃないか?
「とにかく、君がどういう理由で来たかは知らないけど、個人情報の保護と君が高校生という、まだ輝かしい未来があるという嫉妬心により却下する」
「なんか要素増えてるし!?」
「ほらほら帰った帰った。もうすぐ生徒さんが来るんだから、部外者は帰る!」
「ちょ! ちょっと待って下さいよ!」
「帰らないと炙るぞ!」
「ちょ!?」
なんとか粘ろうとするが、さすがにバーナーで炙られる訳にはいかない。
結局、俺は渋々ながら教室を後にして、下の階で地団駄を踏む事となった。
「くっそっ! あそこに手掛かりがあるはずなのに!!」
あの調子だともう一度行っても、またバーナーで炙られそうになるだけだろうし。
何か良い方法はないだろうか。
「副会長」
「ぬぉっ、会長いつの間に!?」
「スニーキング」
「またですか」
「副会長、これ」
「え?」
会長が差し出したのは、出席簿と書かれたファイル……って、ちょっと待て。
「盗んだんですか?」
「違う、無断拝借しただけ」
「……それを世間一般では盗ったというと思うのですが」
「副会長、細かい」
「すいません」
とはいえ、助かった。
あとは、出席簿の人物と指輪のイニシャルと符合すればいいんだが。
「一致?」
「いや、まだなんとも……」
小さな教室の割に生徒数が多いな……俺の探すイニシャルの人物はー……っと。
「あれ?」
「何事?」
「いや、リストが一行だけ抜けてて……」
「一行だけ?」
「ほら、ここです」
俺が指さしたのは、まるで手をつけていない一人分の空欄だった。
消した後もないから、最初から書かなかったのだろうか?




