第二話「綿菓子作りで万歳」【前夜祭】
私と悪魔さんが出会ったのは、先輩といつもの一時を終えた、放課後の事でした。
なぜ悪魔だと思ったのかと言いますと。
頭から羊みたいなうねった角をにょきりと生やして。
お尻からは先端がスペードみたいな尻尾が垂れてて。
足の先から首までの黒い全身タイツを着て、手には三つ叉を装備ですよ?
まさに、如何にも我こそは悪魔。
マイネーム・イズ・悪魔みたいな格好だったのです。
なので、私は迷うことなくこの人は悪魔だと判断したのですが、残念ながらそのご尊顔はモロ人間でした。長髪で、ホストっぽい雰囲気の色黒お兄さんです。
てっきり顔は異形の怪物みたいなのを期待していただけに、これはがっかりですね。
そうそう、がっかり繋がりといえば、先輩もそうです。
先輩というのは、私の事を『後輩』と呼んでくれる優しい殿方の事です。
成績は常に学年上位、僅かな休み時間でも、嫌な顔一つせずに私の話を聞いてくれます。
さらに程良いツッコミまで入れてくれる、まさに完璧な御方です。
でも、帰宅部さんだから、学校が終わるとすぐ姿を消してしまって、なかなか一緒に帰れないのでがっかりしている今日この頃です。
「い、痛い……」
あ、しまった悪魔さんの事を忘れてました。
そんなベタベタな格好の悪魔さんは、お腹を押さえながら地べたで横になっていました。
どうも腹痛っぽいですね。
「実は、帰りに立ち寄った先でケーキ屋で片っ端から喰っちまって」
しかも原因は食べ過ぎですか。
「食い意地が悪いからですよ。腹八分目にしないといけませんよ?」
「正露丸……正露丸さえあれば」
この悪魔さん、人の話を聞いちゃいません。
「悪魔さんでも、やっぱり正露丸が効くんですか」
「当たり前当たり前、正露丸は世界、いや、※〆◎∀仝規模で効くんだぜ」
「はい?」
ちょっと聞き取り難い部分がありましたね。
気になるのでもう一回訊いてみました。
「だから、※〆◎∀仝規模だよ」
「もう一回」
「※〆◎∀仝規模」
「ワンモア」
「だから、※〆◎∀仝規模だって……あ、そうか下等生物には、高等過ぎて聞き取れない言語だもんなぁー……」
あらあら、なんか今妙に納得されましたよ。
しかも、地味に貶された感がありますよ?
ちょっと一発殴ってあげようかと拳を固める私ですが、いくら口が悪いからって、弱った病人を殴るのはよくないと思って我慢しました。
「まぁ、とりあえず万国共通なんだよ、正露丸」
「なるほど」
さすが正露丸。
なかなかの強者です。あの苦さは伊達ではなかった訳ですね。
「という事で、正露丸をよこせ」
「残念な事に私は持ってないんです」
というよりも、正露丸を常備している高校生なんてほんの一握りだと思います。
「なら買って来てこいよ。こんなにも腹痛で苦しんでる悪魔がいるだぞ? 助けるのが人として当然だと思えよな?」
「助けるものですか、私は悪魔って追い払うものだとばかり」
「かぁーっ、これだから最近の若者は駄目なんだよ、ゆとり? ゆとり社会ってやつ? とにかく、お前は駄目だな、駄目駄目だ、駄目駄目惑星の駄目駄目ット三世みたいな奴だ」
「そこまで言われる筋合いはありません」
我慢は身体に良くないとお母さんは申しています。
ということで、私は迷うことなく悪魔さんを殴らせて頂きました。
「ついでに鎮痛剤が欲しいと思うんですが」
買ってきたばかりの正露丸を受け取りながら、悪魔さんは私にそう言います。
「大丈夫ですよ、正露丸には歯髄炎などの鎮痛作用があるそうですよ」
「誰のせいでこうなったと思ってやがる……んですか!?」
強気に出ようとした悪魔さんですけど、私がそっと拳を上げた途端敬語になりました。
実は、さっき殴ったせいで歯が折れてしまったのです。
でも、あれだけ虫歯が進行した歯なら、いつへし折れたり、へし折られたりしても不思議でないと思います。
早いか遅いかのどちらかなので、総合的に考えて私は悪くないと思います。
悪魔さんはまだ何か言いたそうにしながら、正露丸をなんと水なしで丸飲みました。
「水なしですか」
「悪魔に不可能はない」
ニヤリと笑う悪魔さん。
でも、正露丸を呑む事になった経緯を考えると、ちょっとマヌケだと思います。
「世話になったな」
悪魔さんは立ち上がると、颯爽と退場しようとします……が、させません。
尻尾を掴んで、私は悪魔さんに手を差し出しました。
「……何だよ?」
「お代を下さい」
「……おんや? 何のお代かな?」
「殴りますよ」
即座にジャンピング土下座する悪魔さん。
そうするなら、最初から逃亡なんてしないで頂きたいものです。
「すんません。もうお金なんてこれっぽっちもなくて、その、今月クレジットの引き落としとかデート代が嵩んじゃって……」
「クレジットがあるなら、それでお金を借り入れればいいと思いますよ。とりあえず、返して下さい私の千二百円」
「いや、それはさすがにちょっと……」
渋りまくりの悪魔さんですが、私もお金がないと困ります。
「レストラン! 海辺のレストランのお食事券とかどうっすか!? 今なら二枚セット、六千円分ですよ!」
「レストランのお食事券を二枚……!?」
おおおっ、これはちょっと心が揺れますよ?
二枚あれば、先輩と一緒にとかも可能ですもんね。
「ただし、期限は明日まで」
明日は平日です。
「駄目じゃないですか」
しかも、期末テストですよ。
私だけでなく、全国の学生達にとって忌み嫌うべき日々の始まりですよ。
「この役立たず!!」
「きゃうっ!?」
ああ、思わず手が手が……また悪魔さんの歯が宙を舞います。というか、歯が弱すぎですこの悪魔さん。
「ごめんなさい、ごめんなさい……この世に生まれてきて、ごめんなさい……」
すっかり自信喪失してしまって、乙女座りしてますよ悪魔さん。
「なんとかならないものですかね」
海辺のレストランはなかなか魅力的です。
いくら期末テストがあるとはいえ、ぜひとも先輩とご一緒したいです。
「むむむー……」
考えます。
考える葦と呼ばれる人間です。
こうして考えれば、間もなく良いアイディアが浮かんでくるような気がします。
一、お食事券の期限を延ばす。
二、テストの開始日を延ばす。
三、カルボナーラが食べたいです。
……カルボナーラ、美味しいですよね。
とりあえずアイディアが出た所で、さっそく悪魔さんに問いましょう。
「お食事券の期限を延ばせないんですか?」
「無理ですよ。時間の取り扱いは俺の管轄外だし、勝手な事をしたら神様に殺されるよ」
「神の意志に背くのが悪魔のお仕事でしょ?」
あと人に取り憑いて首を三六〇度回転とか、汚物を吐瀉したりですよね。
「いやいやいや、そこまでアウトローじゃないですからこの仕事。それに、そのイメージは人間が勝手に創作したものですし」
「ほほう?」
なんか興味深い発言が飛び出しましたよ?
「じゃあ、普段悪魔さんはどんなお仕事を?」
「まあ、主な業務としては人々の不幸を見守ったり、困った人に対して適切なアドバイスしたりだとか……そういう感じですかね」
「なんだか、意外と普通ですね……ってか、天使と戦ったりとかしないんですか?」
「しないですよ。それに職場も同じですし、月に何回か呑みに行きますし」
「はい?」
天使と悪魔はとても猛々しくて犬猿なイメージなのに、すっかり破壊されまくりですよ。
「いや、天使と悪魔って根っこの部分は同じなんですよ」
「……じゃあ、なんでまた分裂を?」
さすがに、これは派閥争いとかみたいものがきっかけなんですよね?
三人集まれば派閥が生まれるって言葉もあるくらいですし、きっと彼らの世界も激しい派閥争いの結果、今の形が形成されたのですよね?
「いや、神様が“全員一緒って、なんか退屈”という一言で、今の形になったんです」
そんな神様は、チェーンソーでバラバラになればいいと思います。
「とにかく、そういう訳でその案は実行出来ません。悪いですけど」
本当に悪いです。
「じゃあ、テストの開始日を延ばすのも無理ですか?」
「当然出来ないですね」
がっかりです。
でも、所詮悪魔の能力なんて、そんなものなんでしょう。
ちょっと期待し過ぎました、反省します。
「となると、残った案は……」
カルボナーラを食べれても、満足するのは私のお腹だけです。
「困りましたね」
「あの、そろそろ解放してくれないかな~……?」
「断る」
「あぅ」
とりあえず、ここは整理です。
考えを分かり易くまとめる為に、まずは分かっている情報を羅列していきましょう。
一、悪魔さんのお食事券の期日は明日。
二、明日はテスト。
三、悪魔さんは時間を操れない。
四、テストは学生の敵だ。
五、実は悪魔も天使も根っこは同じ。
六、カルボナーラは時間が経つと大変。
そうそう、食べるのが遅い友達は、よくカルボナーラをチョイスして嘆いていますね。
美味しいけど、そういう人に安易に勧めしちゃいけないメニューだと思います。
さて、出て来た情報から重要部分を抽出して、不要な部分は削除して考えます。
こうすると、思考処理がスムーズになるのです。
一、お食事券の期日は明日。
二、明日はテスト。
三、時間を操れない。
四、テストは敵だ。
六、カルボナーラは時間が経つと大変。
……おや、思ったよりも削れませんでしたね。
で、残った情報を統合するんですけど。
「時間を操る事は出来ないんですね?」
念のためもう一度確認です。
「ですね、それ以外でお願いします」
では、この情報を統合してみましょう。
A.学校が潰れればいい。
おお、シンプルな答えが出ましたね。
なるほど、学校が潰れればテストも出来ないし、自然と休みになって堂々と先輩と一緒にレストランに行けますね。
これは名案ですよ。
「悪魔さん、悪魔さん。学校をぶっ潰す事は出来ますか?」
「ああ、それ位なら出来ますよ」
すっかり口調が丁寧語になってしまいましたね、悪魔さん。
「なら、それでいきましょう」
あと、今日の晩ご飯はカルボナーラに決定です。
「あの……一体、何をさせるつもりなのでしょうか?」
「簡単ですよ」
「ぶっ潰すだけです。程よい具合に、学校を」
そう、全壊にさせたら修繕するのに時間がかかっちゃいますからね。
休みが伸びちゃったら、先輩の学校イベントが減少しちゃうから逆効果です。
だから、一日か二日位休みになるような、そんな壊れ方がベストなのですよ。
「程よい具合に……ですか」
「それじゃあ、明日はここに道具を持って……午前四時に集合という事で」
「早ッッ!? しかも、道具って一体何を!?」
「それは悪魔さんにお任せします。程よく学校が潰れるような品でお願いしますねっ」
「いや、そんな事言われても明日は会議が」
「その会議って、残りの歯を全部へし折られても良い位に大事なんですか?」
「……ひぃっ!?」
とびっきり友好的な笑顔を向けましたけど、悪魔さんは子鹿みたいに震えまくってます。
むーっ、失礼しちゃうますねーっ。先輩はいつもこの笑顔を見ると、微笑んでくれるのに、この悪魔さんはダメダメです。
「……よ、喜んで参加させて頂きます」
「それでは、ご機嫌よう♪」
悪魔さんと別れて、私はカルボナーラの具材を買いに、スーパーへと赴くのでした。
ああ、明日がとっても楽しみです。
きっと、先輩もこんなサプライズにビックリしてくれる事でしょう♪