第十四話「後輩消滅!? 3」【前夜祭】
「そうと決まれば、すぐにやるしかねえな。ほらよ」
「おっと」
置き時計を乱暴に投げ渡した悪魔さんは、真っ暗な闇の向こうを指差しました。
「その時計を持って、あっちに向かって走っていけば、まだお前が普通に存在していた時の流れに戻れる……が、気をつけて行けよ」
「何をですか?」
「今から行くのは、お前が通ってきた過去の時間だ。つまり、向こうにはその時のお前自身も居るって事だ」
「どういう事ですか?」
「つまり、その世界に行くと、合計でお前が二人居るって事になるんだよ!」
「駄目なんですか?」
「駄目だろ、もしも相手や周囲にその事を気付かれてみろ。その時点で歴史が変わった事になってこっちに戻るハメになるぞ」
「なんですと!?」
それはいけません! ということは、自分自身に合わないようにした上に、歴史を変えず、時計を合わせなければならないという事ですね。
「でも、どうやって合わせれば?」
「その辺については、ご安心してください。最近の時計は電波式なので、その時間帯に存在さえすれば、自動調整してもらえますからOKです」
「うわー、ハイテクなんですね」
「なぁーにが、ハイテクなんですね、だよ!」
「だ、駄目なんですか?」
「あのな、その電波は悪用されないように、不定期に発信されてんだよ」
「つ、つまり?」
「もしも一度見逃したりなんかしたら、数ヶ月、いや、下手すりゃ年単位で過去に戻らなきゃならねーって事だよ!」
「な、なんだってぇぇぇ~っ!?」
「なんでお前はそう状況でも緊張感ないんだよ……?」
「一応、自分なりに驚いたつもりなんですけど」
「……左様か」
なんだか、長丁場になりそうですね。
「でも、安心して下さい。私達の方で電波の時間を調べて、過去に戻るのを最小限に止めるように努力しますから」
「おおお、それは心強いですね」
「それでは、始めましょうか」
魔神さんはそう言うと、狂いまくった置き時計のリューズを少しだけ回します。
「……今、電波の発信される時間に近い時間に合わせました」
「で、そこからどうすれば?」
「この時計を持って、走って下さい」
「え、走るんですか?」
一体どこに向かって走ればいいのでしょう?
「どこだっていーんだよ。走ってりゃあ、勝手に飛ぶんだよ!」
「結構適当なんですねー。あ、じゃあ、戻る場合はどうすればいいんですか?」
「時計さえ合えば、後は私達で貴女を元の時間軸に戻せます。けれど、もしも駄目だった場合は……先程のような形で回収されます」
また飲み込まれちゃうんですね。
「でも出来るだけ、そうならないように頑張りましょう」
「俺様の仕事を増やす様な馬鹿な事はすんなよ?」
「はいっ! 頑張ります! ではっ、行ってきます!」
「努力するのはいいが、結果を出せよな……まっ、頑張れや」
「貴女ならきっと成功すると信じています。ご武運を」
そうして、魔神さんと悪魔さんに見送られて、私は走り出しました。
少し走っていると、闇の向こうからうっすらと光が見えてきます。
おおっ、きっとあれが入り口ですね!
「れっつ・ぱーてぃー・たいむ!!」
そう叫んで、飛び出した先で待っていたのは、猛吹雪でした。
「さぶっ!」
どうやら雪山に飛び出たようですが、なんでこんな場所に放り出されたのですか!?
とにかく寒いです。
「ぼ、防寒着が欲しいですね」
「そういう貴女にコレを」
頭の中で魔神さんの声が響いたかと思うと、空から一枚の羽衣が降ってきました。
でも、この吹雪です。当然、風の勢いで飛ばされていきました。
「なぬっ!?」
必死に追いかけてなんとかキャッチに成功しましたけど、それにしても薄っぺらいです。
これのどこが防寒着なのでしょうと思いつつも、しっかり身体に巻き付けてみると……。
「おおっ……!?」
薄っぺらい割に、意外と暖かい!?
「これは素晴らしい物を頂きましたね」
これなら吹雪もへっちゃらな感じです。
「とりあえず、どこに行けばいいんですかね?」
というよりも、まず自分がいつのどこにいるのかすらもさっぱりですよ。
周囲は吹雪で何も見えない状態です。
「あれ?」
そんな中、吹雪の向こうから僅かな明かりがちらりと見えました。
「明かりですか?」
前進すると、徐々に明かりの正体が、山小屋の窓から漏れている光だと分かりました。
「おお、これはまさに神の救いですね」
……ん、なんか前にも同じ様な事を口走ったような気がしますね。
「あれ、この展開ってどこかで……」
デジャブって、気持ち悪いですよね。
とはいえ、そのままで居るわけにいかないので、私はその山小屋に向かって一直線、まさに猫真っ直ぐら並の勢いで向かいました。
チャイムがなかったので、とりあえず中に入ろうとドアを開けた途端、私は玄関ホールに居た方と目が合いました。
「どちら様ですか?」
遭遇したのはショートカットの女の子でした。
ボブってやつですね。
半袖の制服を着てますけど、寒くないんですかね?
そして、間違いないです。
私です。
すみません、どうやらデジャブではなかったみたいです。
「う……」
「えっと、貴女も自殺ですか? それとも、遭難ですか?」
どうやら、目の前の私は私の事に気づいていないようです。
となれば、ここは一つそれっぽい事を言って誤魔化すのがベターでしょう。
「えっと、雪女です」
「なんと、雪女さんですか」
素直に受け取る所が私らしいですね。
「まあ、寒いから中にお入りくださいな、溶けてしまわないのであれば」
もう一人の私……仮として後輩Bとしましょう……はそう言って、ガスコンロを点火して手招きします。
「あ、どもども」
やはり冷え切った身体には暖かい火が一番ですね。
「熱いの大丈夫なんですか?」
う……しまった。
雪女の設定を忘れてましたよ。
「あ、そういえばうっかりしてました……むぅー、大丈夫みたいです」
無茶な事を言ってるのに、きっと、当時の私同様にうっかり八兵衛よりもうっかりな雪女さんだと思っているのでしょう。
だけど、こういう事を素直に受け取る所が、なんとも私らしいですね。
「それにしても、雪女さんはどうしてこの山小屋に?」
「え? あ、えっと、その、この辺は私のテリトリーなんですよ」
「雪女さんにもテリトリーがあるんですか」
「もちろんですよ、ベテランになればなる程、山小屋の多いトコを担当するし、ノルマも大変なんですよ?」
口から出任せなのに、スラスラと出るものですね。
まあ、前に雪女さんと会った時に訊いた事をそのまま喋ってるだけなんですけど。
私の話を聞いていた後輩Bはノルマという単語を聞いて、急に険しい顔をしました。多分、雪女さんのノルマが凍死数だと思ってるんでしょう。
少なくとも、私はそう思いました。
とりあえず、不安感を和らげる為にもフォローをいれないといけませんよね。
「あ、大丈夫ですよ。私は今月のノルマはクリアしましたから。それに、無用な殺生は御法度なんですよ?」
「それなら安心です。意外と雪女業界っていうのも、しっかりと管理されてるんですね」
「ええ、もちろんですとも」
私もそう思います。
それにしても、一体いつ置き時計の電波が入るのかは分かりませんけど、これ以上後輩Bと行動を共にするのはちょっと危険だと思います。
「おっと、そろそろ日の入りですね」
それを口実にして、さっさと立ち去りましょう……と思ったのですが、私はここでふと嫌な事に気付きました。
もしも、あの時の雪女さんが本当に私だとすれば。それはつまり、あの時と同じ事をしなければならないという事じゃないですか?
「おおお、これなら問題なく移動出来そうですね」
それはつまり、あの時の私が雪女さんにしてもらったように、私もこの後輩Bをホテルまでご一緒しなければならないという事になるのでしょうか?
本当なら全力でお断りしたいですが、それで作戦失敗になったら困ります。
仕方ありません。危険ではありますが、連れて行く事にしましょう。
「おや、どこかに行くのですか?」
「ええ、実はこの近くにホテルに用がありまして」
「おお、それは奇遇。実は私もホテルに用事があるんですよ」
「まさに奇遇ですね。では、ご一緒にホテルへと向かいませんか? 実は、道に迷ってしまっていて、ホテルの場所がよく分からないんですよ」
「いいですとも、ご一緒しましょう」
ホテルまで一緒に行ったら、すぐに姿をくらませば問題ないはずです。
「こっちですよ。こっち」
そんな感じで小屋を出発して二時間弱。
やっと見覚えのあるスキー場が見えて来ました。
人の賑わっている声も聞こえてきます。
そして、その中にもちろん先輩も居るのです。
「あ、あれってもしかして……」
丁度、スノーボードを装備して、リフトに乗ってこちらに向かっていました。
(せ、先輩……!!)
もう二度と会えないかと思った、先輩です! 先輩が今まさに私の目の前に!!
(うっ、だ、駄目ですよ私)
ものすっごい駆け出したい気持ち満点ですけど、ここはグッと堪えないと。
堪えて、ホテルに身を隠さないと……ここで駆けだしたら失敗になっちゃいますよ。
隠さないと、隠さないといけないけど。
いけないけど……。
いけないんだけど……。
いけないと分かってるんだけど……。
やっぱり。この気持ちを抑えるのはいけないと思います!!
「やっぱり先輩だ、せんぱあっ!」
手を振っている後輩Bを突き飛ばし、先輩に向かって猛ダッシュですっ!
「せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁいいい!!」
起き上がった後輩Bも私を追いかけます。
けれど所詮相手は私自身!
基礎的な身体能力は同等なのですから、先に出発した分、私の方が有利です!
まったく差は縮まりません!!
さすがにこのままでは駄目だと気づいたのでしょう。
後輩Bの動きが一瞬変わりました。
その動きが何を意味するのかは明白です。
「という事でドロップキック!」
「おっと、そうは簡単にはいきませんよ!」
所詮相手は私自身!
どういう角度と勢いで蹴り込んで来るなんてお見通しですよ!
ひらりと躱して、私はさらに先輩に向かってさらに加速しちゃいます!
「なんですと!?」
ふふふ、驚いてます驚いてます。
そして、見事に攻撃が外れて雪にめり込んでしまって、身動き出来ないようです。
さてと、邪魔者もいなくなったという事で、これでゆっくり……あ、あれ?
「あ、あらららっ? なんで地面が揺れてるんですか?」
おかしいですよ! あともうちょっとで先輩に会えるのに!
そうだ、雪崩! 雪崩から先輩をお救いせねばならないのに!
「せ、先輩いいいいいぃぃぃぃぃ――――――――――――――――――――っ!!」




