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第十三話「後輩、恋人現る!?」【本番当日】

 事の始まりは、五日前の放課後。

「後輩、どうした?」

「あ、先輩……!」

 いつものようにさっさと帰ろうとする俺は、校門の所で後輩と鉢合わせした。

 いや、それ自体は別に珍しい事でもなんでもない。

「ん? なんだ調子でも悪いのか?」

「い、いえいえ、別にそういう訳じゃないんですけどぉー……」

 そわそわ。

 そんなオノマトペがピッタリな位に、後輩の落ち着きがない。

「本当に大丈夫なんだな?」

「ええもう、ばっちりしっかり大丈夫ですので、私はこれにて!」

 そそくさと立ち去る後輩。

 取り残された俺は変だと思いつつも踵を返すと、目の前に後輩が立っていた。

「あ、先輩、先輩」

「ぬぉっ!?」

「指切りしてもいいですか?」

「指切り? 構わんが……なんでまた? ってか、帰ったんじゃないのか?」

「まあまあ、細かい事は気にしない気にしない」

 くいっと差し出した後輩の小指に、自分の小指を絡めようとしたその時。

「とりゃっ!」

 ごきょっ!!

「ぬぉっ!?」

 いきなり俺の小指を、へし折れるかの勢いで鷲づかみする後輩。

「なるほどなるほど」

「鷲づかみにしたまま納得してないで、いい加減に手放して頂きたいんだが」

「あっ、すみません。もういいですよっ」

 パッと手を離し、後輩はぺこりと頭を下げる。

「ご協力ありがとうございます」

「何に協力したのかは知らないが、もういいのか」

「はいっ、それじゃあまたまたですっ!」

 再び立ち去っていく後輩を見送り、俺は今度こそ家路に着いた。


 その翌日。

「先輩っ、どぉぉぉーん♪」

「ぷげらっ!!」

 昨日は妙だったが、後輩のドロップキックは見事に健在だった。

 だが、放課後になると。

「お、後輩」

「うわっ! 先輩! さようなら!!」

 脱兎の如く逃げる後輩。

「……お、おう、またな」


 さらに翌日。

「先輩っ、ずどどどぉぉーん!」

「うごっ!?」

 本日は三回転捻りのドリルキック。

 どうやら、新開発したらしいが、これはなかなかの攻撃力である。

「どうですか、先輩、これならバッチリだと思いません!?」

「まあな……何に対してバッチリなのかは謎だが」

 昼は普通だ。至って普通の後輩である。

 なのに放課後になると……。

「げげっ! 先輩!」

「ん? 後輩、今日は一緒に帰ら」

「さようならぁぁぁ――っ!」

「……ないのか」

 昨日よりもさらに加速して後輩が逃げていく。

 いや、構わんのだが……構わんのだが。

「なぜに?」


 そのまた翌日。

「……一体どこに行ってるんだ?」

 放課後になると、後輩とエンカウントする事すらしなくなった。

「どうなってるんだ」

 ここ数日でこの変貌っぷり、ただ事じゃないぞ。


 そして昨日。

「……後を追ってみるか」

 後輩の事だ、またろくでもない事を企んでるに違いない。

「どこに行くんだ?」

 授業後、俺はそそくさを帰る後輩に気付かれないように尾行し始めた。

 何度か見失いそうになりつつも、後を追いかけて辿りついたのは駅前のデパートだ。

「ここか? なんでまたここに?」

 後輩は扉を開けて中に入っていく。

 もちろん、俺も後を追いかけた。

 後輩が向かったのは、デパートの中央にある水時計広場である。

「まさか、飛び込むつもりじゃないだろうな」

 時間によって形が変化する噴水と、池の底を交互に見つめてる後輩。

 俺はいつでも取り押さえられるようにと身構えていたのだが……残念ながら俺の予想は全くもって実行される気配がなかった。

「なんか、肩すかしを喰らった気分だな……」

 とりあえず、動きがあるまで待機しようと思ったその時。

「あれ? 先輩?」

 あっさりと後輩に発見されてしまった。

「よ、よう後輩、奇遇だな」

「で、ですねーっ、奇遇ですねーっ」

 明らかに慌てている後輩、目が泳ぎまくってるぞ。

「誰かと待ち合わせか?」

「い、いえいえいえい! そんな訳ないじゃないですかーっ! そういう先輩こそ、どなたかと待ち合わせですか!?」

「ま、まあ、そんなトコだな……」

「へぇ、どなたと待ち合わせなんですか?」

「え……それは、だな……」

 くそ、この後輩、今日は妙に突っ込んでくるな。

 さすがにそこまで食いついてくるとは思わなかっただけに、これ以上質問されても苦しい言い訳しか出来ないぞ。

「先輩?」

「だが、肝心の待ち合わせ相手が姿を現さないみたいだ。では俺はそろそろ帰る事にしよう」

「え、あ、帰ってくれるんですか!?」

「なんだ、俺が帰るのがそんなにも嬉しいのか?」

「ち、違いますよ。寂しいなぁーっと」

「そんなニコニコとしながら言っても説得力がないぞ後輩」

「う……と、とにかく、それじゃあまた明日ですよ先輩!」

「お、おいおい」


 後輩に背を押されて、俺は噴水広場を後にする。

 だが、ここで諦めるのではスッキリしない。

 ということで、俺はこっそりと物陰から後輩の様子を窺う事にした。

 あれは絶対に何かしら隠してるに違いない。

 それが一体何なのかは知らないが、また何かのトラブルに直結するようであれば、抑えなければなるまい。

 そう思って息を殺している最中、あの野郎が現れたのである。


 そして本日。

「俺は一体、何をしてるんだ?」

 俺はそう己に問いながら、物陰にじっと身を潜めた。

 今日も後輩は噴水広場で一人ぽつんと立っている。

 腕時計をチラチラ見たり、携帯の時計を見たり、水時計を見たり、とにかく落ち尽きなく時間を確認していると、あの野郎が後輩に手を振りながら近づいてきた。

 素性はすでに調査済みである。

 名は小林賢太、職業はなんと小説家だという。

 果たして、なぜこんな野郎と後輩が知り合いになったのだろうか?

 やって来たのは、ジーンズにカッターシャツというなんともラフな格好である。

 小説家といえどもピンキリである。まともに作品も書かずに小説家と名乗っているだけの畜生かとも思ったのだが、これが意外としっかりと書籍を発行していたのには驚いた。

 一応、最新作を読ませてもらったのだが、これが筆舌出来ぬ程の愚作。

 なんでも噂によると、次回作が書けなくて現在絶賛休止中だとか。

 全くもっていい気味である。

 しかし、本人はそんな一大事な時だというのに女などに、しかも後輩にうつつを抜かすとはなんとも不貞な野郎である。

 とりあえず、二人の接点も探ってみたが、生い立ち、生活環境、親戚関係などありとあらゆる項目を調査した結果、後輩と小林の野郎が昔からの知り合いだったという可能性はほぼゼロに等しいという結果が弾き出された。

 となると、最近知り合ったはずなのだが……それにしても腹が立つ程、仲が良い。

 は?

 腹が立つ? 

 馬鹿な。

 俺は何を言ってるのだ?

 読者の諸君、ここでハッキリと断言しておこう。

 俺は決して個人的な感情で、後輩の事を調べているのではない。

「そうだ、俺は後輩の為に、あの野郎の事を調べているのだ」

 そう、その通り。

 俺はあくまで後輩の身の事を考え、こうして身を粉にして行動しているのだ。

 それにしても、一体どこであの野郎は後輩と出会ったのだろうか……。

 念を押すようだが、俺は別に個人的な感情で動いてるのではないぞ。

「それにしても、後輩の態度は大人しいものだな」

 畜生、なんで俺の時にはそういう事をしてくれないのだ後輩よ!

 やはり俺以外の殿方には、さすがの後輩も猫を被るのだろう。

 ドロップキックもせず、至ってノーマルに喋っている。

 出来る事ならば、俺との会話もそれ位猫をかぶって頂けると助かるのだが、一度剥がれてしまった皮を被るのは無理だろう。

 そんな事はさておき、続きである。

 二人は立ったままで会話を交わしている。

 ここは残念、俺に読心術の心があるならば会話の内容を理解出来るのであるが、そんな特殊能力はまだ取得していないので分からない。

 帰ったら、すぐに会長が薦めてくれていた通信講座を申し込もうと心に誓った俺である。

 そして、二人は仲睦まじく並んでデパートを上がっていくのだが……そこまで見送ると、俺はそれ以上の追跡は行わず帰路へと着いた。

 後輩にもプライバシーが存在するのだ。今日はこの辺で勘弁してやろう。

 それに、君子危うきには近寄らず。

 深追いしないのが俺の流儀なのだ。

 とはいえ、謎は丸々残ったままである。

「……分からん、全然分からん」

 放課後、後輩は俺の全く知らぬ野郎と一緒にデパートで落ち合っていた。

 そして、その後二人で仲良く上へと向かっていく。

 これは、もしかするとデートという物ではないのか?

 もしデートであれば、それはつまり、あの野郎は後輩の恋人という事になるわけで。

「あの後輩に、恋人が? まさかな、ありえんありえん」

 ならば、なぜあの場所で連日二人は出会っているのだ。

「後輩に恋人など、笑止千万。どうせ、あの輩か後輩のどちらかが騙されてるに違いない、大方後輩の方が騙されてるんだろう」

 口ではそう言いながらも、デパートの方を振り返る。

 すると、まるで映写機で投影でもされているかのように後輩とあの野郎がきゃっきゃっうふふしてるだろう光景が浮かび、思わず舌打ちをした。

「今に泣きを見るぞ後輩!」

 そう叫んだ所で、後輩に俺の声など聞こえまい。

 分かっていても、叫んでしまう本日の俺はちょっと変である。

 だが、自覚はあるから、多分まだ大丈夫だろう。

 華麗なステップで家路に向かう俺だったのだが……。

「な、なぜだ……」

 気が付くと、俺はデパート前のベンチに座り込んでいた。

 時間を確認すると、すでに九時を廻っているが、後輩は出て来ない。

 もしかすると、別の入り口から出て行っていて、もう帰ってしまったのだろうか。

 その時、デパートの扉が開き、俺はすぐさまベンチの下に隠れて、相手を確認した。

「こ、後輩……?」

 間違いない、後輩である。

 しかも、その隣に並んで歩くのは、あの小林の野郎である!

「今日もへとへとですよー……」

「それにしても、キミも頑張るね。ボクなんて最初の頃は最大で三回が限度だったのに」

「先生は作家さんだから、運動不足で体力不足なんですよ」

 なんだかとても会話が弾んでらっしゃる様子である。

 しかし、後輩はこんな時間になるまで、小林と一緒に何をしていたのだ?

 後輩の額には、きらりと光る一筋の汗。

「やっぱり、凄く汗かきますよねー」

「だね、ボクも汗で肌がベトベトするよ。早く家に帰ってシャワー浴びたい」

「あ、私も私も! やっぱり、汗をいっぱいかいた後に、頭からバシャーッと浴びるシャワーとかって、格別ですよねー。どうせなら、ここのシャワーとか使えないんですか?」

「うーん、設置されてないからねー」

「うー、残念ですねー」

 そんな会話を交わしながら、楽しそうに帰っていく二人。

 幸い、見つかる事はなかった。

 なかったのだが……。

「汗? 汗を大量にかくような事ってまさか……」

 男女が二人。

 こんな人気が全くなくなる時間まで。

 しかも、終わった後は汗だらけな行為……もう俺の中で連想される事はただ一つだ。

「後輩とあの野郎が……み、淫らな一時を!?」

 人が信じるかどうかは別であるが、俺はこう見えても中身は、とりわけ恋愛に関しては純粋ピュアなつもりである。

「い、いかん! いかんぞ後輩! そんなの許される事ではないぞ!」 

 子供というものはコウノトリがやってきて、その場にいた両親候補に委託するなどというファンタジー行為でない事も知っている。

 それこそ、生々しい肉と肉とがぶつかり合い、幾多もの偶然と奇跡の統合によって生み出される結果である。

 だが、人間というのは、その肉と肉とがぶつかりあう行為をいとも軽はずみに行ってしまう生き物なのだ。

 そして、後輩もそれを軽はずみにしているのだとすれば、すぐに止めなければなるまい。

 別に、俺は小林の事を妬んでるとかそういう理由ではない。

 これはれっきとした不純異性交遊である!

 なので、これを止めるのは先輩として当然の行為なのだ!!

「し、しかし、どうやって止めればいいのだ……?」


 翌日の夜、今度はデパート内で俺は待ち伏せをしていた。

 とっくの昔に営業時間は終了しているが、警備の目を盗む事など造作もない。

 しかし、なぜ俺は後輩の事でここまで必死なのだ?

「本当に、俺はどうしてしまったのだ?」

 こんな事は初めてだ。

 もうこうなると、ちと危険な人物になっているのではないかとも思ってしまうが、本人がそう思っている間は大丈夫なのだろう。

「とにかく、今日こそは声をかけよう」

 昨日はあんまりにもショックが強すぎて動けなかったが、もう大丈夫だ。

「そろそろ後輩が出てくる時間だな」

 時間を確認して、俺は息を殺しながら後輩が出てくるのを待った。

 しんと静まったデパート内に、後輩の物だろう靴音が……ん、随分と早いな。

「何かあったの……ん?」

 非常灯の薄明かりの中、こちらに向かって走ってくるのは後輩で間違いないのだが。

「何かあったのか?」

 なぜか顔を手で覆っていたのだ、ってか前見ずに走るとか、危ないぞ後輩!

 案の定、店の商品に蹴躓いて大転倒である。

 ガラスの割れる派手な音が鳴り響き、思わず耳を押さえてしまった。

「何やってるんだあいつは……」

 助けてやろうと思ったが、転倒した後輩を見た途端、俺の足は止まってしまった。

「後輩……?」

 真っ赤だった。

 後輩の顔は、見事な程に真っ赤だったのだ。

 泣き腫らした顔、というやつだ。

「一体何が……?」

 そうしていると、後輩の現れたのと同じ方向から小林の野郎が現れた。

 俺と同じように助け起こそうとするが、後輩はその手を払って何かを叫んでいる。

「……くそっ、口元が見えん」

 せっかくの通信講座も効果なしではないか。

 だが、この流れはなんとなく想像がつく。

 後輩が泣き出す程だ。余程小林に傷つく事を言われたのだろう……例えば、別れ話とか。

 いやそうだ、そうに決まってる。これはもう別れ話に決まっている。

 そうでなければおかしい!

「ほら見ろ、俺の言った通りだろう!」

 泣いている後輩に、俺は鼻息を荒くしながら指差していた。

「後輩に恋人など、笑止千万。こんな事、神が世を作る以前から分かっていた事なのだ!」

 後輩が振られる事など当然。

 俺の予想が当たったのも当然。

「あんな野郎と付き合ったトコで、どうせ、どうせ、どうせ……」

 当然、当然、当然なのだが……。

「な、なんだ、この胸のムカムカは」

 今日の昼に何か油っこい物でも食べただろうか?

 いや、食べてない。

 今日の昼はとってもヘルシーな野菜とご飯だったではないか。あれを食べてどーしてこんなにも胸がむかつくというのだ?

「くそっ! なんだ! 何が悪いんだ!?」

 理由は分かる。

 理由は分かるが、それを認めてもいいのか?

 だが、泣いている後輩を見れば見る程、俺のむかつきは最高潮に向かっていくのだ。

 もう限界だ。決壊寸背のダム同然である。

「……分かった! 分かったよ! 認めてやるよ!」

 鼻息を荒くして、俺は後輩の方へと向かった。

 やる事はただ一つ。

 泣かされた後輩の仇を取るのみ!

 こうなる事も予想して、ボクシング部に所属していて良かった。

 今こそ、その成果を見せつけてくれるわ!

 ……一日しかやってないけどな。

「せ、先輩!?」

「よくも後輩を泣かしたな!」

 許さん! 絶対に許さんぞ!

「き、キミは一体?」

 俺のいきなりな登場に、小林の野郎はビビリまくりである。

「後輩を泣かせた罪、そして純潔を奪った罪! それは非常に重いぞ!」

 普段は暴力など無用だと思っている穏健派の俺であるが、今回ばかりは封印していた拳を使わねばなるまい!

「我が鉄拳を喰らえ!」

「先輩! 待って!」

 拳を振り上げた俺に、後輩が向かってくる。

「こ、後輩!? は、離せ! 俺は、俺はコイツに、お前を泣かせた不貞な輩に一撃を与えねばならんのだ!!」

「違います先輩! この人は別に関係ないっていうのか……ってか、一体何と勘違いをされているんですか!?」

「何が違うんだ後輩!! この男と付き合っていたのだろう!?」

「うっ!? えっ、わ、私と小林さんが!?」

 この期に及んで、まだ惚ける気なのか後輩!

「隠す必要など最早不要だ! 昨日の夜、汗だくになりながらこそこそと帰って行くのを見たぞ。それにあの会話! あれは明らかに男女の交わりを交わした証拠だろう!」

「み、見たんですか!?」

「見たさ、ああ見てしまったさ! 知ってしまったさ!」

 畜生。喋れば喋る程、俺の方が最低な野郎のようではないか!

 だが、ここで引けば男が廃る!

「先輩、ちょ、ちょっと待って下さい! 私の話も聴いて下さい!!」

「今更何を聴けと言うのだ!?」

「先輩、勘違いしてます!」

「勘違いだと? 何を勘違いしてるというのだ!?」

「その人は……その人は、私の通ってるガラス工芸の講師の人なんですよ!!」

「は?」

 こ、講師?


こう‐し〔カウ‐〕【講師】

(古く、寺で説経をする僧をいった「講師こうじ」から出た語)

一 講演や講義をする人。「研修会の―として招かれる」

二 大学・高等専門学校で、教授・准教授に準じる職務に従事する者。専任で常勤の者と、非常勤の者とがある。

三 小・中・高校で、非常勤で教諭の職務を助ける者。

四 専門学校・予備校・塾などで、講座を受け持つ人。


 おっと、混乱のあまり脳内辞書を展開してしまったようだ。

 とりあえず、落ち着け俺。

「ガラス工芸の……講師? 後輩、つもりはどういう事なんだ?」

「このデパートの上に、カルチャースクールがあって、そこのガラス工芸コースに通ってるんですよ。ほら、これが証拠ですよ」

 後輩が見せたのは、デパートの名が記入されたカルチャースクールのチラシだった。

「ガラス工芸……本当に? そんな……事だったのか? でも、アンタ、小説家なんだろう? なんで講師なんかに……?」

「え、ええ、実は趣味が高じて……文筆業だけではちょっと厳しかったんで、アルバイト感覚で講師の仕事を引き受けたんですよ」

 ……そういえば、絶賛休業中だったな。

「という事は何か、全て、俺の早とちりというオチなのか? いや、待て、ならば後輩の流したあの涙の理由は何なんだ!?」

「そ、それは、その……作品が完成して、嬉しくて嬉しくて……あ」

「作品?」

「えっと、その、あの、作品じゃなくてー……そのー……はぅ……」

「えっと、作品が出来たから、それで感動して、泣いてたって事か?」

「ですです。なかなか上達しなくって、毎日練習して、やっと完成したんです」

「な、なるほどね」

 なんだか、ホッとしたぞ。

「でも、なんで……なんでまたガラス工芸なんて始めたんだ? それに、どうして俺に秘密にしてた? 別に秘密にする必要なんてなかろう?」

「えっと、それは……」

 俺の質問に、もじもじとする後輩。


「おっと、ボクはちょっと席を外した方が良さそうですね」

 何かを察したように、小林は姿を消した。

 そして、この場に居るのは俺と後輩の二人きりである。

「……先輩」

「なんだ?」

「これ、受け取って下さい」

 後輩が差し出したのは、リボンでぐるぐる巻きにされた小箱だった。

「え……俺に?」

「はいっ、先輩のお誕生日プレゼントです」

「誕生日……?」

「ですです、先輩のお誕生日。今日でしたよね?」

「……あっ!!」

 すっかり忘れていた。

「もしかして、忘れてたんですか!?」

「そういえば、今日って俺の誕生日だったな」

「もう、駄目ですよ。自分の誕生日と私の誕生だけはしっかり覚えてて下さいよっ」

「なんで後輩の分も覚えなきゃならんのだ」

「まあまあ、細かい事は置いておきましょうよ。それより、早く開けてみて下さいよ。なんたって私の自信作なんですから」

 やたら自信ありげに開封を進める後輩。一体この箱に何が入ってるのやら……。

「爆発はしないだろうな?」

「多分しませんよ」

「多分って……」

 後輩の場合だと、本当にしそうで非常に怖いんだが。

 意を決して開いた箱の中に収められていたのは、ガラスで出来た指輪だった。

「……指輪?」

「ふっふっふーっ、どうですか先輩。なかなか綺麗な物でしょう」

「あ、ああ……本当、綺麗だな」

 ガラスといっても、透明でなく、赤やら青やら黒やら茶やら……とにかく様々な色が混ざったなんとも混沌とした色の指輪だ。

「本当、綺麗に出来てるな」

「うー、本当はもっと研磨とかして綺麗にしたのを、先輩にプレゼントして、あっと驚かせる予定だったんですけどねー」

「いや、これでも十二分に驚かされてるから」

 渡された指輪の内側には、俺のイニシャルと誕生日が彫られていた。

 なかなか手の込んだ事をするではないか後輩。

 でも、なんで一緒にお前のイニシャルも彫ってるんだ。

「もしかして、婚約指輪のつもりか?」

「はいっ!」

「いや、まてまてまてまて、即答するなよ」

「あれ? 駄目でした?」

 後輩が眼を丸くさせて、じっと上目遣いで俺を見る。

 相変わらず、この見方をされると、俺は胸のドキドキが止まらない。

「だ、駄目に決まってるだろ! そういう大事な事をあっさりと口に出すんじゃない!」

 なんだか熱い。

 とても顔が熱いぞ。

「ありゃ、先輩大丈夫ですか?」

 ぺたり。

 ひんやりとした、少し湿った後輩の掌が俺の額に触れた。

「ふむぅ、熱がある。生きてますね」

「そりゃ生きてるからな」

「あはは、やっぱりですか?」

「ったく……でも、ありがとう。大事にするよ」

「ちゃんとこの手で寸法計りましたから、スポッと入るはずですよ」

 わきわきと右手を握ったり開いたりする後輩。

 もしかして、少し前に人の指をぐしゃりと握りつぶした時の事を言ってるのか?

「さあ、早く早く、装着しちゃってくださいよーっ」

「あ、ああ。分かった分かった」

 後輩が見守る中、俺はゆっくりと指輪を左手の薬指の先に持っていく。

「え、先輩……いいんですか?」

「指輪といえば、ここだろう? ただし、今日だけだぞ? 今日はお前の頑張りに応じてこの指に装備する、以後は別の指だ」

 別に恋人でもなんでもないのだから、大事にするだけでも十分だろう。

「は、はいっ! それで十分です!」

「よし、それじゃあいくぞ」

 ゆっくりと指輪が通される……が。

「どうしたんですか、先輩。早く装着してくださいよ」

「いや、そのつもりなんだが……」

 入らん。

 最初の第一関節にぶつかったまま、後輩の作った指輪のその先を通過しないのだ。

「後輩」

「なんですか先輩」

「そういえば、お前、この手で寸法計ったって言ったよな?」

「はい、バッチリ言いました!」

 あの時、指切りしようって言われたから薬指でなく、小指を差し出してはずだ。

 もしも、その時の行為で寸法を計ったと言うのであれば、薬指に入る訳がない。

 後輩が計った指は、俺の小指なんだからな!!

「今度作るときは協力するから、ちゃんと指の太さを調べてから作ってくれ」

「え?」

 本来ならば、奥まで入るべき指輪が、第一関節のところで見事に止まったままだった。

「これ小さ過ぎるぞっ!」

「ありゃま!」

 全く、後輩らしいといえば、後輩らしいオチである。

 が、この指輪は後生大事にとってやるとしようと思う俺なのであった。

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