第十二話「後輩、恋人現る!?」【前夜祭】
私が小林先生と再会したのは、駅前デパートでの事でした。
ちょうど一階の雑貨コーナーで、一人頭を悩ませていたのです。
「うーん、何か違うんですよねー……」
並んでいるのは、ガラス製の鳥や二頭身にデフォルメされたアニマルシリーズでした。
「別に可愛いものを求めてる訳じゃないしー……」
かといって、床に鎮座している原寸サイズのライオンさんも何か違います。
「それにしても、一体どこからこれだけの商品を集めて来るんでしょうね?」
工場で大量生産されたのでなく、全て手作りなのでしょう。
一見すると同じように見える作品も、顔の表情が微妙に違っていたりしていて、それが余計に探索に時間がかかる要因となっているのです。
「ううう、もうあんまり時間もないのに」
そう、今回実はタイムリミットが設けられているのです。
何のタイムリミットかというと……ふふふのふー、それは秘密です。
どうせバレるのは時間の問題ですけど、それまでは死守しなければならないのですよ。
なんたって、この日をまだかまだかと指をバキボキしながら一年も待ったんですからね。
さてと、油売りはこの辺にして早く探しましょう。
「あれ、キミはもしかして」
はて、どこかで聞き覚えのある声ですね。
「その声は、もしやもしや」
振り返ると、そこには予想通りのお方が立っていました。
「やっぱり、小林先生ではありませんか!!」
小林賢太先生。
探偵小説専門の作家さんです。
「やっぱりキミか! 久しぶりだね」
先生は、人懐っこい雰囲気のほっそりした眼鏡さんです。
「あ、先生って眼鏡っ子だったんですね」
「え? あ、ああ、前会った時は掛けてなかったもんね。それに、この間は本当に、ありがとう。キミと話せたおかげで生きる希望が出来たよ」
「いえいえ、私は何もしてませんよ」
そう。私が居なかったら、先生はこの世の方ではなかったのですよ。
「新作が出来たら、真っ先にキミの家に送るからね」
「うわーっ、それは楽しみですっ」
こんなお優しくて人畜無害なお顔をしているのに、小説内では毎回阿鼻叫喚の地獄絵図みたいなのを書くんです。人間、見た目で判断出来ないものですね。
「あっ、もしかして新作に向けての取材中とかですか?」
「だったらいいんだけど、そうじゃないんだ」
「そうなのですか」
がっかりです。
先日読了した最新作は最低の極みでしたけど、あれが第三者によって改変された事と先生から直接本当の結末を知って以来、最新作が待ち遠しい作家さんの一人となってしまいました。
「今は作品を書く傍ら、カルチャースクールで講師をやってるんだよ」
「カルチャースクールですか?」
「このデパートの八階に教室があるんだよ」
「なんとそれは知りませんでした。やっぱり、スクールで教えるのは小説ですか?」
「そういう頭を使う作業は本業だけで十分だよ。実は、ガラス工芸を教えてるんだ」
「ガラス工芸ですか」
これまた予想を裏切る回答ですね。
「人間、ただ一つだけに特化するのもいいけど、僕としてはもっと人と交流して視野を広げたくてね。結構楽しいし、もしもよかったら今から始まるからおいでよ」
「はいっ、よろこんで!」
袖擦り合うのも他生の縁です。
先生とは前から知ってるのでちょっと違いますけど、そんな事を気にしちゃいけません。
そういう事で、私は先生の後に続いてカルチャーセンターへとやって来ました。
「ここでやってるんだ」
「結構広いんですねー」
二十畳程でしょうか? 長机が数台並んでいます。
もっとこぢんまりとした教室を想像していたのでびっくりしました。
「これでも、生徒さんが全員来たら狭く感じると思うよ。それにバーナーとかも扱うから暑いんだよ。特に夏場とかは修羅場だね。下手すると、外の方がずっと涼しい時もあるし」
「うわ、聞いただけで汗かきそうですよ」
壁の棚には完成したり、製作途中のガラス細工が並んで、その横には道具箱らしき茶色の箱が幾重にも積まれています。
その中で、私はふと目に止まる物を発見しました。
「先生、この指輪も生徒さんの作品ですか?」
「そうだよ、ここにあるのは全部ボクと生徒さんの作品だよ」
「ここにあるの、全部ですか!?」
まるでどれを取って見ても、売り場の商品レベルじゃないですか!
「す、すごい……」
「これ位ならすぐに出来るよ?」
「え、そうなんですか?」
「うん、体験実習とかでも使われる位簡単だよ。一つ見本を作ってみせようか?」
先生はそう言って、引き出しから棒状のガラスと、バーナーを取り出して準備を始めました。
あれが指輪になるですと?
「まずはバーナーの火でガラス棒をよく熱する」
火に当てられていた部分が、徐々に赤くなってトロトロとなってきました。
こういうのを見てると、べっこう飴を思い出して、なんだか涎が出ますね。
「で、これを型に流し込む」
「ふむふむ」
「で、このままだと表面がザラザラになっちゃうから、ここで最後の仕上げとして指輪を火で炙って……はい、これでおしまい」
時間にして十分程で私の目の前に出来たてのほやほや、というよりも熱々の指輪が一つ出来上がってしまいました。
「え? これで終わりですか?」
「そうだよ、あとは完全に冷えるのを待つ程度だね」
なんともあっさり作ってくれちゃいましたよこのお方は。
それにしても、これ位なら私でも出来そうな気がしますよ?
「……挑戦してみる?」
「いいんですか!?」
「いいとも、目が物凄くやりたいって訴えてたよ」
さすが小説家、洞察力がお鋭いです。
「それじゃあ、その格好のままは危ないから、作業着に着替えてもらおうか」
「はい!」
ということで、急遽私は先生指導の元、ガラス工芸に挑戦する事になりました。
物置に保管していた作業着をお借りして着替えると、すぐさま作業台に集合です。
作業台には、さっき先生が使っていた道具の他に、指輪用の色とりどりのガラス玉が用意されていました。
「それじゃあ、まずどの色の指輪にするか決めようか」
「うーん、どれがいいですかねー?」
「あははは、どれにしようかって迷うだろ?」
「ですねー、色々と目移りしてしまいますね」
「組み合わせは多種多様だから皆悩むんだよね。でも、それは良い事なんだよ?」
「そうなんですか?」
私的に物事は、何でもスマートにした方が良いと思うのですが。
「そうだよ、そうやって悩んだ分、作り上げた時の感動は大きいんだ。なんたってそれは、自分が作り出した世界でただ一つの物なんだからね」
「世界でただ一つの……!!」
なるほど、そういう考え方もありですね。
世界でただ一つしかない、メイド・イン・私ですよ。
なんと素敵な響きでしょう。
これです、これですよ。
私が求めていたのは、まさにそういう類なのですよ!!
「先生!!」
「ど、どうしました?」
「このスクールに、今日からお世話になります!」
これを利用しない手はありません!
ということで翌日、私はカルチャースクールに入学届けを提出していました。
ふふふ、今日はちゃんと指のサイズもしっかり計りましたし、あとはそれに合わせて作るだけですよ。
カルチャースクールの時間がちょうど学校が終わってすぐなので、先輩とのお戯れタイムが減ってしまうのは悲しいですが、これも全ては私の未来の為なんですよ!
「やあ、今日も気合い入ってるね」
「あっ、先生、おはようございますーっ!」
カルチャースクールは毎週三回なんですけど、私は先生に事情を説明して、特別に連日工房を使わせてもらえるようになったのです。
「よっぽど好きなんだね」
「はいっ、もう当然です。とってもとっても大好きですよ」
「あははは、キミの目を見れば分かるよ。それに気合いの入れ方とかからもね」
さすが先生、相変わらず鋭い観察眼をお持ちです。
「きっと、その人は幸せ者だね」
「当然です! 超幸せに決まってます。義務にして良いくらいに幸せに決まってますよ!」
「それはいかがなものかと思うけど……それじゃあ、行こうか?」
「はいっ! 先生、本日もご指導の程をよろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしく」
残り時間はあと僅か。最高の作品が出来るように、本日も私の試練は続くのです!
先輩、待っていてくださいね!!




