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第十一話「雪山にて、遭難でござる」【本番当日】

「先輩。起きてください先輩」

 後輩の声が遙か遠くから聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。

「あと五分」

「寝ちゃ駄目ですよ! 寝たら殺しますよ!」

「いでぇっ!?」

 ビシバシと景気の良い音と共に、俺の両頬に激痛が走り、おかげで一瞬で目が覚めた。

「あっ、よかった、やっと目を覚ましてくれましたね。このお寝坊さん♪」

 可愛い事言いながら、何を平然と人様の顔を叩いとるんじゃ……と、ツッコミを入れる前に、俺は後輩になぜか膝枕されている事に気づいた。

「な、なんで膝枕されてるんだ?」

「先輩、覚えてないんですか?」

「何を?」

「全然、覚えてないんですか?」

 くりくりっとした瞳で、じっと俺を見つめる後輩だが、残念ながら何も思い出せない。

「悪い、全然覚えてない」

「ひ、ひどい、先輩、私の身体であんな事やこんな事したのに!!」

「嘘だな」

「はい」

 なんでそんな一瞬で認める嘘をつくんだ後輩よ。

「で、本当は何があった?」

「本当に覚えてないんですか?」

「覚えてないから訊いてるんだ」

「そうですか……」

 妙に残念がる後輩だが、意識が途切れる前、一体俺と後輩の間に何があったんだ?

「ってか、ここは?」

 周りを見渡してみると、ゴツゴツとした岩肌むき出しの、まさに洞窟の中だった。

「洞窟ですよ、イタリア語で言うとカヴェルナですね」

「いや、そりゃ見りゃ分かるよ……ってか、なぜにイタリア語」

 意識がハッキリしてくると共に、俺は尋常でない寒さに気づき、思わず着ていたスキーウェアの前を閉じて……スキーウェア?

「なんでスキーウェアを?」

 よくよく見ると、後輩もいつもの制服姿じゃなく……訂正、制服姿だった。

「後輩、寒くないのか!?」

「めっちゃ寒いですっ!!」

 いや、そこピースする所じゃないから。

「そりゃ、そんな格好だったら寒いだろ常識的に考えて……」

 吹雪が吹き荒れているにも関わらず、後輩は防寒着一つ付けていない。

「先輩、寒くないですか?」

「いや、大丈夫だよ。それより後輩の方がずっと寒そうだぞ」

「はい、めっちゃ寒いです」

 だから、いちいちピースしなくていいって。

 それにしても、一体全体どうなってるんだ?

「私達、遭難してここに避難したんじゃないですか。忘れたんですか?」

「……遭難? 避難?」

 後輩にそう言われて、俺の脳内で凍結していた記憶が徐々に溶け出す。

「そうだ。俺、旅行で北国に来てて……スノボーで」


「よし、とりあえずここから始めるか」

 不敵な笑みを浮かべながら、俺は眼下に広がる白銀の大地を今から滑ろうとしたその時。

「せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーいぃぃぃぃぃ!」

「へ? 後輩?」

 振り返ると、遙か上から恐ろしい速度で駆け降りてくる後輩と……


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーッ!!


 少し後ろからこちらに向かってくる雪崩!!

「先輩! 助けてくださいぃぃぃーっ!」

「ちょっ! まっ! てっ! げふはっ!!」

 いきなり後輩に抱きつかれて、間髪入れず襲いかかる雪崩。

 逃げる事すら出来ず、視界は一瞬で真っ暗になって……そこで記憶は途切れていた。


「結局、これも後輩が原因か……」

「せ、先輩ぃぃ~……」

 後輩の声が、珍しくしおらしい。

「どうしたんだ?」

「さ、さぶいです……」

 後輩がそっと俺に寄り添い、小刻みにカタカタと震えている。

 まあ、こんな格好なら、俺よりも寒さは格段に厳しいだろう。

 ここで邪険に扱うのは男が、いや人間が廃る。

 俺は震える後輩をギュッと抱きしめた。これで少しでも暖まればいいのだが。

「……随分と激しいな」

 入り口から随分と奥に位置しているにもかかわらず、時々雪が入ってくる状態だった。

「私達、どーなっちゃうんでしょうね……」

「心配するな、すぐに救助隊が来てくれるだろう」

「……で、ですよね! すぐ助けが来てくれますよね!」

 なんだかんだ言っても、後輩も女の子。やはり、男子は、女の子に優しくなければ。

 助けが来るかどうかも怪しいが、不用意に不安がらせる要素は排除しよう。

「心配するなって、吹雪なんてすぐ止むって」

「そ、そうですよね」

 俺の言葉を聞いて、後輩の不安そうな表情が和らいだように見えた。

「あの、先輩……」


「うん、どうした?」

「もっと、暖めてもらえますか?」

「やはり、これでは無理があるか」

 俺は着ていたスキーウェアを貸してやろうと脱ぎ始めると。

「なぜお前も脱ぎ始めるんだ?」

 まるで俺の真似をするように、後輩は制服を脱ごうとしていた。

「だ、だって先輩、一緒に雪山で遭難して、洞窟で二人きりですし……しかも、仲良しモードな先輩後輩の仲ですよ? これってお約束なシチュエーションだと思いません?」

「思わない、思いたくない」

 一瞬でも女の子だと思った俺がバカだった。

 そして、この子はどこまでもバカでした。

「せ、先輩?」

 俺は貸そうと思ったスキーウェアを着なおして、すり寄る後輩から距離を取る。

「せんぱぁ~い♪」

 今さら可愛く小首を傾げても無駄だぞ後輩。

「ちょっと寒いが、気合いで頑張れ。俺が駄目でも、お前なら生き残れる」

「ひ、酷い、先輩あんまりです!」

 ぶわっと涙を浮かべるが、俺は無視を突き通す。

「せ、先輩ぃ~……寒いよぉ~……」

「火を起こせばいいだろう」

「火よりも、人肌の方が、というか先輩の温もりが欲しいのぉぉ――……」

 またすり寄ろうとする後輩の手を、俺は軽く叩いた。

「いたっ! な、何するんですかぁーっ!?」

「誰のせいでこうなったと思うんだ。少しは反省してジッとしてろ」

「ひ、ひどい。先輩、酷いです……!!」

 そう言うと同時に、後輩はいきなり外に向かって走り出した。

「ちょ、ちょっとおい! どこに行くんだよ!!」

 いくら毎日リミッター解除状態でぶっ飛んでる後輩でも、あんな薄着で吹雪の中に飛び出せば危ないだろ!

「先輩の馬鹿! おたんこなす! 彦根産地!」

「彦根!? いや、俺は滋賀生まれじゃないぞ?」

「そんな先輩は、彦根のご当地キャラに頭から囓られたらいいんですよーっ!」

「むちゃくちゃ言うな!?」

 うわーんと叫びながら、勢いよく洞窟から外に飛び出す後輩。

「待て! 後輩! 馬鹿な真似するな!」

 慌てて引き留めようと俺も飛び出したが、吹雪で視界が悪い上に、油断すると俺の身体など簡単に吹き飛ばしてしまいそうな強力な風が吹き荒れている。

「おいぃっ! 後輩ぃぃっ!」

 だが、だからといって後輩を見棄てる程俺はまだ人間終わってない!

 後輩の姿を必死に探して左右を見渡して……ふと俺は違和感に気づいた。

「なんで、こんな明るいんだよ?」

 謎の光源を探して振り返ると、俺達が避難していた洞窟のすぐ真上に辺りに、煌々と輝くホテルの光が広がっていた。

「ってか! ここ、ホテルの裏かよ!」

 そして、肝心の後輩はちょうどそのホテルの入口に入っていく最中であった。

「あ、あの野郎……知ってたな。知っててわざと」

 さてと、どう料理してやろうか。

 暗黒面を全開にしながら、俺は後輩に続いて、ホテルへと雪崩れ込む。

「こぉぉぉぉぉはぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ――――――――――――――っ!!」

 ロビーの客人が何事かと怪訝な顔をしているが、人の目など気になるものか!

 行う事は、ただ一つ!!

「今日という今日は許さん! ぴぃーぴぃー泣かしちゃる!」

 それから数時間、俺と後輩の激しい攻防戦がホテル内で繰り広げられる訳だが、それはまた別の話である。

 こうして、ひとまず俺と後輩の遭難劇は終わりを告げるのであった。


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