第十話「雪山にて、遭難でござる」【前夜祭】
私が雪女さんと出会ったのは、私が先輩の旅行先に『ドッキリ! 偶然ですね先輩、偶然ついでに一緒にゲレンデが溶け尽くすほど滑り倒しませんか作戦』を決行する直前の事でした。
……作戦名が長いので次回からは中略でも入れましょうかね。
それはともかく、そういう素敵な作戦を決行しようと、先輩が旅行先でやってくる前夜、こうして雪山にやって来た訳なのですよ。
「そしてこの予想外です」
まさに白銀世界でした。
ハンディライトで周囲を照らしますけど、照らした先は白一色。
「まさか、ここまで雪がひどいとは……」
一旦ホテルに引き返そうかとも思いましたけど、そのホテルの位置がどっちなのかも分からない状態です。
「これは、間違いなく遭難ですね」
なかなか現実で体験出来る事じゃないですよ。
ちょっとわくわくしてきちゃいましたけど、体は寒さでガクガクです。
「やっぱり防寒着を着てくるべきでしたかね」
ナチュラルな偶然を装う為、制服で来たんですけど、それが裏目に出てしまいました。
このままでは、先輩と会う前に、神様と会わなければならなくなりますよ。
そうなったら、チェーンソーで脅して下界に戻して頂くつもりですが、出来ればそのような荒事をせずに済ませたいものです。
とりあえず、この吹雪をなんとか凌がねばならないのですが……。
「あれ、今何か……」
白銀の風景に、ちらりと明かりが見えました。
「明かりですか?」
前進してみると、徐々に明かりの正体が、山小屋の窓から漏れている光だと分かりました。
「おお、これはまさに神の救いですね」
私はその山小屋に向かって一直線、まさに猫真っ直ぐらな勢いです。
ドアを開けて中に入った私は、すぐに椅子の上に立っているほっそりしたお顔のお兄さんと目が合いました。
よく見ると、その手には天井の柱からぶら下がってるロープが握られてます。
「何をなさってるんですか?」
「これが日曜大工に見えるかい?」
「見方によっては……あ、もしくは洗濯ですか?」
「なんでだよ!?」
「あれ? 違いましたか?」
「ったく、最近の子は察しが悪いな! こうすれば分かるだろ!」
ロープで輪っかを作って頭を通すお兄さん。
おお、なかなか手際がいいですね。しかも、あの縛り方は強度が高い上に一度結ぶとなかなか解けないという男結びですよ。
「なーるほど、自殺ですね?」
ポンと手を叩く私に対し、お兄さんはカッと目を見開きました。
「何を暢気に手を叩いてるんだよ!? 表現がベタだよ! そうだよ、自殺だよ! ボクは人生に嫌になったから、自殺しに来たんだよ! そういうキミは一体何しにきたんだ!?」
「遭難です!」
えっへんと無意味に胸を張っちゃいます。
「遭難って……そんなの胸張って言える事か!?」
「言っちゃダメでしたか?」
「……いや、そういう訳でも」
おやおや、なかなか自信を持てないお兄さんのようです。
「ところで、自殺しようとしているお兄さん」
「な、なんだよ?」
「どうしてまた自殺なんてしようと? どうせ、人間なんて五十年もすれば、誰かに殺されると思いますよ?」
「キミの中で、人生の終演は殺害されるオンリーなのか?」
「自然消滅するよりも、愛しい人の手で屠られるのが、一番幸せかな、と」
もちろん、愛おしい人は先輩ですよ。
でも、先輩、私の事を屠ってくれますかね? 多分無理でしょうから、先輩を屠ってから、私も後を追うというルートになりそうです。
「もう少し希望のある生を謳歌しようよ。暗いよ、キミの人生プラン!」
「これから自殺しようとしている人に言われる程は、絶望的ではないかと思いますよ?」
「う……そ、そりゃそうかもしれないが」
「それにしても、なぜにまた自殺を?」
「ボクの書いた小説があんまりにも酷くて、もう次回作を書かせてくれないって……」
「おや、もしかしてお兄さんは小説家さんなんですか?」
「え……あ、ああ、そうだよ」
「もしも宜しかったら、お名前かペンネームを教えて頂けませんか?」
なかなか生の小説家さんとお会い出来る事なんてないと思いますよ。
今から死ぬと分かっていても、ぜひともお名前を知りたいです。
「え……小林……小林賢太だけど」
「死んで下さい」
迷うことなく私は椅子を蹴り倒してしまいました。
「ちょっ! おまっうげっ!!」
小林賢太。
忘れもしません、その名前。
以前、私がドキドキしながら読んでいたのに、たった一行しか出てこなかったピザ屋さんが犯人という史上最悪なオチを見せてくれた探偵小説の作者さんその人なのです。
その時は運良く買い取ってもらったので被害は読書タイムだけで済みましたけど、もしも作家さんに直に会う事があれば、鉄槌を下さねばと思っていたのですよ。
しかも、その張本人が自殺とはグッドタイミング。このまま消えるといいですよ。
「あと数分で昇天出来ます」
すっかり青くなった小林さんに、私は優しく言いましたけど、反応はありません。
……あれ、でもよくよく考えると、このままだと私が殺した事になります?
おっと、それは困ります。
前科一犯の傷物なんかになってしまったら、長い間先輩に会えない上に、先輩から嫌われてしまうかもしれないじゃないですか!
すぐにスカートをめくって、太股に巻き付けていたナイフを投擲しました。
一直線に飛んだナイフは、掠っただけで見事にロープを切断し、小林さんが床に落ちました。
さすが「材質を選ばずなんでも一刀両断!」と謳っていただけの事はあります。
対会長用で購入した物ですけど、今後の活躍が期待出来る良い買い物でした。
「げ、げふはっ……な、何するんだキミは!?」
「何を言ってるんですか、命の恩人に向かって」
「だ、誰のせいでこーなったと……!?」
「自殺する準備をした人が全面的に悪いと思いますよ。私はむしろ被害者です」
「……も、もういい」
おやおや、泣いちゃいました。
「大体、おかしいんだよ。ボクはちゃんとしたオチを書いて送ったのに、いざ刷られた作品を見てみたら、全然違うオチになってたんだもん」
「それはちょっと気になる発言ですね。あの作品のオチは、本当は違う物だったんですか?」
「そうだよ! 全く違うものだよ! ボクの書いたヴァージョンでは……」
その後、小説の本当のオチを訊いた私は、小林先生のファンに改めてなってしまいました。なるほど、そういうトリックを用意していたとは感服です。
「ね、全然違うでしょ?」
「月とスッポン並に違いますよ。これは改竄した奴を懲らしめてやらなければですよ」
あんな最悪なオチにした人をどうにかしてやりたいという復讐心でメラメラとなりながら、その日は玄関ホールのソファで仮眠を取るのでした。
「へくしゅっ!」
けれど、室内とはいえ雪山です。
私は寒さのあまり、夜中に目が覚めました。
「ううう、寒い寒い寒い」
ちょうど暖房に代わりにとテーブルの上にはガスコンロが置かれていますが、火が消えています。どうやら極度に寒くなった原因はこれのようです。
「まあ、消さないで火事になったら危ないですからね……」
なので、ちょっとだけ暖を取ったら消して、また寝る事にしましょう。
そう思ってガスコンロを点けようとしたその時、私は物音に気づいて振り返りました。
「どちら様ですか?」
「う……」
そこには、玄関から中に入ろうとするショートカットの女の子が立っていました。
ボブをちょっと長くした感じです。
薄手の羽衣を着てますけど、寒くないんですかね?
「えっと、貴女も自殺ですか? それとも、遭難ですか?」
「えっと、雪女です」
「なんと、雪女さんですか」
これはまた珍しい人と出会いましたね。
それにしても、雪女さんというと、スラッとした肢体の黒々としたロングヘアーなお姉さんを想像してたんですけど、最近の雪女さんはショートカットが流行りなんでしょうか。
しかも、身長とかも私とあんまり変わんない感じです。
「まあ、寒いから中にお入りくださいな、溶けてしまわないのであれば」
ガスコンロを点火して、私は雪女さんを近くに招きました。
「あ、どもども」
「熱いの大丈夫なんですか?」
「あ、そういえばうっかりしてました……むぅー、大丈夫みたいです」
致命傷になるかもしれないのに、うっかり八兵衛よりもうっかりな雪女さんみたいです。
「それにしても、雪女さんはどうしてこの山小屋に?」
「え? あ、えっと、その、この辺は私のテリトリーなんですよ」
「雪女さんにもテリトリーがあるんですか」
「もちろんですよ、ベテランになればなる程、山小屋の多いトコを担当するし、ノルマも大変なんですよ?」
雪女さんノルマって、やっぱり凍死させる数なんでしょうか。となると、私達もノルマの足しにされちゃうのでしょうか?
「あ、大丈夫ですよ。私は今月のノルマはクリアしましたから。それに、無用な殺生は御法度なんですよ?」
「それなら安心です。意外と雪女業界っていうのも、しっかりと管理されてるんですね」
「ええ、もちろんですとも」
それにしても、この雪女さんとは初めてと思えないくらい、息投合しちゃいました。
もしや、物心が付く前に生き別れた姉妹とか、そういう隠れ設定はありませんか?
「おっと、そろそろ日の入りですね」
雪女さんの発言で気づきましたけど、すっかり吹雪が収まった雪山に、太陽の光が燦々と降り注いでいました。
「おおお、これなら問題なく移動出来そうですね」
「おや、どこかに行くのですか?」
「ええ、実はこの近くにホテルに用がありまして」
「おお、それは奇遇。実は私もホテルに用事があるんですよ」
「まさに奇遇ですね。では、ご一緒にホテルへと向かいませんか? 実は、道に迷ってしまっていて、ホテルの場所がよく分からないんですよ」
「いいですとも、ご一緒しましょう」
おお、なんと心の優しい雪女さんでしょう。
こんな方が、夜な夜な人を凍死に追い込んでいるなんて思えません。
小林先生はどうやらまだ眠っているご様子なので、私は置き手紙を残して雪女さんと一緒に出発しました。
「こっちですよ。こっち」
さすが雪女さん、自分のテリトリーと主張してるだけの事あります。
昨日は全然辿り着けなかったホテルを、たった二時間弱で辿りついてしまいました。
というか、こんなにも奥地に迷ってたんですね私。
ここまで来ると、人の賑わっている声も聞こえてきます。
そして、その中にもちろん見覚えのあるご尊顔の方が居ました。
「あ、あれってもしかして……」
スノーボードを装備して、リフトに乗ってこちらに向かっているのは……。
「やっぱり先輩だ、せんぱあっ!」
呼ぼうとする私を突き飛ばし、雪女さんが先輩に向かって全力で駆け抜けていきます。
「せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁいいい!!」
って、うぉぅ! まさか雪女さんがホテルを目指してたのって、先輩狙いですか!?
こりゃ、負けれないですよ!
先に出発した分、雪女さんの方が有利です!
まったく差が縮まりません!!
でも、雪女さんには悪いですけど、私は先輩関連であれば相手が誰であろうと、どんな手段を投じても勝つ気満点なのですよ!
「という事でドロップキック!」
使用は先輩オンリーと誓っていたドロップキックですけど、本日だけ特別解禁です!
「うぎゃっ!」
見事に命中して、雪女さんは白銀世界を転がってフェードアウトしていきます!
さあ、これで邪魔者は去りました!
あとは、当初の予定通り、『ドッキリ! 偶然ですね先輩、偶然ついでに一緒にゲレ(中略)ンデが溶け尽くすほど滑り倒しませんか作戦』を決行するだけなのですよ!
「せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーいぃぃぃぃぃ!」




