第一話「手作りお菓子を召し上がれ☆」【本番当日】
「せんぱーい♪」
声が早いか、足が速いか。
いや、そんな事はどうでもいい。
どうせ、俺は背後からの一撃で吹っ飛んで、校庭の花壇にダイビングをかましてるのだ。
「ありゃ? 先輩、ねんねの時間だったんですか?」
誰のせいでねんねしたんだよ!?
「もぅ、いくら朝で眠いからって、登校中にねんねなんていけないんですよーっ?」
だから、誰のせいで……まあ、いい。
自分を納得させて立ち上がり、バックアタックを仕掛けてきた相手に顔を合わせた。
俺よりも頭二つ分低いチビ助ショートボブ、色白でくっきりとした目と鼻を持った子だ。
高校の制服を着用しているが、その容姿のせいで高校生というよりも、中学生に見える。
「おはようございます、先輩っ!」
先程の一撃などなかったように、ヒマワリみたいな明るい笑顔で答える後輩。
俺に攻撃を加える輩など、問答無用で卍固めの刑にしてやる所だが、この笑顔を見てしまうと、その気も失せてしてしまう。
「おはよう、後輩。今日も蹴りの切れがいいな……」
鈍痛が走る背中を撫でながら、俺は後輩の足を見る。
この細っこい足のどこにあんな蹴りを繰り出せるというのか。
本当に世の中とは分からない事だらけだ。
「はいっ! ありがとうございますっ!」
律儀に頭を下げ、少し恥ずかしそうに後輩は俺に話す。
「この間、やっと一撃で大木を蹴り倒せるようになったんですよーっ! 先輩、今度お暇があったら見てみませんか? ほらほら、あそこの……」
後輩の指差した先には、この学校で一番古い、樹齢うん百年とか言われてる桜の大木がどんと構えていた。
「あの桜をへし折ってみせますよっ♪」
「……」
いくら蹴りに切れのある後輩でも、あんな大木をへし折る事は出来ないと頭で思う一方で、コイツならやり兼ねんと思えてしまう。
「そういえば、先輩聞いてくださいよーっ。ってか聞かなくても耳の鼓膜を直接振るわせて聞かせますけど」
どういう手法を用いた聞かせ方なのか非常に気になるが、実行されると怖いので、俺はうんうんと頷いて話を促す。
「実は実は、昨日初めて、お菓子作ったんですよーっ」
またヒマワリスマイルを輝かせる後輩に、俺は少しばかり驚いた。
「ほぉ、後輩がお菓子を」
「ですです、なので……」
後輩は肩から提げていたバッグに手を突っ込んで、何かを探してるご様子。
「実は、先輩に食べてもらおうと思って持ってきたんですよーっ」
おぉーっ、なんて先輩思いな後輩なんだ。
俺はウキウキとした気持ちで、後輩が取り出すお菓子を頭の中で想像する。
やはり、手作りお菓子の定番といえばチョコ辺りか?
後輩は目的の物を鞄から取り出すと、俺に自慢げに見せつけた。
「じゃじゃーんっ! どうですかーっ!」
「……おい」
「あれ? どうしたんですか先輩?」
心配そうに上目遣いで俺を見つめる後輩。
ますます可愛さがアップしてくるというのに、その手に持ってるのは……。
「おたまじゃねぇーかーっ!」
そう、後輩が手に持っているのは、どこの家庭にもありそうなおたま。
このおたまのどこがお菓子だというのだ後輩よ?
「ええーっ、よく見てくださいよぉ――っ♪」
「いや、どこからどうみても、おたま意外の何者でもないぞ後輩?」
「むーっ、違いますよー。立派なお菓子ですよーっ!」
お菓子と主張する後輩には悪いが、目を凝らしても、瞬きしても、焦点をずらしても、その手に持っているのはおたま以外の何物にも見えないぞ。
「で、これの何処がお菓子だっていうんだ?」
「お菓子ですよ?」
「……まさか、このおたまごとお菓子だとかいうオチはないだろうな?」
「もーっ、先輩ぃ~っ。どこを観てるんですか? ほらほら、おたまの掬うところ、よぉ~く見てくださいよ~」
「うん? 掬うところを?」
見てみると、確かに下の丸く物を掬う所に、黒い物体が張り付いてるのが確認出来た。
多分、後輩に言われなければ、ただの焦げだと断定するだろう位に黒々としている。
「とりあえず、初めに聞くが……」
「なんですか?」
「何を作った?」
「べっこう飴ですよ、先輩知らないんですか? おっくれってるーっ!」
そう言って俺を指差して、後輩はケタケタと笑い出す。
いや、べっこう飴位知ってるぞ?
だがしかし、少なくとも俺の知っているべっこう飴は、こんなにも黒くない。
「というわけで、先輩、食べてくださいっ♪」
「何を?」
「もぉっ! 何をじゃないですよ! これに決まってるじゃないですかーっ!」
「いや、俺甘いの苦手で……」
というか、そんな炭もどきを俺に食わせようとするなよ後輩。
生命の危機を感じてきたので、さっさとこの場を離脱しようとしたが……もちろん、後輩がそれを見逃す訳などない。
「逃げちゃ駄目ですよぉーっ!」
言い終わるのが早いか遅いか。
どこから取り出したのかも分からないロープが俺の腕を捕まえた。
「お、おいっ!?」
「どうですか、私の手編みのロープ!」
これも手作りかい!?
「実験では、象が引っ張っても千切れない優れものなんですよーっ! ほらほら、観念してお縄についてください、ほらほらぐーるぐるっ♪」
完全に縛られて地面に転がった俺を、おたま片手に見下ろす後輩。
なんか凄い絵になっているが……周りの連中もこの異常事態を無視するなよ!
「大丈夫、初陣の気持ちで挑むと良いって、私のお母さんが言ってました♪」
食べるのに初陣もくそもあるかよ!?
というか、そんな危険な教えを娘に説くなよお母さん!!
「さっ、先輩……あーん、してください」
ゆっくりと俺の口元へおたまが……黒き物体が迫り来る。
「ちょっと温度設定を失敗して黒くなっちゃいましたけど、原料はお砂糖だから甘いですよ、セーフですよ、セーフ」
いや、完全アウトだよ!
この光沢のある黒が、その証拠だよっ!!
逃げようともがいてはみるが、固結びされた縄は俺の力ではびくともしない。
「せんぱぁ~~い、あ~~~~~んですよーっ」
おたまの先端と俺の唇がゆっくりと触れあう。
まさに死へのカウントダウンまであと少し……と思ったその時。
――キーンコーンカーンコーン。
授業開始を知らせるベルが響き渡った途端。
「あっ!」
後輩が飛び跳ね、口元に手を当てて慌てふためく。
「いっけなーい! 今日の一限は目体育だったんだーっ!」
「そうだな、どうやら皆もう集合してるようだぞ」
グラウンドの方には、体操服に着替えた生徒がチラホラ見える。
「あわわわわわっ! 急がなくっちゃ!」
そうだそうだ。急げ急げ、俺の事は構わず早く急げ後輩。
あと、二度とそのお菓子もどきは俺の前に出すんじゃないぞ。
「それじゃあ先輩っ、私すぐに着替えないといけないんで、また後で!」
「おう、またな」
猛ダッシュの後輩を見送って、生命の危機は去ったと安堵する俺ではあったが。
「……ちょっと待てやぁぁーっ!?」
致命的なミスをしている事に気付いた。
そして、気付いた頃にはもう遅い。
遠退く後輩。
鳴り終わるチャイム。
縄で縛られたままの俺。
「せめて、俺の縄を解いてからいけぇぇぇーっ!!」