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永獄のユートピア  作者: 麻埜ぼったー
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いつまで続くか分からないこの非日常に終止符を打ったのは、智花だった。



いつものように、検査の為に海から出されたのだろうと思っていた俺は、

ガチャリと扉の開く音と同時に走りこんできた智花が


「綾、今日で退院だよぉ!おめでとうー!」


と叫びながら俺の体に飛びかかってきたことで、この生活の終わりを知った。


この言葉に、俺は当然耳を疑う。


「ホン、トに……俺、今日で出られるのか?」


めでたいめでたい、と言いながら笑顔で頷く姿を見て涙があふれてきた。

智花が俺に嘘をつくはずがない。

俺はこの嘘のような話を信じることにした。




長いようで、とても短くて……しかし気が遠くなるくらい長い年月をここで過ごしてきた。


「ありがとう…最後まで俺を信じてくれたのはお前だけだった…」


「お前に……智花にまで見捨てられてたら、とっくに俺は発狂してたかもしれない」


親には見捨てられ、教師やその他の人間には俺の無実は全く信じてもらえなかった。

見舞いに来てくれたのも、この数年間智花ただ一人だ。


うんうんと頷き、俺の体から退く智花は、

しかし、俺の感動をいとも簡単に打ち崩す一言を放った。




「うん、まぁね。だってあれやったのおれだしぃ」




「は……?」


智花がするりと言った言葉。

予想だにしていない言葉に目を見開くことしかできない。

口から何かが出てきそうなのに

そこから意味のある音は全く作られなかった。


「綾が犯人じゃないって、おれ知ってたもん」


情報の処理が追いつかない。

脳が受け入れを拒否するかのように、全く動かなくなった。

はくはくと唇が上下に動き続ける。口内がどんどん乾いてくのがひたすら不快だった。






「な…んで……そんなこと…。殺したいほど動物が嫌いだったのか……?」


ようやく出てきた言葉は、智花を責める言葉ではなかった。


未だに信じられない。

智花がそんなことをしたということが。俺をハメたということが。


「別にそういうんじゃないけどぉ……。あれには特に理由なんてないんだよぉ?」


「うーん…あえて言うならぁ…。おれ、何かに依存してなきゃ生きていけない生き物って嫌いなんだよねぇ」


「犬とかぁ、猫とかぁ、赤ちゃんとかぁ、老人とかぁ……」


矢継ぎ早に言葉を並べ、指折り数えていく智花が、得体の知れない何かに見えた。


「やっぱりそういうのって綾だけで充分だしぃ」


イライラしちゃってたんだよね。

と、いつもと変わらずへらへらと言う智花に、俺は凍り付いた。




「……最初から、…俺に罪を擦り付けるつもりだったのか…?」




俺が鬱陶しくて、排除したいと思うくらい――


「え?ううん。そんなことはないよぉ」


なんて言うか…、と智花は顎に手をやり考え込んだ。


「丁度、よかったんだよねぇ」


「――」


その言葉に再度俺は言葉を失った。

智花にとって俺は、その程度の存在だったんだ。

鬱陶しくなって、嫌いになって、そんなことを言われるよりよっぽど残酷じゃないか。


「おれ、あんな事で沈められたくなかったしぃ」


「…………」


なんだよ


「ふふ、おっかしいよねぇ。おれ、全っ然疑われなかったんだよぉー?ちょーっと真面目に生きてただけなのにねぇ?」


「それなのに、たくさんたくさん疑われた綾ってかわいそー。不真面目って損だねぇ?」


なんだよそれ




……そんなことで……俺はあんな海の底で何年も過ごしたってのか……?






「そうだよ全部綾が悪いんだよ。ねぇ、綾もそう思わない?」


そう言われて頭が真っ白になった。

それが怒りからなのか何なのかわからない。

しかしその言葉を聞いて、俺の心臓は焦るようにその動きを早めた。



「だってさぁ、綾が疑われたのは綾が悪いんだよ? 綾ってばさっきからぜーんぶおれが悪いって顔だよねぇ? 」


「……っ!」


……なんで俺が…俺が!そんなこと言われなきゃいけないんだ……!?

悪いのは全部自分だろ……!?何訳わかんねぇこと言ってんだよ……!

お前は異常者なんだよ!特に理由もないのに動物を虐殺するような!



そう頭では思うのに、その中の一つとして俺の口から放たれることはなかった。


恐いから。智花が恐いから。


だって智花は言ったんだ。

「動物を殺すやつはいつか人間も殺す」って。




「図星でしょ」


「ホントさぁ、綾ってわからない。綾の言ってることはまるでわからないよ。昔からね」


わからないのは、こっちの方だ。

ずっと智花の考えてることは全部わかっているつもりだったのに。



なんなんだよ、これは。




「でもね、おれ、綾には悪いことしちゃったなーって思って凄い頑張ったの!綾のタメに法律まで変えたんだよぉ!」


まるでこちらが全て悪いのだとでも言うような智花の言葉に、ひたすら頭が痛くて耳を押さえた。

恐怖を抑え、やっとの思いで口を挟む。


「……なにが…俺のタメ、だよ……」


「冤罪ってわかったからこんなに早く出てこれたんだよぉ?」


全く悪びれもせず言う智花に寒気がした。

腕の先から鳥肌が立っていく。


「っ沈めよ……沈められろよ!!お前なんかいなくなっちまえばいいんだ…っ!!!」


叫ばずにはいられなかった。

とにかく智花を責めたかった。


「えーっとぉ……それは、無理かなぁ」


俺の悲痛な叫びにも、全くダメージを受けていないのか

聞き分けのない子供に言い聞かせるように、少し困ったような笑顔をして言う智花に、

腹の奥から内臓の煮えくり返るような衝動が起こる。


「っ何でだよ!!お前が罪を犯したのは法律の変わる前だろ!?なんで沈められないんだ!!!」


「んー…。新しく沈めることは法律で出来なくなっちゃってるからぁ。

それにねぇ、おれあの時子供だったからさぁ…今の法律でも罰せられないんだよねぇ」


頭が痛くなった。

智花の語る内容にもだが、俺たちの温度差に。


「みんな単純だよねぇ。誰かがそれをおかしいって言い出したら、みんな一斉におかしいって言い出すんだぁ」


「みーんな、長いものに巻かれてるだけなんだよ」


「人を殺すって、まずその人と自分をはっきり区別しなきゃいけないんだよ。

ましてや無差別や大量殺人だったら、それは区別じゃなくて一つの独立で孤立……」


いつの間にか智花の語尾が伸ばされなくなっていた。

気になって顔を伺うと、いつもへらへらしていたはずの笑顔が……なかった。

その変化にゾッとする。

いつから、こうだったんだろう。



「世界の『長いもの』に巻かれず、他者との区別をはっきりつけてるあたり、

殺人者の方が社会における正義とも言えない?」


「……」


それは流石に、極論すぎる。

でも俺には、この状態の智花に抗議する気力も勇気もなかった。


「おれはね、正義なんかにはなりたくはないんだ。

でもね、長いものにはちょっとなりたかった。社会のルールが変えれるくらいのながーいものにね」


なんでかわかる?智花はにっこり笑って言った。


「一つの間違ったことを正すには、周りのみーんな変えちゃわなきゃいけないんだよ」


「おれ的には、この結果は万々歳なんだぁ。綾もちゃんと帰ってきたし」


「他の出てきた人たちは、異常者扱いでちょっと差別されてるけど…綾は大丈夫。冤罪だって証明されてるから」


「もしかしたらそれでも思い込みとか偏見で差別されるかもしれないけど……」


「でも大丈夫だよぉ。綾にはおれがいるから」


「ね、安心して?」


そして、智花は手をこちらに伸ばして……言った。



「大好きだよ、……綾?」


大好きだよ、という智花の声が頭の中に反響する。

どろりと絡まる甘い蜜のような声。


まるで豆腐のように柔らかく冷たい地面の中を、ずぶずぶと沈んでいく自分の姿が見えた気がした。


その中で何とかして声を出そうともがく。


「……嘘だ…」


かすれた声も、今の俺の姿も、酷く滑稽だったのだろう。

智花は笑っていた。


智花がゆっくりと口を開く。


『――』


唇の動きを一つ逃さず目で追った。

もう耳さえその仕事を果たそうとしないようだ。


『嘘ばっかだけど』


『全部』


『ホントだよ』


智花はずっと笑っていた。


その言葉の真意がなんなのか、俺には全く理解できなかった。




ああ、あの時落ちてきそうだと思った空が 今はこんなにも遠い


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


この作品は、ゲスBL企画様という素晴らしい企画に提出させていただいた作品なのですが……

あれは双方依存と執着で…依存と執着はラブではない、という前提が私の中にあるので、BLかと聞かれると「ん?」となる自分がいます。

もちろん、依存も執着も恋愛感情も元を辿れば皆狂気の沙汰!ならば全ては同一である!という前提の基ではこれは完全にBLです。

作者としては、どちらと判断していただいても構いません。

ラブじゃないなら智花の行動は?言動は?という疑問が出てきそうなので少し解説しておくと、


あれは一種の反動形成です。

反動形成とは、嫌いな相手に何故か優しくしてしまう、という心理学でいう防衛機制のひとつなんですが……智花の場合、反動形成を反動形成と気づかず、自分の行動をそのままの意味で捉えて勘違いしている状態です。

ペット類とか、依存しないと生きられない生物は嫌いだけど綾は好き。依存するとこも含めて可愛い。みたいに思ってます。自分ではその矛盾には気づきません。


また、人間は自分の嫌っている自分の一部分を表に堂々と出しているヒトを無意識に嫌う、という心理から(簡単に言うと同族嫌悪みたいなものですかね)、智花は綾のことを嫌っています。


つまり、一番人に依存してないと生きていけないのは花ちゃんだった、って話ですね。

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