表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永獄のユートピア  作者: 麻埜ぼったー
2/5

2

朝、家の近くのゴミ捨て場の前に

首のない猫の死骸が落ちていた。


俺はただ、目をそらすことしかできなかった。




*****




朝から嫌なものを見た。

授業なんて受けていられず、俺は朝から屋上に一人籠もっていた。



猫の首の断面が鮮明に脳裏に再生される。

胸くそ悪さに我知らずタバコを噛みきった。


苦みが口いっぱいに広がる。

眉を寄せ、感情のままにそれを吐き捨てた。



「くそっ!くそっ!!」


地団駄を踏むようにタバコを踏みつけ、頭を抱えてしゃがみ込む。

腹の底に溜まった訳の分からないものが、どろりどろりと俺を笑っている。

そんな妄想に捕らわれた。



鼻の奥がツンとする。

タバコも屋上も、今の俺を癒してはくれなかった。






「りょう……?」


いつの間にか屋上の扉が少し開いていて、そこから智花が遠慮がちに覗いていた。



顔の筋肉が緩むのがわかる。

はっとして、急いで目の端を拭った。


「智花……なんだよ、そんなところで。こっちこいよ」


「うん……」


遠慮がちな態度を変えず、そろそろと近寄ってくる。


「綾、顔色悪いよぉ。体調悪いの…?」


言われて無意識に顔に手を触れさせた。

……よくわからない、が…そこは汗でじっとりしていた。


「……なんでもねぇよ。気にすんな」


なぜか目を合わせていられなくなり、

智花から目をそらした。



智花は黙って俺の隣に座った。

いつもの距離。

隣に感じる体温にひどく安心している自分がいた。




しばらくして、よくわからないキモチワルサが去った頃

智花が躊躇いがちに口を開いた。


「あの、ねぇ。おれがここに来たの…先生が綾を呼んでたからなんだけどぉ……」


今は無理だよね、とおずおずと眉を寄せながら言う。


明らかに気を遣わせてるな……。

智花には迷惑ばかりかけている気がする。

だからといって、センコーの呼び出しに応じる気はまるで起きなかった。



*****



二人並んでしばらく空を眺めていた。

智花はいつも…何も言わずに俺の側にいてくれる。

その心地よさに、自然と俺の口は言葉を紡ぎだしていた。


「今日……な。朝、猫の死骸を見たんだ」


「うん」


「それからずっと胸くそ悪くて……」


「綾、動物大好きだもんねぇ」


智花が茶化すように言う。

妙に気を遣わないその態度にひどく安心した。


「……ちげーし」




そこでふと思い出したことを口に出す。


「そういや智花は動物あんま好きじゃねぇんだっけ」


智花の母親が犬を飼いたいと言い出したのを、

癇癪を起こしてまで大反対していた姿は、記憶に新しい。


「あー……犬とか猫とかぁ、かわいーなーとは思うんだけどねぇ…あんまり近づきたくないって言うかぁ……」


眉を寄せて口をまごつかせる。

その姿に最早違和感はないが、昔からこうだった訳じゃないような気がする。

先ほど脳内に浮かんだ情景も、確か中学の頃だったはず。


俺の知らない何かがあったのか…?

今更ながらに、俺は疑問を抱いた。


「とりあえず、おれには綾だけで充分な――『ガンガンガンガン!!』」


突如鳴り響いた重い金属音に智花の声がかき消される。

それまであった和やかな雰囲気は、俺の疑問ごと霧散した。



ガシャン!!


「いました!!こいつです!!」


!?

突然屋上に飛び込んできた人物は、俺を見るなり指を突きつけて声を張り上げた。



そのままズンズンと近づいてきたそいつは、俺の腕をつかむなり握り潰さんとばかりに力を込めてきた。


「……っ」


「なんで、来なかった」


その発言で、ようやくこの人物が担任だとわかる。

こいつ、もっと大人しいヤツじゃなかったか…!?


開けたままの口は不完全な開閉を繰り返すだけで、何も言葉が出てこない。

完全に気が動転してしまっていた。



「やましいことがあるから来なかったんじゃないのか?」


「そ、んな……」


そんなことない、とキッパリと言ってやりたかったのに、

教師が来たということにヤバいと感じた俺の脳は、俺の意志の外で勝手に目を動かしていた。

――タバコの吸い殻の方へ



いきなり反らされた視線に違和感を感じたのだろう。

担任は俺の腕を掴んだままそれを追う。



「ふぅん……?」


ぎり

だんだんと緩くなっていたはずの手に再び力が込められた。


「タバコに…菓子の袋……ね」


見下すように視線を向けてくる担任を睨みつける。


「っこんなんどうせ……みんなやってるだろ……!」



俺のこの言葉に重ねるように、聞き覚えのない声が乱入してきた。


「それは本当ですか?この学校の生徒はそんなことをしてるんですか?」


全くの予期せぬ新人物の登場に、気が抜けてしまう。


その人物の声は俺にはよく聞きとれなかったのだが、担任にはよほど効果のある発言だったらしい。


「い、異常者の戯言だ。自分に都合のいい妄想でもしているんだろう!!」


「……は」


俺みたいなやつ、他にもたくさんいるだろう?

何言ってるんだ?どっちが妄想だよ。


「いいか、樫原。タバコや酒をカッコいいと思うことがまず病気なんだ」


「それだけならまだしも、殺しにまで手を出すなんて……。動物だとしても許されることじゃないの、わかるよな?」


顔も見ていたくないとのでもいうのか、苦々しい顔で担任が目をそらす。


何言ってるんだ……?

こいつは、何の話をしているんだ……?


「ああ、こいつは前々から何かやらかすんじゃないかと思っていたんだ……」




「せ、センセ!!綾じゃない!綾じゃないよ!!」


それまで放心したように全く身動きしていなかった智花が、

気を取り戻したのかいきなり慌てだし、俺と担任の間に立つ。

まるで俺をかばうかのようなポーズだ。


「このお菓子も、おれで……!それで…!」



担任が智花を見る。

とても哀れんだ顔で。


「野垣、お前がこいつと仲がいいっていうのは知ってるが……何もかばうことないんだぞ?」


「それとも脅されてるのか?」



「ちが……っ」


「大丈夫、先生は野垣がそんなことしないって知ってるから」


「でもな、友達は選ぶべきだ。こんなヤツの近くにいちゃダメだからな」


「先生っ!!!」


「うんうん、話は後で聞くからなー。ちょっと今は黙っててな」



何を言っても無駄だと悟ったのか、智花は打ち沈んだ顔でこちらを向く。


「綾……」


智花は泣きそうになっていた。


一方俺の方は……落ち着いていた。

人間、他人が慌てているのを見ると冷静になってくるものらしい。


「智花は……信じてくれるよな」


ぶんぶんと音が鳴りそうなほどに首を縦に振る。


「おれは……綾は絶対そんなことしないって知ってるよぉ……」


それきり智花は押し黙ってしまう。



その間も担任たちの話は続いた。

俺のことは放置らしい。


「なんでもっと早く言ってきてくれなかったんですか。異常者が野放しになってたんですよ?」


「いや、こちらとしてもなるべくなら学校関係で問題を起こしたくなく……」


担任と一緒に居る人物はどうやら警察関係の人間のようだ。



俺は……捕まるのか?やってもいない罪で。

確かにタバコは吸ってたかもしれない。酒も飲んでた。


でも……

それはみんなやってたことじゃないか。なんでオレだけ、こんな目にあわなきゃいけないんだ。


俺が犯罪者なのか?異常者?まさかだろ。


捕まれたままの手では頭を抱えることすらできない。



――なぁ、誰かこれが夢だと言ってくれ――




この場で否定の言葉をくれるはずの唯一の人間は、ただただ下を向いて肩を震わすのみだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ