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永獄のユートピア  作者: 麻埜ぼったー
1/5

『空が落ちてきそうだ』



そんな不安が心を走った。



空はあまり好きじゃない。

タバコの煙の先に見えるそれはいつだって どこまでも広く、明るい。

それを意識する度に、自分の吐き出す煙が酷くちっぽけなものだと思い知らされるようだった。



タバコは好きだ。

肺を満たす紫煙は、心まで満たしてくれる気がした。



好きな物と好きではない物。しかしその二つはどうも相性がいいようだ。


「はぁ」


肺に溜まった煙を吐き出す。

煙は瞬く間に空に溶けて視界に映らなくなった。


俺の中でタバコと空はセットなんだ。と一人納得する。

満たす物と奪う物。それはどう加算された結果なのか、俺の中に安らぎをもたらしていた。きっと片方だけではそうはならないのだろうと何の根拠もなしに考える。




屋上の解放感は、この世界から自分という存在の密度を下げてくれるような気がして好きだった。何よりタバコを咎める相手が誰もいない。

家よりもどこよりも心が安らいだ。



柵に寄りかかりぼんやりと空を眺める。


「落ちてくるなよ」


意味なんてないと分かりながら空に釘を打った。




カンカンカンカンッ


突然金属を強く叩くような音が響いた。

不意の出来事に体が強ばる。


これは……誰かが階段を上がってくる音だ。


巡回の教師でも来たのだろうか?

焦ってタバコを下に捨て、足で火をもみ消す。


それと同時に出入り口の扉が開いた。


「りょうー!」


……なんだ。

予想に反し、屋上に飛び込んできたのは幼なじみの野垣智花だった。


「……驚かせるなよ。センコーが来たのかと思ったじゃねぇか」


非難するような目を向けるが、智花には対した効果もなく、

至って平然とした顔でこちらに向かってきた。



「またタバコ吸ってたのぉ?」


呆れた、といったような表情で近づいてくる智花は、それでも俺を咎めることはしない。


……一応この国では未成年での飲酒や喫煙は禁止されている。

見つかったら確かにヤバいのかもしれないが・・・こんなん高校生にもなりゃ誰でもするだろ?

先輩たちも普通に卒業していったし、社会に出てから真面目にすれば大丈夫だろう。

そう軽く考えていた。



「いつものことだろ」


そう吐き捨てると、


「まぁそうなんだけどねぇ。……いつか罰が当たってもおれ知らないよぉ?」


と、呆れた表情のまま釘を刺された。


それを聞き流し、へいへい。と言葉を返す。



俺のその行動にさして気分を害した様子もなく、

懐から取り出した棒付きの飴のビニールを剥いで、当然のように俺の立つ隣に腰掛けた。


美味そうに飴をくわえる横顔に、今度はこちらが呆れ顔になる。


「そっちこそ、風紀委員長ともあろう御方が校内に菓子なんか持ち込んでいいのかよ」


俺の嫌味には全く耳を貸さず、ふふん、と笑った智花は、

へらりとした顔で言い切った。


「いーのいーのぉ。ばれなきゃねぇ」


随分と適当なもんだ。

しかし世界なんて大体そんなもんなんだろう。






「ねぇ、知ってるー?」


ゆったりとした時間が流れる中、突然智花が口を開いた。


「何だ?」


「最近ねぇ、このあたりで動物の変死体が見つかるんだってぇ」


怖いねー。と軽口を叩く智花は、さして怖がってもいないようで、

いつも通りのへらへらとした笑みを浮かべていた。



しかし、動物の変死体……ね。

こんな田舎にも異常者なんているもんなんだな。



「うちの委員会の子たちが今、犯人探しにやっきになってるの。死骸を埋めてあげたりとかもしてるんだよ」


「へぇ。……馬鹿馬鹿しいな」




「ほっといてもそんなことするような異常者、直ぐに捕まって沈められるだろ」


「……それもそうだねぇ」



この国には刑務所がない。いや、この星には……なのか?

詳しいことは知らないが、俺の生まれるずっと昔

『人口の増えすぎた地球において、少しでも人間の生活する土地を確保する』

という法規が世界単位で取り決められ、

刑務所が取り壊され、『罪人は海に沈めて管理される』

ことが決まった、と授業で習った覚えがある。


……犯罪を犯すような奴は病気なのだからそんなことされても仕方ないのだ、とも。



そして、罪人を管理する場所……ディアコニアができた。

ディアコニアとは、海の一部だ。

海を切り取るようにして囲いを作り、その中に特殊な培養液が海水と同じように入っている個所を指す。

罪人はそこに酸素マスクだけつけた状態で放り込まれ、牡蠣の養殖のような形で管理される。

意識を保つことさえも許されず、刑期を終えるまでは永遠に海の底。


疑わしきは、罰せよ。

地上には罪人や、それと思わしき人物を住まわせておくほどの場所はないのだ。

『少しでも、数を減らす』

これは俺たち人間が生活していく上では必要なことだった。


そのようなことを知っていながら罪を犯すようなやつは中々いない。

それでもダメな奴は病気なんだ。だから問答無用で海に沈める。

治るまでは、出てこない。


世界は比較的平和になった。



死刑だ。なんて言ったら文句が出るが、

ただ何年か海の中で眠ってもらうだけ。なら文句なんて出ない。



世界は一気にそういう考えになったのだ。




まぁ俺には関係ない話だが。

言ってしまえば、犯罪さえ起こさなければこの世界は人間にとってとても居心地のいい場所だ。

そう、ここはユートピア。ユートピアなんだ。




「あ、でも殺人犯は最初に動物を殺したがるー、とか言うし、綾も登下校とか注意するんだよぉ?」


「智花の方が危なそうだがな」


「そっかなー?」


おれ案外強いんだよ?と言って筋肉を強調するようなポーズをとる智花を眺めながら、

この平和な時間がいつまでも続けばいいと思った。



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