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遊便屋  作者:
第一章 トルマリンにエメラルド
1/3

プロローグ

 明日は私の誕生日。

 といっても本当にその日に生まれたのか、私にはわからない。

 だって覚えてないから。

 生まれた時私はギャアギャア泣いて、疲れて寝て、お乳飲んで、また寝て、それを幾らか繰り返して……って感じたと思う、多分。いつの間にかそんなの忘れてたから気にもしてなかったや。多分私は小さい時、あまりお乳とかご飯とか食べたり飲んだりしなかったから、今こんなにガリガリなんだと思う。もしかしたら昔、沢山泣いたから目の色が青くなったのかも、多分。

 おっと、そんな予想想像妄想してる場合じゃなかった。

「お母さーん、ヤギのミルクのチーズと烏骨鶏うこっけいの卵だっけー?」

 確かお使いを頼まれてたんだった。明日の私の誕生日のために、お母さんがケーキをつくってくれるらしい。今まではケーキとか毎年つくってくれなかったし、まず料理が不得意。洗濯やお掃除も苦手だったけど、今は気がついたら服がたたんであるし、部屋も綺麗。

 そういえば、最近お母さん少しおかしいな。

 あまり喋らなくなったし、というか声を出さない。バタバタとかドンドンとかの擬音が似合う足音も聞こえなくなり、落ち着きがある。三日に一回は手が滑っちゃった、とか言って皿を割ってたのにそれもなくなった。靴は左右反対に並べていたのに、今は完璧。

 今までは元気に走り回って、良いお天気だよって言ってたけどそれもない。毎日欠かさず水やりして、大切にしていた、花々が枯れてる。ご飯が余る。完全オリジナルで即興でつくった鼻歌も聞こえない。いつもあんなにニコニコしていたのに、今は全然笑ってない。

 というか、お母さんを見てない。

 あれ、もしかして、

 さっきの私の質問にも返事が帰ってこない。いつもはそうだよーってすぐ返ってくるのに。

 おかしいのって、

 手から力が抜け、持っていたカップが落ちて割れる。


——三日前、お母さんは死んだ。

 急病だった。買い物へ行っている途中、道端で倒れ、そのまま死んだ。

 都会の街並みへと足を運んでいたら、人が沢山いて、お母さんが倒れた時誰かが気付いて助けられたかもしれない。けれどここは大自然の中。お隣さんが徒歩二十分はかかる山奥。そんなところに都合よく人が通りかかるわけでもなく、倒れたお母さんの第一発見者は、帰りが遅いと心配して外へ出た私だった。

 涙は、昔泣き過ぎたせいかな、出なかった。

 とりあえずお葬式を、お母さんの身体を大地へ返そうと、部屋にあった小さくなってきれなくなった服、ボロ服、雑巾、暖炉用の木材、よくお母さんが飲んでいたお酒、火打石を持って、準備を始める。

 お母さんの亡骸の下や周りに服や布、木を置いて、お酒を全部ぶちまける。瓶の中身が空になったところで、お母さんがよくつけていたブローチを隣に置いて、最後に。

「ありがとうって、死んでから言っても意味がない訳じゃないよね。……ありがとう。私もいつかそっちへ行くから、それまで待っててね」

 そう呟いてから火打石を取り出して、火葬した。

 いつも羊とか牛とかのお肉は焼いて、しかも食べても何とも思わないのに、なんでお母さんを燃やすと悲しくなるんだろう。

 愛して、愛されていたから、なのかな。

 それとも、お喋り相手がいなくなって寂しいから?

……どっちも当てはまってる、はず。当てはまっていないと人間としての心がなくなっているかもしれない。そう自分に言い聞かせた。


 さて、特に涙とかが出るわけでもなく、自分がおかしいところに気がついたところで何をどうしようか。

 読みかけの本をダラダラと読む? あの話つまらないんだけどなあ。

 ならこの先の生活のために料理の練習? 干し芋とジャガイモ、パンと飲み水は沢山あるからしばらくはなんとかなりそうだからいいや。

 溜まっている洗濯物を片付けるとか? 面倒くさいなあ……。

——じゃあ、どうする?


「散歩をしよう」


 特に何も考えず、自分の直感と気分のままにふらふらと、長く深い眠りで見る夢のように、ゆっくりゆっくりと歩き続ける、そんな散歩をしよう。

 お母さんも散歩が好きだったし、私の直感を試してみたい。

 そうと決まったら準備だ。何事も準備がなければ始まらない。いきなり宇宙旅行に行きたいって言っても、地球が宇宙の中にあるということを知らなければならないことと一緒。あれ、地球って宇宙の中にあるから地球のどこかを旅行すればそれってもう宇宙旅行になるのかな。

 そんな私の個人的な考えは置いといて、早速私はタンスの中にあるお気に入りの花柄ワンピースを取り出して、着替える。しばらく着てなかったから小さく感じるのは気のせいかな。

 靴はいつもので良いとして、何か他に持ち物はあったかなあ……。

「あ、そうだ」

 本を買おう。唐突にひらめく。元々私の家には本があまりない。全部で五巻あるはずのシリーズものの本も二巻までしかないし、なぜか同じ本が二冊あったりする。私の日常での楽しみといえば食べる寝る遊ぶ読むくらいしかないので、一日に一冊読み終わるのだって難しいことじゃない。そしてこの前、ついに家の本を全て読み終わり、今では第二週目がスタートしている。……そろそろ新しい物語だって読みたい。足りない本を買って、続きを読みたい。

 ということで財布と本を入れるリュック、ついでに濃いめのお茶が入ってる水筒と予備のお金を持って行こう。

 散歩ついでに本屋、あとは公園でも見つけて日向ぼっこでもしようかな。


 ガチャリと鍵をかけ、しっかりと閉まったのを確認してから「いってきます」と家に向かって言った。

 もちろん、「いってらっしゃい」の声はなかった。鍵をかけてから、いってきますを言ったから? いやいやご冗談を。もうお母さんはいないんだよ。


 さあ、坂を下って目を開けたら、街に出るはず。実は坂を下るのは初めてだったりする。お母さんに危ないからダメよ、と止められていたから、私はお母さんが話してくれる『街』しか知らない。

……なんか、お母さんに悪いけど、お母さんが生きていた頃よりワクワクしてる。

 私は深呼吸をして、階段を駆け下り、坂の上で立ち止まった。

「……何か良いことありそう」

 心でそんな風に呟いて、私は坂を駆け下りた。

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