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「グランドキャニオン?」


 愛理には幸いにも颯太の呟きの意味が伝わらなかったのか、突然出た「グランドキャニオン」という言葉に首を傾げていた。


「い、いやなんでもない!」

「そう……それよりどうですか私のキュートでチャーミングでプリティーでセクシーでエロティックでエロティックなホーム画面は」

「さいこ――じゃなくて! おまえどんだけ自分のこと褒め称えるんだよ! 殆ど意味被ってるしエロティックにいたっては2回言ったよな!?」

「えぇ。大事なことなので2回言いました」

「なんなの!? おまえやっぱり痴女なの!?」

「城戸くんサイテー、女の子のこと痴女呼ばわりとかマジキモ~イ。マジアリエンティ~」

「はぁぁぁぁ!? さっき言ってたことと正反対過ぎるよな? 正反対過ぎてキャラも変わってんぞ!」

「……ん。ちなみにその待ち受けは城戸くんが勝手に変えられないようにパターンロックを掛けておきました。テヘッ☆」


 右手を招き猫のように丸め頭を小突くと、舌をチロリと控えめに出して微笑みを浮かべる愛理。

 ……いちいち可愛いんだよな。悲しいけどこれ演技なのよね。


「テヘッ☆ じゃねぇよ! なに勝手にしてくれてんだよ!」

「あら? 私の折角のありがた迷惑なんですから欣喜雀躍(きんきじゃくやく)していいのよ?」

「ありがた迷惑って自覚あんのかよ! (たち)悪いなおまえ! 喜んでないから小躍りなんてしねぇよ! それよかまだ聞きたいことがあるんだよ」

「まだなにかあるの? 登録名はちゃんと直したのだけれど」

「まぁ、まずこれを見てくれ」


 颯太が先程()()()改め愛理から送られてきたメールの文面を見せる。


「おまえアホなの? 小学生レベルの誤字だらけなんだけど、これってまさか……ボケ?」


 唯一の反撃の材料を糧に勇ましく雄弁を振るう颯太。最後の最後にキッチリとボケであるかどうかの確認をしてしまうのが、颯太の悲しい性であるのは言うまでもない。

 そんな文面を確認した愛理は小さくクスクスと笑うと、


「ボケではないから安心なさい。その程度の誤変換は想定の範囲内よ」

「……誤変換……だと?」

「えぇ。だって画面を見ないでそのメールを打ったのだから、変換がどうなっているかなんて分からなかったのよ。ブレザーのポケット内だったから」

「画面見ないでってエスパーじゃあるまいし、笑わせんなよ」

「…………」

「えっ? ……ジョークじゃないの?」


 愛理が何も言わず「なに言ってんのコイツ?」的な表情を浮かべながら颯太を見る。

 あ、あれれ? 確かにそういえばメールが来た時……隣に座ってたけど携帯なんて取り出してイジってなかったよな? もしかしてホントに画面見ないで打ったのか?


「メソッドとキー配置さえ憶えていれば画面なんて見ないでできるでしょう? 日常的に使うものなのだから憶えようとしなくても勝手に暗記してしまうけれど」

「……マジ!?」

「えぇ。スーパーウルトラハイパーマジよ」

「……そりゃマジだな」


 俺の反撃オワタ! 味なマネをしやがる!

 万歳をしながら叫びたくなる衝動に耐えて最後の話に移る。


「それと最後に俺をここに呼び出した理由はなんだ?」

「城戸くん、あなた飛んだこと言うのね。鳥頭(とりあたま)なだけに」

「うまいこと言ってやったみたいな顔すんなよ! 鳥頭でもなんでも()()()()だから早く言ってくれよ。(にわとり)なだけに!」


 どうよ!? 俺の高等テクニック。口頭なだけに!

 そんなしたり(どや)顔全開の颯太のボケに愛理は、


「……うざっ」


 という辛辣なツッコミをいれていた。


「なんでぇぇぇ!? その反応酷くないか? おまえのとそう大差ないボケをかましたつもりだったんだけど……やべぇ泣きそう」

「それで城戸くんをここに呼び出した訳だけれど」

「ちょっ! スルー!? 泣くよ? わりと本気で」

「さっきの話の続きを自称馬鹿の城戸くんに噛んで含めるように教えてあげようと思ったのだけれど、仕方ないわね……泣かぬなら泣かせてみせよう自称馬鹿」

「なにが仕方なくてその一句が生まれたんだよ!? おまえどこの戦国武将だよ!? 全俺が泣いたわ」

「泣いてないで正門を見てみなさい」

「な、泣いてねぇし!」


 愛理は顔を颯太に向けたまま、窓の外――正門を指差す。

 正門付近は満開に咲き乱れる桜トンネルに覆われ、春独特の柔らかい風が吹く度に花弁が陽光を浴びて、きらめきながら美しく舞っていた。


「桜……綺麗だな。花見でもしたら気持ちよさそうだ」


 そんな光景を率直な感想として口にする颯太。


「城戸くん? 私は桜を見なさいなんて一言も言っていないのだけれど」


 颯太から視線を外しそっぽを向いた愛理は不満を訴えるような声音で呟く。


「わりぃわりぃ。見上げるよりも綺麗に見えたからつい。んで、正門がなんだ?」

「……さっき中断した話の続きよ。この学園は特にこれといった特徴が無いのは知っているかしら?」

「あぁ。ちょっとした丘の上に建ってて桜が多いからってだけで、桜咲高峰(おうさきこうほう)なんて言う大層な校名が付けられちまうくらいに特徴が無いってことぐらいは知ってるぞ」

「……そういうことを聞いた訳ではないのだけれど。ねぇ、城戸くんはどうしてこの学園に入学しようと思ったのかしら?」

「そ、それは……」


 い、言えない! 中二病時代の痛々しい思考から誰も知り合いが進学しない高校を選んだなんて!


「……新しい環境で新たに人間関係を構築しようと思ったから……です」


 内心の焦りから敬語になりながら返答する颯太。


「そう。……要するに中学時代の人間関係をリセットしたかった、という訳ね」

「ハッ!? 何故分かったし!?」

「今城戸くんが自分で言ったじゃない。まぁ、そのことは追々事細かに聞くとして……」


 愛理はそこでいったん言葉を切ると、右手を軽く丸め手の甲で目の下辺りをクイッと……まるで()()()を掛け直すかのような仕草をした。

 ん? なんだ今の動作? 猫みたいだな……あぁ! コイツなんかに似てると思ったら猫か。気まぐれなところとか、猫まっしぐらじゃねぇか!

 愛理自身はその仕種を無意識に行ったようで、特に気にすることも無く話しを再開する。


「今の城戸くんの返答で改めてこの学園に特徴が無いってことが分かったわ」

「ん? どういうことだ?」

「普通の学校ならば、学力のレベルが高いから、であったり、部活動が盛んだから、という返答が来るものよ」

「……確かにその通りかもな。この学園って学力レベルもよくて上の下だし、部活動もインターハイ出場したとか甲子園出場した、なんてことは聞いたことないしな」

「でしょう? そのことに今更ながら経営陣は危機感を持ったみたいで、特徴作りにって部活動に力を入れるようになったのよ。そしてその結果がアレよ」


 再度正門を指差す愛理。

 先程は満開の桜に目を奪われて気が付かなかったが、どうやら大勢の生徒が桜トンネルの下にいるようだった。

 揃いのユニフォームを着た、野球部やらサッカー部やらバスケ部の生徒達。

 白衣を羽織った科学部にエプロンを身に纏った料理部。

 そして一際存在感を放っているのが畳まで持ち出して地稽古を披露している柔道部や剣道部。水泳部に至っては男女ともに競泳水着姿だ。


「ただの部活勧誘がどうかしたのか?」


 有り触れた部活勧誘の光景に疑問を口にする颯太。


「見てて分からないかしら? アレ、かなりシツコイの。中には仮入部と言って強引に正式入部させたりもしているのよ」

「おいおい、流石にそれはまずいんじゃないか?」

「普通ならばその通りなのかもしれないのだけれど、学園側は容認しているのよ。特徴作りのために」

「マジかよ」

「えぇ。スーパーウルトラハイパーデラックスマジよ」

「……デラックスが追加されるくらいマジってことか」

「城戸くんもあの中を通って帰るのは嫌でしょう?」

「あぁ。メンドイのは勘弁」

「それならば今後1週間は登下校時裏門を使うことね。1週間を過ぎれば勧誘期間は終わるわ」

「ちょっといいか? ……裏門ってどこなんだ?」


 正直に颯太が尋ねると愛理はゆっくりと瞬きをして、


「あら? 裏門の場所も分からないの?」


 と、確認するように小首を傾げる。


「すいませんね俺一応外部生なんで」

「……では、案内がてら私と一緒に帰りますか?」


 瞳に潤んだ底光りを灯しながら上目遣いに颯太を見やる愛理。

 肌理の細かい白磁器の様な肌をした頬に、ほんのりと桜色の花が咲いていた。


「一緒に帰るのは遠慮するとして、裏門までの案内は頼む」


 こんな目立つ奴と一緒に帰ったらどんな噂が流されるかなんて容易に考えられる。

 唯一の外部生の俺が平穏な学園生活を送るには、郷に()れば郷に従え。この一言に尽きると思う。


「……ちっ……ではいきましょうか」

「おぃいい! 今したう…………なんでもないです、すいません」


 舌打ちをした愛理が冴え冴えとした眼光を颯太に向けると、そのまま振り返りもせず空き教室から出て行ってしまう。

 愛理の足音だけが廊下に響く中、颯太は考える。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 俺、なんか怒らせること言ったか? 舌打ちを指摘したのがまずかったのか? って、あいつどんどん行きやがる!

 徐々に遠ざかる足音に、慌てて空き教室から飛び出す颯太だった。

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