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 入学式を終え教室へと戻り、簡単な説明を受けた後に解散となった。

 颯太としてはやっと自分の席が判明し胸のつかえが下り、気持ちが緩んでいる時だった、


「城戸くん! 私のことも占って」


 隣の席の女子生徒からそんな声が掛けられた。

 それを皮切りに颯太の周りに男女問わずの人垣が、幾重にも形成され始めた。

 完璧に退路を断たれた颯太は四方八方から掛かる「占って!」の声に苦笑したくなるのを堪え、


「本当にすみません。谷口先生に呼ばれているので明日でもいいですか?」

「え、あぁ。全然大丈夫! むしろ私がお願いしてるんだし謝んないでよ~」

「ありがとう。木崎(きさき)さんは()()()ですね」

「そ、そんなことないよ優しいだなんて!? それよりなんで私の名前分かるの~?」

「学級委員に選んでもらえたので、名簿を見て全員分覚えました。席順も名簿順も五十音順だったのが幸いでした」

「えっ!? 全員分!? 城戸くんスゴっ! さすが外部生ってやつ?」

「いえいえ。それではまた明日」

「うん。じゃ~ね~」


 隣の席の女子生徒――木崎に“優しい”というレッテルを貼り『ラベリング効果(エフェクト)』の下準備を行い退路を開けてもらうと、足早に教室を後にする。

 いやぁ~良かった、隣の奴の名前憶えといて。どこぞの完全記憶能力を持ってるシスターでない限り、顔も一致しないのに全員の名前なんか覚えられる訳ないからな。

 誘拐犯こと愛理の呼び出しに応えるため、あの空き教室へと向かい、廊下に誰も人がいないことを確認してから室内に身を滑り込ませる。


「あれ? あいつのが先に教室から出て行ってなかったっけ?」


 人垣が形成されていく中、颯太は確かに確認していた。

 教室から先に出て行く愛理の姿を。


「そーだ。それより俺の鞄」


 室内を見渡した際にロッカーを見て鞄がぶち込まれていることを思い出す。


「鞄新品なのに……うぇ……ホコリまみれじゃん……あいつ許さん」


 ロッカーから埃にまみれた鞄を取り出し涙目になりながら払い落としていると、不意に扉が開いた。


「俺より先に出て行ったのにどこ行ってたんだ?」

「ちょっと谷口先生に用事があったのよ。それよりこの教室ってこんなにホコリっぽかったかしら。関係ないのだけれど“ぽか”って、するはずのないばかばかしい失敗って意味みたいよ。城戸くん知ってましたか?」


 開口一番にそんなことを言い放つ愛理。

 心なしか嗜虐的な笑みを浮かべているようにも見える。


「誰のせいだと思ってんだ! 誰の!! それに今“ぽか”の意味の説明なんていらないだろ。無性にバカにされてる気がするからやめろ」

「……誰? もしかして……城戸くんかしら?」


 心底分からないという困ったような表情を浮かべながら、上目遣いにちょこんと小首を傾げる愛理。

 あぁぁぁ! あざといんだけど可愛いんだよなぁ~こんちくしょう!

 顔が良いってホント得だな。俺がこんなことやったら、殴られるか、通報されるかの2択だな。


「なんじゃそれ!? なんで俺が自分の鞄をホコリまみれにしなきゃならないんだよ!? 俺馬鹿なの? 死ぬの?」

「あら、違うの?」

「違うわ! ……そんなことより色々聞きたいことがあるんだが」

「そう……今日はピンクのレースの付いたオフホワイトのブラ――」

「待て待て! おまえ今何言おうとした!?」


 愛理の言葉を慌てて遮る颯太。


「下着のことを聞きたいんでしょう? 城戸くんて変態ね。私みたいな絶世の美女に今付けている下着のことを話させるなんて。この変態ホコリマニアが」

「おまえは痴女か!? しかもさらっとスゴイ自画自賛したよな? あまりにナチュラルに自画自賛するから自分の耳を疑ったわ! それと断じて俺は変態でもホコリマニアでもない! そもそもホコリマニアってなんだよ!?」

「痴女だなんて……褒めるのも大概にしなさい残念ホコリボーイマニア」

「褒めてねぇから!! あと残念ボーイとホコリマニアを混ぜんなよ! 意味不明だから! ……あの~、お願いなんでちょっと黙っててもらえませんかね? 全然話しが進まないんで」

「むぅーっ!」


 ひゃぁー! だからそういうあざといの勘弁してくれよ! もう充分可愛いからやめてぇ!

 白々しいまでの作為的な膨れっ面を浮かべる愛理は抗議の視線を颯太に向けながらも、言われた通り静かになった。

 完全にあいつのペースだな……なんとか俺のペースに持ち込まないと。


「まず、これを直してくれないか?」


 そう言って颯太が差し出したのはスマートフォン。


「誘拐犯ってのを変えてくれよ。水瀬愛理ってちゃんと登録して欲しいんだ」

「……ん。わかった」


 愛理は軽く俯きながら小声で返事をし、自らもスマートフォンを取り出して操作をしている。

 よし。取り敢えずジャブは上手くいったか? ……ってあれ? 名前変えるのに赤外線通信って必要なのか?

 こんなことなら従妹が電話帳に入れてくれた時にやり方みとけばよかった……。


「出来ましたよ。確認してくれるかしら」

「あ、あぁ」


 うん? なんか俺が思ってたペースと違う気がする。それになんかあいつ微妙に笑ってないか?

 スマートフォンの操作をする颯太を何かを期待するように凝視する愛理。

 そして颯太が電源ボタンを押すと見たことの無い待ち受け画面が表示された。

 そう、そこには紛れもない愛理の姿が写っていた。


「うぉぉぉぉぉい!」


 スマートフォンに全身全霊のツッコミを放つ颯太。

 そんな颯太の反応を待ってましたと言わんばかりに、素の笑みを浮かべた愛理がスマートフォンを構えると、


「はいチーズ」

「え?」


 “カシャ”っとカメラのシャッター音が無情にも教室内に響いた。

 右手でスマートフォンにツッコミを入れながら、驚愕と困惑の入り混じった何とも言えない表情で固まる颯太。頭には大量の!? が浮かんでいるような錯覚すら見えてしまう。


「おい! おまえ今撮っただろ!?」

「はい」

「はい……じゃねーよ! なんでそこそんな素直なんだよ! つーか消せ! 今すぐ消せ!」

「少し落ち着きなさい残念ボーイ。どう、どう」

「俺、馬じゃねぇから! 馬鹿だから!」

「そう。……その……ごめんなさい」

「なにそれ!? やめて! 本気で謝るのやめて!! 悪かった、俺が悪かったからその憐れみの視線止めて」


 愛理が「可哀想な人」という目で生優しく見詰めてくることに対して、颯太は全力で降参していた。

 悪魔だこの女! 人のボケを……なんだと思ってやがる!


「これでいいでしょう? フェアになったわ」


 愛理がそう言って颯太の目の前に自分のスマートフォンの待ち受け画面を表示する。

 するとそこには今し方撮られた滑稽な姿で固まる颯太の姿が写っていた。


「……なんで待ち受けにするんだよ!? それ見てると自然と泣きたくなってくるからやめてくれ」


 なにが悲しくて自分の恥ずかしい画像がクラスの女子のスマートフォンの待ち受けにされて、晒されなくちゃならないんだよ!


「あら、それは出来ない相談ね。私のだって結構なものなのだから。よく見なさい」


 そう言われて颯太は再度自分のスマートフォンの待ち受け画像をまじまじと見る。

 キャメル色のブレザーに、ライトスカイブルーを基調とした首元のネクタイとプリーツスカート。

 そんな制服姿の愛理が自分撮りをして写っているのだが、愛理の言う「結構なもの」というのはそのコンポジションのことのようだった。

 右手を伸ばしてやや斜め上から撮られているため、自然と上目遣いとなっており、愛理の強烈な目力を持った猫のように大きくつぶらな瞳は、口角を上げた表情と相まって柔らかく優しい印象を醸し出していた。

 そして左手は器用にもネクタイを横にずらしながらブラウスの上から2番目のボタンを指で引っ掛けて、手前に引っ張っていた。


「グ……グランドキャニオン!!」


 眉間にシワを寄せ深刻な表情をした颯太がそう呟いた。

 み、見える! 俺には見えるぞ! グランドキャニオン級の谷間が!!

 指で手前に引っ張られている部分から胸元がチラリと覗いているが、颯太の言う「グランドキャニオン級の谷間」は暗くなっている為、全く見えなかった。

 暗闇=深い=グランドキャニオン級の谷間。として颯太の脳内会議では結論が出されていた。

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