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元中二病患者の俺がちょっとした心理学を駆使した結果、何故か学園一の美女と協定を結ぶハメになったんだが……  作者: 識原 佳乃
第5章『私は――城戸くんのことが……好き』

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 ギャグ回です\(^o^)/

「……ねぇ? 城戸くん? 私の言葉――聞いていますか? ……もしかして、無視してる? ……ん。なんだか今はとても口が軽くて、バナナを踏むよりも滑りそうな気分なのだけれ――」


 昨日あった“バイトバレ事件”のことを憂鬱な気分で思い返していたからか、気が付けば眼前に水瀬が迫っていた。

 至近距離で見た水瀬の澄んだ瞳には隠し切れない嗜虐心が灯っていて、言葉攻めで俺をじっくりこってりと追い詰める気満々なのはすぐに理解できたので慌てて口を開いた。


「――水瀬さん! もう予鈴も鳴りましたし、先生も来ると思いますので……」


 そう口にしながら教室出入口に目をやる。

 予鈴が鳴ってもう30秒ほど経っているのに我がクラスの担任である谷口先生は姿を現さない。……俺たち生徒が予鈴を過ぎてから着席をした場合は担当教員から説教されるというのに、当の教員がこれでいいのか!?

 否ッ! 断じて良い訳がない! 生徒の手本は教員である! その理屈であれば俺は予鈴ギリギリではなく本鈴間近に教室入りして良かったことになるんだぞ!


 ……要するに……はよ来いや谷口ィィィィィ! という心情なのである。


「それならば谷口先生が来られるまで……私と楽しい、楽しいお話をするのはどうでしょう?」


 ……鬼だ。ここに鬼がいる。いや、鬼の仮面を被った悪魔が死神の鎌(デスサイス)を構えて臨戦態勢でいるレベルだ。


 瞳に灯っていた嗜虐心が遂には口元までその勢力を拡大し、冷酷な表情を形作るのに一役買っていた。

 詳細は不明だが水瀬が俺に対して苛立っていることは把握できた。


「――ちょ、ちょっと待って城戸っち! 頭がパンクして事態が把握できていないんだけど……蔀杏那ちゃんとあんなに“よろしく”やってたのに……その後に水瀬さんとも“よろしく”やったっていうこと?」


 俺が水瀬に返答するよりも早くタロが会話に割り込んできた。

 話しの内容はふざけたものだが、普段のラッパー的な語尾ではないところをみると本当に余裕がなさそうだ。


 ……タロの物言いに今すぐ殴り飛ばしたい衝動に駆られたが、もちろん俺はそんなことはしない。ここでせっかく根付いてきた“城戸=優等生”のイメージを壊す訳にはいかないからだ。


「なに冗談言ってるん――」

「――どうやら城戸くんは私の質問に答える気がなさそうなので……田所くん、昨日何があったのか教えていただいてもよろしいでしょうか?」


 今度は水瀬が俺の言葉を遮って強引に会話の主導権を握りにかかった。

 ……カオスである。俺の意思はすべて無視された無秩序なやりとりが行われようとしている。ひでぇ。


「よしきた! 城戸っちには昨日裏切られたからな……これは自業自得ってことで恨むなら自分を恨んでくれYO!」


 ……よしきた! もうコイツぶん殴る! いや、袖釣込腰で思い切りぶん投げた挙句、三角絞めで落としてやりたい! “城戸=優等生”のイメージ? そんなんクソ食らえ!

 そもそもこいつには男と男の義理人情的なものはないのだろうか!? ……まぁ、先に裏切ったのは俺なんだがな。


「……ん。それで昨日あったことを微に入り細を穿つ説明をしていただけますか? 可及的速やかに」

「OK! 実は昨日――」

「――ホーム()ルーム()始めるぞ~。皆、席に……なんかあったのか?」


 タロが丁度喋り始めようとしたタイミングで、やっと谷口先生が現れた。

 俺にとっての救世主(ヒーロー)

 ヒーローは遅れて現れるとか言うけど、確かにそうだな。

 ……なんて適当に考えながら後ろの席にいる水瀬を見てみたら、めちゃくちゃ俺の事を睨んでいた。

 眼力だけで人を殺せるんじゃ? って本気で思ってしまう程のメンチビームだった。


 後ろから突き刺さってくる視線に胃を痛めながら、俺はなんとかホーム()ルーム()と1時間目の授業を乗り切った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 1時間目が終了した瞬間、俺はもう逃げることを諦めていた。

 どうせここで逃げても問題を先延ばしにしただけで、根本的な解決にはならないと悟ったからだ。……いや実際は悟るまでも無く頭では理解していたが、嫌なものは先延ばしにしたくなるのが人間なのだ。


「それで城戸くん? いい加減喋る気にはなった?」

「はい……と言っても本当に何もありませんでしたよ?」

「何も無いかどうかは城戸くんの主観で判断するのではなく、第三者の客観的な視点で判断してから初めて言えることよ?」


 自席に座っている俺の前に立ちはだかるのはいつも以上にキリっとした表情を湛えた水瀬。

 腕を組んで仁王立ちしている時点で「退()くつもりはない」ということなのだろう。……弁慶かよ。


「第三者代表のタロであります! 昨日の出来事の証言を行いたく思います!」

「発言を許可します」


 おい、なんか寸劇が始まったぞ。


 ノリノリのタロはいつものこととして、水瀬が普段からは到底考えられないテンションで付き合っていた。

 こんなのは大抵よからぬことが起こる前触れだ。水瀬が上機嫌な時点で嫌な予感しかしない。


「――事件は昨日の放課後に起こりました。とある筋より“(セント)アルメリア女学院高等部の水泳部が練習試合を当校にて行っている”との未確認の情報を受け、真偽の程を確かめるべく私と被告はふたりで現場となっている室内プールへ急行しました」


 タロが喋り進めるにつれ皆がこちらに耳を傾け、最終的には静寂が教室を支配した。

 だからなのか、調子に乗ったタロは精一杯のハスキーボイスで大げさに語る。

 もっともらしいことを言っているように錯覚するが、内容を要約すると“お嬢様学校の女子生徒の水着姿が見たい”というだけの男子らしいクソダサイ理由である。


 ……だというのにこんな寸劇に水瀬が参加しているからなのか、この若干張りつめた雰囲気に呑まれた数名の生徒は喉を「ゴクリ」と鳴らし、他の者も皆真剣な眼差しでこちらを注視していた。


 こいつら全員アホなのかも知れない。割と本気でそう思った。

 それとなんで俺のことをさりげなく「被告」呼ばわりしてくれてんだよ!? ぶん投げるぞ!?

 ――水瀬裁判長、私に実力行使の許可を!!


「……ん。続けて下さい」

「はい。そこで私は天使に会いました……あっ、じゃなくて! そこで私は(セント)アルメリア女学院高等部1年――(しとみ)杏那(あんな)様と出会いました。蔀杏那様は私奴(わたくしめ)のような卑しき者へも、天使の如き微笑みを向けて下さる慈悲深きお方」


 タロの素の感情が一瞬顔を覗かせたが何とか修正した風を装って結局本音がダダ漏れになるという、どうしようもない展開にツッコミを堪えるのが大変だった。


 ガバガバ過ぎやろ! どうせやるならもっとちゃんとやってくれ!!


 どうあがいてもグダる展開だと思ったのに、いつの間にか俺らの周りを囲うようにして集まったクラスメイト(主に男子)が「蔀様は天使であらせられる! これは全人類の総意である!」だの「この残酷な世に降り注ぐ一筋の光……それが杏那様だ!」と口々に賛同の声を上げていた。……こいつら全員見事にアホである。それにさっきから皆ちょいちょい中二ワードが入ってないか?


 タロが両手で聴衆(オーディエンス)に自制を促すジェスチャーを行ってから、大仰に語りを再開した。


「そんな御方が……なんとわざわざこの被告のもとまで歩み寄り、あろうことか“我が主(マイマスター)”と呼称したのです! その他にも大天使蔀杏那様は“悠久の時を経ての邂逅、我が胸の高鳴りは貴方様を想えばこそ……です”などと被告(こやつめ)に特別な慈悲を込めたと思われる優しき声音で仰られたのです!」


 傍から見ていても分かる程憎しみのこもったタロの声風。

 それに呼応するように上がるクラスメイト(完全に男子)の罵詈雑言の嵐。


「有罪!」

「許せん!」

「悪・即・斬!」

「死をもって償え!」

「貴様にはここで死んでもらう!」

「己の(カルマ)をその身に刻み、永遠に眠れ!」

「ナイト、いや、マイマスター。貴殿の命の灯はここで消えると俺の左目が疼いてるんだYO!」

「凍てつく氷結の波動よ、永遠の苦しみを奴に与えたまえ! ――エターナルフォースブリザード!! ……効果、相手は死ぬ!」


 ……ツッコまないぞ! ……俺は絶対にツッコまないからな!!

 だが胸中に(とど)めるので、これだけは言わせてほしい。

 タロ! なんでお前もしれっと紛れ込んでんだよ!! 勝手に疼いてろボケ!

 それと自分で「効果、相手は死ぬ!」とか言ってるお前が死ね!


 ツッコミどころしかないその内容に身体が震えた。

 ここまでくると中二語録を多用しているのは俺への挑発だと理解できた。


「……ん。静粛に。皆さん少し落ち着いていただけますか?」

「すみません水瀬裁判長。少し感情的になり過ぎました」


 再度静まり返る教室内。

 全員が黙ったことを確認してから水瀬はゆっくりと口を開いた。


「供述を要約すると、蔀杏那さんと城戸くんは以前からの知り合いであり、関係性は非常に親密である、ということで私の認識に問題はありませんか?」

「はい。問題ありませ――」

「異議あ――」

「――異議は認めません」


 ひ、ひでぇ。

 こんなの裁判でも何でもないぞ! ……そもそも裁判ではなく異端審問や魔女狩りっぽい気がするが。


 タロが肯定しようとしたので俺が被せ気味に異を唱えたら、それを水瀬に遮られたのだ。

 視線は恐ろしいほど鋭く、本気で異議を認めないようだ。……なんであんなにキレ気味なんだよ。そんなに俺が誤魔化そうとしてるのが許せないのか?


「水瀬裁判長! 最後に被告はおもむろに大天使(シトミ)エル様へ特徴的な口調でこう言ったんです! ――“汝、アンジュ・オ・スリール”――」


 こいつらが中二語録を多用していた目的が判明した。

 すべては俺のこの発言に狙いを定めていたからだったのだ。

 打ち合わせなど行っていないだろうに、即興で意思を統一しているあたり、やはりこいつらはアホでノリの良い奴らなのだろう。


 ……などと悠長に考えつつも、慌ててタロの発言を妨害しにかかる。


「――ちょ、ちょっと待って下さい! 本当に勘弁して下さい!!」

「城戸くん、許可の無い発言は控えなさい」

「城戸っち、昨日逃げた罰だYO! それでこう言ったんです、“汝、アンジュ――”」


 ……俺は意志の弱い人間だった。結局追い詰められたら先延ばしにするという選択肢を取ってしまう程に。


 タロの暴露を止めることができないと悟った瞬間に即座に行動を起こした。

 状況は奇しくも昨日と酷似している。俺の周りを取り囲むように人垣が何重にも形成され、逃げ道は上か下にしかない。

 匍匐前進の下ルートはそもそもありえないとして、上は昨日と違い天井と言う名の高さ制限がある。

 ……なので俺は踏み台を人の背よりも低い、自分の机を使うことにした。


「――俺の古傷を抉るなぁぁぁ!」

「「「「「えっ!?」」」」」


 昨日と同様に大声を出し、椅子から立ち上がる際、机に肘を限界まで曲げて両手を付き、一気に伸ばす。

 その反動を利用して机に跳び乗り、後はタロのいる方向に目掛けて踏み切る。……理由は高く跳べない分、タロの肩に両手を置いて更に水平方向に移動するためである。


「早退しまぁぁぁす!」

「……ぐえぇ!!」

「……だ、誰か逃がすな!」

「……城戸を止めろぉぉぉ!」


 タロの肩を使って馬飛びの要領で3重に形成された人垣を飛び越えたところで、俺は安心しきっていた。


 ……昨日いなかったクラス、いや校内でも随一のガタイの良さを誇る奴がこの場にいるということを忘れて――。

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