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 100%自業自得なのだが、死ぬほど学校に行きたくなかった。何度サボろうと思ったことか。

 昨日あった放課後の出来事。あれは明らかに俺の自爆だった。

 “お嬢様学校の水泳部”という魅惑のワードに釣られた男の醜い末路。……自分で言っていて泣きたくなってくる。


 ――それとその後にあった“水瀬に弱みを握られた件”も、俺の足を重くするには充分過ぎるものだった。


 まぁ、もしサボろうものなら親父に本気でぶっ飛ばされかねないので結局登校するんだけどな。……うん。やっぱり泣いていいよな?


「おはようございます」


 引き戸を開けながら一応挨拶を口に。

 昨日は隙を作って質問という名の尋問から逃れることができたが、今日1日を乗り切るのはさすがに無理だろう。

 なのでせめてもの悪あがきとして遅刻寸前の頃合いを見計らって教室内に滑り込んだ。

 朝一から囲まれて詰問されるのは正直しんどい。考えただけで気が滅入る。


「おはよう城戸っち……待ってた、YO?」


 声のする方に顔を向けたら目が笑っていないアルカイックスマイルを浮かべたタロがいた。俺の席に腰かけて手を振っているだけなのに不気味な空気を纏っている。

 おかしいな……タロってあんなにホラー要素強い奴だったっけ?

 タロの声掛けに周りの奴らも気が付いたようで、血走った視線をこちらに向けてから、


「やっと来たか城戸!」

「怖気付くことなく死地に赴いたことは褒めてやる!」

「さすがはナイト……いや、マイマスターと呼ぶべきか?」

「どちらにせよ、貴様は救いようのない重罪人である!」

「我らが蔀神との繋がり……今ここで吐いてもらうぞ!!」

「さもなくば……裏切り者には死を! 抜け駆け行為には鉄槌を!」

Guilty(ギルティ) or(オア) Guilty(ギルティ)?」

「「「「「有罪(ギルティ)! 有罪(ギルティ)! 有罪(ギルティ)!」」」」」


 各々好き勝手言いたいことを喚いてから、最終的には「ギルティ」コールが男子の間で巻き起こる事態となった。


 おい! お前らに我が主(マイマスター)呼ばわりされる覚えなんかねぇんだよ!

 それに「有罪(Guilty) もしくは(or) 有罪(Guilty)?」ってどういうことだよ!? どっちにしろ有罪じゃねぇか!! ふざけんな!

 ……なんてことは口が裂けても言える訳はなく、愛想笑いを浮かべながら壁掛け時計に目をやった。チャイムが鳴るまであと30秒。それまでの辛抱だ。


「城戸くん……昨日何かしたんっすか?」


 佐藤は部活に行っていたので昨日の騒動を知らなかったらしく、ギルティコールを続ける奴らに向かってマイペースに声を掛けていた。


「聞いてくれYO佐藤(サト)! 城戸っちのやつあの有名なお嬢様学校――(セント)アルメリア女学院高等部のこれまた有名人――(しとみ)杏那(あんな)ちゃんと、ただならぬ仲っぽかったんだYOOOOO!」

「マジっす――」

「……城戸くん? 昨晩はエスコートしていただきましてありがとうございました。私……その、初めてだったので……城戸くんで良かったです」


 驚きに満ちた佐藤の言葉を遮り突如喋り始めた水瀬。あれほどやかましく連呼していたギルティコールは即座に静まり、皆が声の主に耳を傾けている。

 そんな中水瀬は普段の凛とした表情を湛えていたが口調はどこか艶めかしく、わざと誤解を招くような言い回しで話しを完結させた。……完全に嫌がらせである。こんな時に追い込みをかけるなんて鬼畜イーンエリザベスかな? なんて言おうものなら100倍返しをされるのは目に見えているので、愛想笑いにヒビを入れながらなんとか無反応を貫き通した。


「「「「「…………」」」」」


 誰も事態を把握することができず男子のみならず女子までもが水瀬の発言に目を見開いたまま固まり、丁度その瞬間俺には救いとなる予鈴が鳴り響いた。


 とりあえず今は助かっ……、


「……ん。それで城戸くん? くだんの件の蔀杏那さんとはどういったご関係なのかしら?」


 ってないぃぃぃぃぃ!

 なんで……なんで水瀬まで絡んでくるんだよ!? あれか? 俺は今ここで死ぬんか!? 「良いオモチャ見つけた」みたいな好奇心によって殺されるんか!? イヤじゃ! こんな鬼畜に殺されるんだけはイヤじゃ!

 谷口先生早く来てえぇぇぇ!


 予鈴の鳴り終わりに間髪入れず水瀬が追及の言を放った。

 その回避不可能な攻撃ならぬ口撃に内心で命乞いをしながら、昨日あった出来事を走馬燈を見るように思い返した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「さて城戸っち? 何から答えてもらおうかな?」


 杏那が水泳部の練習に戻って行ったのと、タロが口を開いたタイミングはほとんど同時だった。

 見ればタロの目が据わっている。分かりやすく言えば目の光が消えた“ハイライトオフ”状態。そんな危ない目をこちらに向けて、首やら手首をぐるりと回し骨鳴らし(クラッキング)を行っているタロ。よく見ると感情の読めないニヒルな笑みを浮かべている。


 あかん……見たらわかるやばい奴やん!


「すみません。今は本当に時間がないのでまた明日ということで」


 逃げたい……ではなく、バイトの時間が迫っていたので踵を返して歩き出そうとしたところ……、


「おいおい、城戸?」

「何を言ってるんだ?」

「お前に明日が来る訳ないだろ?」

「ここがお前の墓場なんだからな!」

WRYYY(ウリィィィ)! 死ねぇぇぇ!」


 既に周りを囲まれていた。

 そりゃあそうだよな。自ら進んで人垣の最前列に出て行ったんだし、退路なんてものがある訳ないのだ。

 半ば狂人化している周りの奴らにブレザーを掴まれて揉みくちゃにされながら、どうするべきかと考える。


「おいぃぃぃ!? なんか言えよぉぉ!?」


 ……うるせぇよ! 人が考え事してる時くらい黙ってろよ!


 とりあえず離脱することを最優先にプランを構築する。

 ほぼ零距離で囲まれた場合逃げ道は下か上にしかない。

 下ルートは言わずもがな足の間を匍匐前進していくものだが、移動速度が遅いことから踏みつけられたり蹴り飛ばされたりするのが目に見えているので却下だ。

 まぁ、普通に考えて地面に這いつくばった瞬間にドン引きされるような気もするが……。


 そうなると消去法で上ルートとなる。

 ……失敗したらめちゃくちゃ恥ずかしい上にケガをする恐れがあるが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 このままここにいたら()られる気がする……冗談だが。


「分かりました」

「なんだ?」

「死ぬ覚悟はできたか? おぉん?」


 まさかの冗談じゃなさそうなパターンだった。勘弁してくれ。


「ちゃんと話しますので、服を掴むのをやめてもらえませんか?」

「逃げたらわかってるよね? 城戸っち」


 表向きは従順な素振りを見せる。

 これは相手の警戒心を解くために必要なステップのひとつであり、こちらも離脱に向けた準備を行う時間稼ぎでもある。


「こんなに囲まれてたら逃げられる訳ないじゃないですか?」


 俺を掴んでいた無数の手が徐々に離れていく。どうやら俺の言葉に「それもそうだな」と納得したらしい。

 普段からメガネケースを持ち歩いていなかったので、外した伊達メガネを仕方なくブレザーの内ポケットにしまった。落として踏みつぶされるよりかはマシだろうと考えてのことだ。


 ……フハハハ! 愚か者どもめ! 我の策に踊れッ!


「急にメガネ外してどうし――ッ!?」

「――月までぶっ飛べ! 昇龍(ドラゴン)(パァァァンチ)!!」

「――なッ!?」


 ……まずこれだけは言わせてほしい。

 ネーミングセンスは気にしないでくれと。ダセェのは俺が一番理解してるんだよぉぉぉ!


 ヤケクソ気味だが大声を出したのにはちゃんと意味がある。

 人は突然大きな音や声にさらされると瞬間的に硬直するのだ。

 皆がフリーズしたことを確認してから今度は注意を逸らすために、持っていた鞄を思い切り上へと放り投げた。これが昇龍(ドラゴン)(パンチ)である。しつこい様だが“しょうりゅうけ○”ではなく、ドラゴンパンチだ。


 囲んでいた奴らが上を見上げている隙に全力で離脱行動へと移る。


「踏ん張れよ?」

「「えっ!?」」


 俺の前にいたふたりの男子の左右の肩を掴んでから勢いをつけて地面を蹴る。とっさだったので素の言葉遣いが出てしまったが多分問題ないだろう。


 丁度跳び箱……いや、たったままの姿勢で馬跳びをするような恰好で空中に跳び上がる。

 やけにスローモーションに感じたが、おそらく『タキサイキア現象』によるものだと思う。それのおかげで案外余裕を持って次の行動に移すことができた。


「わりぃな」

「「……ぐへぇ!?」」

「……はっ?」

「……跳びやがった……だと?」

「城戸っち……ほんと……何者なん?」


 簡単に言ってしまえば2段ジャンプだ。元中二病患者としてはワクワクするワードのひとつだ。


 踏み台にしたふたりの男子の身長より高い位置に飛び上がってから――今度はその左右の肩をジャンプ台にして更に高く跳躍した。眼下には3重に形成された人垣が見える。取り囲んでいた男子が思っていた以上に多くて若干引いた……集まりすぎやろ!

 想定していたよりも高く飛び上がってしまい身の危険から『タキサイキア現象』が継続していたので、これ幸いと上に放り投げておいた鞄を空中で掴み、人垣を飛び越えてから前方飛躍受身の姿勢を取る。

 こんな状態でもとっさに受け身が取れるのは“親父やらマスターに毎週シゴかれている”からなんだろう。投げられた瞬間に体が反応してしまう柔道経験者あるあるだと思う。……今は自爆だけどな。


「お疲れ様です」

「ちょっ!?」

「待ちやがれぇぇぇ!?」

「城戸の奴めちゃくちゃ足はえぇ!?」

「今尋常じゃないくらい跳んだよな!?」

「あぁ。軽く3m以上飛んでたぞ? 忍者かよ!?」

「ナイト、マイマスター、忍者……あいつマジでやべぇぞ」

「騎馬戦……要注意だな」

「ってか城戸っち、あの高さから落ちて無傷なのか……実は忍者説もあながち間違ってない気がするYO……」


 そして俺は受け身を取ってから止まることなく立ち上がり、離脱の挨拶を口にしながら全力疾走で遁走したのだった……。

 すみません、感想のお返しを書く時間が取れずお返事できておりません。

 皆様の感想はしきはら、よしの、ともに全て見させていただいております。ありがとうございます!

 今年も花粉症の方には地獄の季節がやって参りましたね。

 くしゃみが止まらない\(^o^)/

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