10-2
これで第4章終了になります。
「じゃあ今日の練習はここまでっす!」
「各自ストレッチなどはしっかりとしておけよ!」
ジャージ姿で仁王立ちしている佐藤とその横でベンチに座って指示を出している谷口先生。
嬉しくないサプライズは未だに続いており、放課後だというのに帰宅部の俺もジャージ姿で何故かグランドにいた。
「ひぃぃ」
「……もう疲れた」
「これから部活とか死ぬ」
「やりたくねぇけど、負けらんねぇ」
「まだ騎手よりはマシだ……責任感が」
「誰か~今からでも俺と騎手役交代しない?」
「するかボケ!」
「黙れタロ!」
「死ね!」
サッカー部が練習をしている横の空きスペース。そんな場所に俺ら2組の全男子が集まっていた。
目の前には地面に寝転んでいる騎馬役に選ばれたクラスメイト達の姿がある。誰も彼も尋常でない量の汗を掻いており、呼吸は荒い。
無理もないことだった。騎馬役は基礎訓練として騎手を乗せたまま30分近く走り回されていたからだ。当然佐藤も同じメニューをこなしていたというのに全く息を切らしていない。化け物かコイツは。
皆あれだけ騎馬戦を嫌がっていたというのに早速今日から自主練が始まったのだ。誰も手を抜いている様子などなく、どうしてこんなにも真剣に取り組むのかますます謎は深まっていく。
「おい、あれ1組のやつだよな?」
「もう偵察に動いてやがるのか……」
「偵察ですか?」
「あぁ。やべぇな……編成みられたぞ?」
「やるしかないっしょ! 城戸っち覚悟決めるしかないYO!」
「そうですね」
倒れている騎馬役に肩を貸し、歩き出してすぐのことだった。
ジャージ姿の男子生徒数名が下駄箱の辺りからスマホを構えていたり、何かメモを取っている様子が見えたのだ。撤収するタイミングで近づいていったらそれとなくバラけて姿を消したが、唯一ひとりだけその場に残ってこちらに挑戦的な笑みを送っている奴がいた。
なんだ? と視線を向けたらバッチリと目が合ったので、俺のことを見ているのは間違いなかった。
偵察? なんでそんなことをわざわざするんだ?
「おい……テメェが外部生か」
靴を履き替えるために気にせず近づいていったら、俺を待ち構えていたかのように笑みを深めて声を掛けてきた。金に限りなく近い明るい茶髪をオールバック気味にセットしたソイツは、どこかトゲのある口調で威圧するように鋭い眼光をこちらに向けている。……え~俺にあんな知り合いいないんですけど。
「はい? そうかもしれませんね」
面倒な匂い……というか空気が渦巻いていたので、関わるのはよろしくないと歩みを止めることなく適当に答えた。俺の対応はどうやら正解のようで、現にタロ達も黙ってやり過ごそうとしている。
……だがソイツだけはこの塩対応がお気に召さなかったようで、横を通り過ぎようとしたらいきなり――壁ドンされた。
それも残念なことに胸キュンするような壁に手を付けて~みたいなものではなく、胸ぐらを掴まれて下駄箱に押し付けられるタイプの壁ドン(物理)だった。
まだ美人なお姉さんとかにやられるなら納得できるが、なんでこんな野郎にやられなくてはならないのか。
「……なめてんのか?」
例え神対応をしていたとしてもこんなことになるような気がしていたので、不思議とイラつくこともなく気弱で真面目そうな生徒っぽく振舞った。ここでキレれば俺の平穏な学園生活が崩れ去ることは確実だったので、最善と思われる手を取ったのだ。
「や、やめてよぉぉぉ!」
若干オーバーリアクション気味になってしまったが、我ながら悪くないと内心でほくそ笑んだ。将来は俳優になれるな俺。
後は周りに助けを求める。これで気弱な生徒の完成である。完璧だ。
顔を動かしてどのクラスメイトに声を掛けようかと確認したら、誰も彼も張りつめた表情を浮かべてガチガチになっていた――ただ“ふたり”を除いて。
「佐藤くん助けてぇぇぇ!」
佐藤が平時の表情でいるのは、まぁ分かるんだが、なんでかタロに至っては俺を見て声を押し殺して笑っている始末。……なんだよ! 何がおかしい!?
その俺の言葉を受けて佐藤が期待通り間に割って入ってきてくれた。さすが武人。これから困ったことがあったらタロではなく佐藤に頼むとす……、
「男らしく勝負は騎馬戦でつけたらどうっすか? 城戸くんはそのつもりっすよ。それともここで騒ぎを起こして問題にでもしたいっすか? ――神堂くん?」
……待て待て待て! おかしい! 絶対おかしいだろ!
なんで俺一言も言ってないのに勝負する前提なんだよ!? そもそも一方的に絡まれただけでこっちは被害者だぞ!?
くっそ……めんどくせぇ。
これから何かあっても佐藤に頼るのはやめよう。これもう武人じゃなくて脳筋だな……。
「別にそんな意図はねぇから安心しろ。そこの調子こいてる胡散くせぇメガネ野郎が気に入らねぇだけだ……」
は?
もしかして「調子こいてる胡散くせぇメガネ野郎」って俺のことか!?
いや、もしかしなくても俺のことだな……。“おしゃべりクソ野郎”並みにヒドイ呼ばれ方だ。泣いていい?
俺を再度下駄箱へと押し付けて至近距離で睨んでから手を放し、シンドウと呼ばれた生徒は“人混み”へと消えていった。……そこで気が付いた。今の騒ぎをどう思ったのか知らないが結構な数の野次馬が周囲に集まっていることに。
このままでは誰かが先生に伝えて、勝手に問題にされそうな気がしたのでとりあえず先手を打っておく。
「あ~皆さん。今のはただの騎馬戦についての話し合いなので、気にしないで下さい」
「そうだYO! ただのパフォーマンスだYO!」
当事者の俺自身が問題にしていないこと。プラスしてお調子者のタロがフォローしてくれたこともあり、大事にならずに皆解散していってくれた。
クラスメイトも含め、人が充分にはけてから佐藤へ礼を言っていたら、タロに小声で「あんな棒読みで一切恐怖心のこもってない悲鳴を聞いたのは初めてだよ……」と半ばあきれたような物言いで指摘された。……どうやら俳優への道は険しいことが分かった。
その後部活へ向かう佐藤と別れて帰宅するためにタロと歩き出したら、前方に黒山の人だかり(ほぼ男子)が出来ているのが見えた。皆何をしてるんだ? と俺が胸中で首を傾げるのと同時にタロが叫んだ。
「あぁぁぁっ! そういえば今日聖アルメリア女学院高等部の水泳部が練習試合にうちに来てるんだった!」
「……そうなんですか」
タロの補足説明によるとあの人だかりは室内プールを覗いている奴らの集まりらしい。言われてみれば皆一応に顔がにやけている。何人かは手を振っていたり、「うおぉぉぉぉ!」と叫んでいた。何してんだよ。
セントアルメリアか……確かアイツが行った高校もそんな名前だった気がするな。
「うっひょ~! 城戸っち! お嬢様学校の女子の水着姿が見れるチャンスなんてこれを逃したら絶対無いだろうし……見に行こうYO!」
お嬢様学校の水泳部と言われて気にならない男はいない! 俺だって今すぐにでも見に行きたかったが……これからバイトがあるんだよなぁ……クソッ!
「すみません自分用事が……」
「えぇぇ!? 城戸っち興味ないの!?」
タロが驚いたように俺を見た。
ふざけんな! 興味大アリに決まってんだろうが! と言える訳もなく控えめに「見たい!」アピールをしておく。
「ないことはないですけど……」
「よしきた! 10分くらい水着姿のお嬢様を堪能しようぜ!」
「10分ですか? それはちょっと時間が……」
「えぇ~? なら“1分だけ”でいいから一緒に行こうYO!」
「……分かりました」
“1分だけ”。タロは無意識で言ったんだろうけど、俺は“理解していながら”それにまんまとのってしまった。
明らかな『譲歩的依頼法』だった。
いやぁ~やっぱり『返報性の原理』には抗えないなぁ~。
決して水着姿のお嬢様が見たいからではなく、譲歩しなくてはという『返報性の原理』が俺を突き動かしてるだけだからな!? た、他意はないぞ!?
表面上は平静を装い、人垣を上手くすり抜けていくタロの後に続く。
「うぉぉおおお!! 天国っしょ!」
一足先に最前列についたタロが興奮したように雄叫びを上げている。
どうやら室内プールには天国が広がっているらしい。
逸る気持ちを抑えて慎重に合間を縫って俺も最前列へとたどり着いた。
おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 最高――じゃないッ!?
や、やべぇ!
違う意味でマズイぞ!
すぐに離脱……って人多すぎて身動き取れねぇ!
「蔀ちゃーん!」
「蔀様ぁぁぁぁぁぁ!」
大半の生徒はプールに入っていたため姿は見えなかったが、ひとりだけ周りの生徒とは明らかに雰囲気が違う女子がこちらに向かって恥ずかしそうに手を振っていた。
背中に張り付くように伸びた亜麻色の髪。
すらりと長い手足にくっきりとした二重。
薄い茶色の瞳は濁り無く輝き、小顔でありながら彫りが深く鼻も高いどこか異国情緒な雰囲気を纏ったその女子の名は――。
そこでその女子は少し驚いたように目を瞬かせてから、御嬢様然とした奥ゆかしくそれでいて優美な笑みを湛えて、ゆっくりとこっちに向かって歩いてきた。
……終わった。
「――ごきげんよう……城戸颯太様。……お会いしとう御座いました」
――そして二つ名……“微笑みの天使”らしい、たおやかな笑みを維持したままその女子――蔀杏那は、一度頭を下げてから言葉を続けた。
「……悠久の時を経ての邂逅、我が胸の高鳴りは貴方様を想えばこそ……です……マイマスター」と。
章タイトルと第1章10の最後あたりの伏線を回収しました。約2年半かかりました(ごめんなさい
体育祭に向けての新キャラ神堂と
謎(笑)の美女蔀杏那が登場しました。




