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10-1

 長くなってしまったので分割します。

 週が明けての月曜日。

 今日は全くもって嬉しくないサプライズがあった……。


 1時限目のロング()ホーム()ルーム()で、丁度1か月後に行われる球技大会のチーム決めを行っていた時のこと。

 学級委員になってしまったため、全体進行は水瀬が黒板への記入は俺が担当を。担任の谷口先生は教室の最後方で腕を組んでこちらを見ているだけだった。



 球技大会の種目は全4種でひとり1種は参加必須になっている。

 バレー。

 卓球。

 ドッジボール。

 そしてなんでか球技とは全く関係ない騎馬戦だった。

 ちなみにバレー、卓球は女子が出場し、ドッジボールと騎馬戦は男子が担当らしい。

 よくあるバスケ、野球、サッカーは経験者が多く差がでやすいとのことで種目には選ばれなかったんだと。

 ……普通競技人口が多いからやるんじゃないのか?


 そんなこんなで水瀬が進行をしているということもあり、スムーズにチーム決めは進んでいき最後の騎馬戦の人員配置になったところで、“誰も言葉を発さなくなった”。

 気まずい沈黙が続くこと数分。神妙な面持ちをした佐藤が俺を見てから、徐に手を上げた。

 この張りつめた場で妙に余裕たっぷりな動作であること。それから司会進行の水瀬ではなく、わざわざ俺に視線を向けてきたこと。

 この2点が意味するのは嫌な予感……ではなく確信。

 間違いなく佐藤は俺に対して何かを行うつもりのようだ。勘弁してくれ。


「騎手に城戸くんを推していいっすか?」

「……ん。城戸くん、書いて」


 いや、待てよ! 俺本人の意見を聞けよ!? なんで佐藤と水瀬で決めてんだよ……ふざけんな!


 内心はこんな感じだったが水瀬というこのクラスの最高責任者がそう言っている以上、俺に拒否権はない。言ったところでどうせ覆ることがないのを理解している場合、無駄に労力を使うのはバカがやることだ。


 ……そこで俺はバカがするよりもしょうもない手段をとることに。

 水瀬が「他に推薦は?」と皆に問いかけて注目を集めたところで、しれっと“騎馬”役の方に名前を書いた。

 よし、これで作戦コンプリートなどと思って振り返ったら……、


「城戸くん?」(佐藤)

「城戸っち?」(タロ)

「……城戸くん」(水瀬)


「「「書き間違えてる」」」(っすよ!)(YO!)(わね)


 すかさずトリプルでツッコミが入った。

 息ピッタリの指摘に「すみません、書き間違えました」とわざとらしく言って、騎手のところに渋々名前を書いた。


 なんでお前ら気が付いたんだよ!? そこは察してくれよ!?


 佐藤とタロは「城戸くんおっちょこちょいっすねぇ~」だの「城戸っち一緒に頑張ろっか!」と素直な言葉を口にしていたが。

 水瀬は皆に背を向けて黒板側……正確には俺の方に向いてイタズラをする子供のような笑みを一瞬だけ浮かべ「…………」(残念でした)と口パクしやがった。


 許すまじ水瀬ぇぇぇぇぇぇ!


 この怒りをどこかにぶつけないと気が済まない……よし! タロ、一番関係無さそうなお前を敢えて道連れにしてやる! フハハハハ! 我と共に地獄へ堕ちようぞッ!!


「すみません、自分も推薦していいですか?」

「……えぇ、どうぞ」


 完全におかしくなったテンションを胸に秘め、タロを一瞥してから口を開いた。

 瞬間的に交錯した視線。他人の機微を読み取ることに長けているタロは即座に感じ取ったであろう。「これ俺も道連れにされるパターンだ」と。


「タロくんは比較的軽量な方だと思うので、ぜひ騎手をやってもらいたいと思うのですが。……どうでしょうタロくん?」

「あはは~城戸っち冗談キツ――」


 やはり何をされるか理解していたらしく間髪を入れずに拒否するような言葉を発したが、それを遮るようにクラスメイトから声が上がる。その内容は俺の想定通りのものだった。


「賛成!」

「決まりだな」

「言われてみれば」

「確かにそうかもな」

「タロ! 頑張ってくれ!」


 騎馬戦の人員決めになった途端、佐藤が俺を推薦するまで誰もが口を閉ざしていた。それはつまり誰もが(男子)騎馬戦で名乗り出る気は無かったということだ。理由は各々あるだろうし、一番目立つポジションで参加が決まってしまった今、詳しく把握するつもりもない。


 ……ただその状況下で皆を誘導するには最適な効果があった――『バンドワゴン効果』だ。


 もともと『バンドワゴン』という言葉は、パレードなどの先頭で楽器を演奏する“楽隊車”のことを意味する。パレードの内容に応じて陽気な音楽を奏でたり、時には勇ましい行進曲を吹き鳴らす楽隊車に釣られて人々はその隊列に加わっていくのだ。それは何故かと言うと『バンドワゴン』という多数の人間が支持している絶対の存在がある限り、ある一定数は右へ倣えの形をとる。そしてこの追従心理は特に日本人には顕著であり、効果的なものとなる。


 端的に言ってしまえば“俺自身が『バンドワゴン』になる”。ただそれだけのこと。つまり皆が(男子)生贄を望むこの状況で『バンドワゴン』の決定に賛同しない者はいないということだ。……タロ、ざまぁぁぁ!


 それから同じように何台もの『バンドワゴン』が血に飢えた旋律を奏でて走り出し、騎手役と言う名の生贄が捧げられることとなった。


「ってことで……城戸っち一緒に頑張ろっか!」

「城戸くんの騎馬頭は自分が責任もってやるっす!」


 生贄裁判(LHR)を終えたタロが吹っ切れたような笑みを湛えて俺の許へとやってきた。

 同じく佐藤は頼もしい表情を浮かべて握り拳で自身の厚い胸板を叩く動作を。


「どうして騎手の役目はあんなに人気が無いんですか?」


 把握するつもりは無かったが知っておいて損はないと方針転換してふたりに問いかけた。


「単純っすよ。うちの騎馬戦は激しいからっす!」

「だからやりたくなかったんだよ……」


 テンションを急激に低下させたタロの言葉にはどこか重々しいものが漂っている。


「激しいってどういうことですか?」

「普通騎馬戦の勝敗ってどうつけると思う?」

「そうですね……ハチマキや帽子の取り合い、それと変わり種としては紙風船を潰した方が勝ちとかでしょうか?」

「それが一般的なルールっしょ? けどうちは……」

「騎手が落馬するか、騎馬が崩壊するか、シンプルにこのふたつだけっす!」


 Oh……それは確かに皆騎手役をやりたがらない訳だ。


 それでも疑問は残る。

 通常球技大会なんてものは体育祭などと同じで成績に何かが反映されるわけではない。協力して競技を行い、団結力などを養うことが目的なはず。

 それならば手を抜けばいいだけのこと。どこかそれとないタイミングで落下するなり(ただし痛い)あらかじめ騎馬役と話し合い適当に崩すなりすればいいだけだ。

 誰もこんな簡単な考えが思いつかないなんてことはありえない。

 思いついても実行できないまた別の理由があるように思える


「それは確かに激しいですね」

「もう選ばれたし、やるっきゃないけどさ~」

「そうっすね! やるからには負けられないっす!」


 なんだかんだでタロも気持ちを切り替えつつある。

 佐藤の言う通り「やるからには負けられない」ということなんだろうか?


 イマイチ釈然としなかったが休み時間終了を告げるチャイムが鳴ったので、話はそこで打ち切りとなった。

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