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 昼間からヘビーなとんかつを食べ終え、ピンピンとしている鈴奈とは対照的に俺は胃もたれで死んでいた。

 さすがに普段の体調ならばこんなことは無いのだろうが、昨日行った2度にわたる自己催眠による副作用の影響だと思う。


「そーにぃっておじいちゃんだねー!」


 ベンチに座り込んでいる俺に鈴奈が半ば冗談めかして言った。

 えくぼを寄せて笑っている辺り、実は本気で笑っているような気もするが……。


「ふざけんな……それなら俺と大して変わらない鈴奈も、ばぁちゃんってことになるな」


 精一杯の反撃を口にしてから背もたれに体を預けて、天井を見上げた。

 こうでもしていないと、とんかつが再臨しかねない。


「ちょっと鈴奈お散歩してくるねー! そーじぃはそこで休んでていいよー?」


 そーじぃとか言われてちょっと泣きそうになった。……いや、ちょっと涙目になったかもしれない。

 たまに出る鈴奈の無邪気な心の籠った心無い言葉にフルボッコにされて、精神的にも打ちのめされた。


「どこ行くんだ?」

「えー? 別にそーじぃが来るなら教えてあげよっかなー?」

「いや、いいわ」

「つまんなーい! ランジェリーエール!」


 結局どこに行くかを言ってしまう鈴奈。なんてあほの子なのか……。

 店名を聞いて、改めてここで死んでいようと思えた。名前からして下着屋であることは間違いない。

 ……ったく、俺を不審者にでもするつもりか!


「迷子になったらちゃんと迷子センターに行くんだぞ~?」

「そーにぃのあほーっ! 鈴奈そんな子供じゃないし!? ……迷子になったらちゃんとそーにぃに電話するし……」


 迷子になりかねないんかい!?


「まぁ、なんかあったら連絡しろよ? 気を付けていってこいよ~!」

「うんっ!」


 曲がり角まで何度も振り返って手を振ってくる鈴奈を見送ってから、トイレに籠ろうか、このまま死体ごっこを続けていようかと悩んでいた時だった……、


「――き、ど……くん?」


 確かに俺を呼ぶそんな声が聞こえた。

 天井から視線を下して辺りを見回したが、人混みの中に俺の知っている人影はない。念のために後ろも振り返ってみたが、やはり声の主を見つけることはできなかった。


 ……自分で思っている以上に消耗していたのか。


 昨日の疲れから空耳でも聞いたんだろうと結論付けて、目を閉じてひと眠りでもするかと思ったところで、今度は先程よりも近い距離で声を掛けられた。


「……ん。やっぱり、城戸くんじゃない」


 どう考えても空耳などではなかった。

 薄々誰の声なのかは勘付いていたが、今の癖で確信に変わった。


「――水瀬か」

「そういうあなたは城戸くんね」


 昨晩の再現だった。間違いなく水瀬である。

 ただ俺の視界に水瀬の姿はない。……どこにもない。

 だが声は近い。限りなく近い。


 ……後ろにいるのか?


 そう考えたのとほぼ同時に俺の後頭部に何かがもたれ掛かってきた。


「城戸くん、ケガはどう?」


 発せられた言葉とシンクロしてもたれ掛かってきたものが揺れた。

 ……どうやら背中合わせになっている背後のベンチに座った水瀬が、頭を俺に預けているようだ。……なんと俺はクーイン愛理(エリ)ザベスの背もたれになったらしい。ふざけんな!


「こんなの何でもないって言ったろ」


 わざわざ頭を動かすのも面倒だったのでそのまま会話を続けた。


「……強がり?」

「なんとでも言え」

「……そう。強がりなのね……さすがは私の騎士様(ナイト)ね」


 クスクスと笑っているような揺れが俺の頭を揺らした。

 どうせ何か言ったところで水瀬に遊ばれるのは分かり切っていることなので、どうにでもなれと適当にあしらう。


「はいはい……それでエリザベスは何しに来たんだ? 人多くてダルイだろ?」


 そう言って胸中で首を傾げた。


 ……そういえば水瀬がいるというのに、視線の集中を一切感じない。

 前回3人で来た時は花ヶ崎がいたこともあるかもしれないが、例え水瀬ひとりだとしてもその美貌が否が応でも注目を集めるのは体験済みだ。

 ……ということは今のこの状況は何なんだ?


「……ん。猫を見に来たの」


 ふわりと水瀬の頭が離れたかと思ったら、今度は左肩に重みが加わった。

 見れば水瀬の顔があったが、その表情はマスクと帽子のつばに遮られて確認することが出来なかった。


 あぁ。ちゃんとそれなりに対策はしているの――、


「――って、めちゃくちゃダサっ!?」


 あまりのダサさに思わず声が出てしまった。……というか一歩間違えたら不審者だろこれ。

 帽子といってもおしゃれとは対極に存在する、マイナー野球チームのそれもひとつ前の古いロゴが入ったキャップだった。髪をどうやって纏めているのかは分からないが、帽子から艶めいた長い黒髪は姿を見せていない。

 さすがにド田舎のおっちゃんでも今は被っていない気がする……。


「……仕方ないでしょう! 私だってこんな姿……城戸くんに見られたくなかった……」


 少し怒ったように水瀬が反論した。


 いや、それなら俺に声掛けなけりゃ良かったんじゃ? もしかして天然御嬢様が爆発したのか?


「なら声掛けんなよ」

「……気付いたら声を掛けていたのよ。そ、それより城戸くんこそ、そんなにおしゃれなんかして…………もしかして、デート?」


 水瀬のやけに鋭い声音に若干ビビった。いや、若干チビった……じょ、冗談だぞ?


 俺が答えずにいたら、帽子のつばでツンツンと頬をつつかれた。お前は餌を催促するひな鳥かッ!?


「デートなんかする相手いねぇよ! 買い物だよ買い物」

「……そうね。私の騎士様(ナイト)なのだから浮気は許さないわよ? あら? そもそも浮気する相手がいなかったわね」


 今度はふざけたような柔らかい声音だった。……ちくしょう! 何も言い返せない俺のモテなさが辛いぃぃ!


「浮気以前に相手がいねぇよ! 言わせんな!」

「……それで、ひとりできたの?」

「いや、鈴奈と来てる。この間の飯の時に水瀬も会ったろ?」

「……確か、城戸くんの従妹(いとこ)籠橋(かごはし)さん?」

「あぁ」

「……それってデートじゃないの?」


 鈴奈は何度も「デート」と言ってはいたが、結局いつも通りブラブラしながら買い物などをしているだけなので、多分これはデートではないと思う。


「確かに鈴奈はデートだって言ってたが、普通に遊んでるだけだな」

「それをデートって言うのよ……」


 どこか拗ねたようにそっぽを向いて呟いた水瀬。

 これをデートだって言うなら……、


「それなら水瀬とは何回もデートしたってことになるな」


 水瀬とは映画を観に行ったり、マスターのところに行ったりと、何度も出かけたりしているのでデートだったということになる。

 まぁ、映画はサボりの延長線だったし、マスターのカフェでは俺は拳骨を食らっただけだし、どう考えてもデートじゃない気がするが……か、悲しくなんてないやい!


「……んっ。……そうね。昨日なんてお泊りお家デートしたものね」


 マスクをして帽子を被っているせいで表情はほとんど見えなかったが、つばの陰から覗く瞳が僅かに潤んでいるように見えた。

 ここは話題に乗ってさりげなく反撃してやろうと口を開いた。


「そうだったな……腕の痺れは大丈夫だったか? ――愛理御嬢様」

「……んっ!? ……き、気付いていたの!?」

「あぁ。だからわざと腕触った」

「…………ば」

「ば?」

「…………ば、ばかぁーっ!」


 水瀬が急にキレた。

 といっても本気ではなく、気恥ずかしさを誤魔化すように何度も何度も帽子のつばで俺の頬をつついてくる。


 い、イタイ! 地味に痛いっての! やめろ!! 俺が悪かったからやめてくれ!?


「悪かった、俺が悪かったからひな鳥くちばしアタックやめてくれ!」

「……本当に悪いと思ってる?」

「……若干」

「…………」無言でひな鳥くちばしアタックを再開する水瀬

「冗談だっての!」

「……悪いと思ってるなら……どうするの?」

「……土下座?」


 自分で言っておいてあれだが、こんな大衆の面前で土下座とか……泣くぞ俺!?


「……ちがう。……私のワガママに……付き合って?」


 で、でたー! 水瀬の伝家の宝刀。映画に行くための口実作り!


「映画だろ?」

「……ち、がう」


 俺の肩に頭を乗せたまま、ふるふると首を横に振っている。……珍しい、水瀬が映画以外を要求してくるなんて……。


「なら、何がお望みなんだ愛理御嬢様?」

「…… (デート)

「……デート?」

「……ん」


 今度はこくこくと首を縦に振る水瀬だった。

 ……なんだ? 最近ただ遊びに行くことをデートって言うのが流行ってるのか?


「いいぞ、お安い御用だ」


 そもそも何回も映画を観に行く約束をしているので、今更過ぎる気がするが……。

 第一に映画を観に行くことと、デートをするって、同じ意味じゃないのか?

 ……いや、よく考えたらデートってカップルがふたりで出かけるからデートなのであって。俺らの場合正確にはデートじゃなくて、ただ遊びに行くってなだけだよな?


 やべぇ、デートって言葉がゲシュタルト崩壊してきた……。


 とにかくそれで水瀬の機嫌が治ってくれるのならば細かいことはどうだっていいか。


「…… (ありがとっ)

「あぁ」


 目元を緩ませてマスク越しにそう言った水瀬の声はどこまでも嬉しそうで、聞いていたこっちがなんだか恥ずかしくなった。


「……城戸くん、携帯貸して?」

「……変なことするなよ!?」


 何をするのか分からなかったが、とりあえず水瀬にスマホを渡した。

 一応変なことをしないか監視をしていたら、水瀬がもの凄い速さでスマホを操作している。……こ、こいつ! 速いぞ!!


「フリーWi―Fiでダウンロードしておいたから、安心して?」

「何を?」

RINE(ライン)


 ラインってなんだ?


「何それ?」

「……仕方ないわね。私が初期設定しておいてあげる。無料のコミュニケーションアプリよ」

「……は、はぁ」


 全く訳分からん。

 それからしばらくして水瀬がスマホを返してきて、ラインの使い方のレクチャーを受けた。


 簡単に言ってしまえばメッセージをやりとりするアプリらしい。……なんと無料で通話までできるらしい。す、すげぇ!!


「――どう? 使い方は分かった? メールよりも楽で使い勝手がいいの」

「分かった。確かにメールより簡単だな。このスタンプいいな、後で買うわ!」


 クスっと笑った水瀬が顔を俺の肩から上げて、立ち上がってから言った。


「……後でラインするわね」

「了解」


 ――そして水瀬は猫を見にペットショップへと向かって行っ……ってダセぇ!? 上下くそダセェジャージやんあいつ。逆に悪目立ちしてるぞ……。

 俺は思わず吹き出しながらそのくそダサい背を見送った……。

 今日はこっちを更新です。

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