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親子連れやカップルが行き交う人通りの多い土曜日の午前。
――親父からの鉄拳制裁を何故か免れた俺は最寄駅の駅前広場で人を待っていた。
……はぁ。
昨日は中身の濃い激動の1日だった。
例えるならジェットコースターのように緊張と弛緩を繰り返して、一難去ってまた一難という言葉がピッタリと当てはまる。
何度思い返しても、よく乗り切ったな俺、と自画自賛したいくらいだ。
今となっては歓迎会での飲酒騒動が遠く感じる。
それほどまでに次に起こった、親父にもぶたれまくったのにぃぃぃ! 騒動が濃密だったのだろう。
夜道をふたりで帰っていたら、水瀬の絡まれスキルが発動。
いつぞやのようにナンパされていたのだが今回はタチが悪く、すぐに止めに入らなくてはならないような状況だった。本当はまた“陰から警官呼ぶフリ作戦”をしようと思ったのが、あの状態でそれをやっていたら最悪、水瀬が連れ去られる恐れがあったからだ……。
適当に話を付けて、はい終了、となればよかったのだが俺の選択ミスで物の見事にそれは失敗し、二人組は逆上。
正当防衛を成立させるためにわざと1発もらおうとしたら、ふざけ過ぎて当たり棒でも引いてしまったのか、おまけのもう1発もいただいた。
……正直俺の自業自得だったが、なんで2発も殴られなきゃならねぇんだと理不尽に切れた結果、素人を一本背負いしてしまった。……言い訳になるが、あんなスローパンチを放たれたらそりゃ、前袖掴んでぶん投げたくなるってもんだ。それにしても相手の体重が拳に乗っていたので片手で気持ちの良いくらい綺麗に投げられた……やったぜ!
まぁ、そんなこんなで乗り切った訳だが……俺的に一番怖いのは親父にぶっ飛ばされかねないことだった。
素人相手に一本背負いを、しかもアスファルトの上でやったなんてバレたら間違いなく乱取りをさせられる恐れがあったのだが、無事にバレずにすん……、
「そーにぃお待たせっ!」
回想の旅に出ていた俺を弾むような声が引き戻した。
その声のした方に顔を向けると、トレードマークのえくぼを咲かせた鈴奈が手を振りながら駆け寄ってきた。
落ち着いた色合いのブラウンベージュのケーブル編みロングニットワンピースに小悪魔チックな黒のニーハイブーツ。薄く化粧もしているのか、濡れたように光る唇は年不相応な色香を醸し出していた。
そんな撫子色が大好きな鈴奈らしからぬ大人っぽいコーディネートに、不覚にもドキッとしてしまった。
……それよか、ヒールなのに走って大丈夫なのか鈴奈さんや?
と考えていたら、案の定鈴奈が体勢を崩した。……見た目は大人っぽくなってもやはり中身はいつも通りの鈴奈だった。
「大丈夫か?」
「……おっ!? ……おぉーっ!! そーにぃ今のかっこよかったよー!」
何となく予想できたので転ばないように支えたら鈴奈がふざけたように笑みを浮かべたが、えくぼは姿を現さずどこかぎこちない。
きっと転倒しそうになって焦ったのだろうと思う。
「褒めても今日の遊び代しか出さないからな!?」
「そんなー……って鈴奈もちゃんと出す手の掛からない良い子だし!? しかも今日遊びじゃなくて! デ・エ・トだし!?」
「そうかそうか」
「そうかそうか……じゃなくてまず鈴奈に言うべきことがあるんじゃないのかなー?」
後ろ手に指を組んだ鈴奈が何かを期待するようにチラチラと俺を見てくる。
さすがに俺もそこまで鈍感じゃないので言うべきことは理解していたが、その前に一言反撃を。
「鈴奈こそ俺に言うべきことがあるんじゃないのか?」
「……ほへ?」
大きく首を傾げた鈴奈は、全然意味分っかんないだけどーっ!? 、と言いたげな表情で俺を見上げた。
……おぅふ。可愛い顔するじゃないか鈴奈さんや。
「今さっき転びそうになったよな?」
「今さっき転びそうになったねー!」
いやなんでそこ嬉しそうなんだよ! おかしいやろ!?
「ありがとうございますって言ったか?」
「かっこよかったよー! って言った!」
ニコニコと上機嫌にえくぼを湛えた鈴奈。心なしか、ほめてほめてー! と言っているような心の声が聞こえてくる気がする……。
あかーん! 鈴奈があほの子ってこと忘れてた。
「……鈴奈、今日の服装は大人っぽくていつもより綺麗だな。似合ってるぞ」
……われながら、きっもいせりふだなとおもいました。
せめてもの一撃は己の心を削りながら放った渾身の一言。
食らえ鈴奈! 俺の持てる全力で赤面させたるでぇ!
「……そーにぃ、きっもい」
眉をハの字にして三白眼気味にこちらを見つめる鈴奈からのカウンター。
やめてぇぇぇ! そんな目で俺を見ないでぇぇぇ!
な、なんでだよぉぉぉ!? なんでそうなるの!?
ちゃんと、女の子が初デートに言われたいセリフランキングを調べてきたんだぞ!?
ふざけんなあのクソランキング!
すぐさまスマホを取り出して何を間違えたのか確認してみたら……。
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女の子が初デートに言われたいセリフランキング
第1位「いつもより綺麗だね」
第2位「大人っぽい」
第3位「似合ってるね」
第4位「今日は帰さないよ?」
第5位「かわいい」
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ああああぁぁぁぁぁぁ! 何が(※ただしイケメンに限る)だよ! しかも(笑)って……バカにしてんのか!? 全国のイケメン以外敵に回すとはいい度胸じゃねぇか!
そもそも(※ただしイケメンに限る)は前提条件なんだからめちゃくちゃデカい字で書けよ! マジでふざけんな!
抗議文でも送ってやろうと画面をスクロールさせたら文末に“こんなランキングを鵜呑みにしているそこのあなたはきっとモテないことでしょう(笑)”と書かれていた。
……もうね、自分の愚かさに泣けてきたよ。こんなしょうもない釣りランキングに引っ掛かるなんて。
「うぉ~い! そーにぃ? 聞こえてるー?」
「ごめんなさい」
「なに謝ってるのさー?」
「イケメンじゃなくて……ごめんなさい」
「もうなに言ってるの? イケメンじゃなくても、いいと思うけどなー鈴奈的には」
「……す、鈴奈さんや……」
慰めてくれる鈴奈マジ良い子……あかん、本気で泣きそう。
「それでそーにぃ? そろそろそれ聞いていいの?」
俺の頬を指差した鈴奈が当然の疑問を口にした。
目立たなくなるように湿布の上から肌色のバンデージを貼ったのだが、やはり意味はなかったようだ。
「聞かないでくれるとありがたい」
「……ふぅ~ん……鈴奈には言いたくないってこと?」
「まぁな」
「……そっかー。これは鈴奈のひとりごとだけど、そーにぃがケガしてるのを見る鈴奈の気持ちも分かってほしいなー、なんて…………。ほらそーにぃ早く蔀モール行こうよー! 時間はゆーげん! タイムイズマネーだよ? ……ところでそーにぃタイムイズマネーって誰? ……偉い人?」
俺の腕を引っ張りながら改札を目指す鈴奈は振り返って小首を傾げた。
そんな鈴奈なりのフォローに今度こそ泣きそうになった……不憫すぎてだが。
~お礼~
なんとポイント評価して下さった方が150人を突破してました!
ありがとうございます! 怠け者のしきはらとよしのがこんなに頑張れているのは皆様のおかげです!
これからも頑張ってまいりますので、よろしくお願いします!
 




