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眠気が自然と無くなったような寝起き。
これ以上の惰眠を貪ろうという気が一切起きないほど、気持ちよく目覚めた。
一度目が覚めて帰ろうとしたところを水瀬に止められた時は、若干の頭痛が残っていたが今はそれもない。どうやら体調はリセットされたようだ。殴られた頬の鈍い痛みは当然残っていたが……。
物音一つしない水瀬の部屋。水瀬は別の部屋で眠っているのだろうかと考えて目を開けた。
カーテンの隙間から薄暗い室内を照らすように朝日が射しこみ、壁掛け時計に目をやると時刻は6時過ぎだった。
そこで上体を起こしてから何かに引っ張られて気付いた。
……水瀬ェェェ。ここで寝てたのか。
起きる前からそうなっていたためか、今の今まで手を繋がれていることにすら気が付かなかった。
繋がった手の先に視線をやると、ベッドの縁に伏せ、片手を腕枕にしてこちらを向いたまま眠る水瀬の姿があった。
ただ眠っているだけの水瀬。
それだけだというのにその姿は綺麗だった。
目を閉じているからこそ分かる、長い睫毛。
口を閉じているからこそ分かる、唇の色香。
長い黒髪は寝癖を知らぬかのように纏まっていて、丁度当たっている朝日を反射して煌いて見えた。
さて、どうするか……。
まず手を離そうと思い、気持ち良さそうに眠っている水瀬を起こさぬよう慎重にその手を開かせた。
思った以上に強く握られていたのでかなり苦戦したが、なんとか上手くいった。
ゆっくりとベッドを揺らさないように這い出て、辺りを見回したところ机の上に俺の伊達メガネと置手紙があった。
伊達メガネを掛けてから手紙を手に取る。
“私の騎士様へ
傷の手当は出来るだけしておいたから、ちゃんと病院で診てもらって。
それと本当にごめんなさい。城戸くんにケガをさせたのはやっぱり私のせいだと思う。
……これはこの間の看病のお礼には含まれないから体調を崩すようなことがあったら、すぐに私に言うこと。完璧に看病してみせるわ。
最後に目が覚めて私が起きていなかったら、勝手に出て行ってもらって大丈夫だから。
……きっと城戸くんは今こう思ったはず。私の両親と対面したらどうするんだと?
安心して。両親は仕事で帰ってきていなかったわ。
更に安心なさい。私ほどの天姿国色の存在をひとりにして大丈夫なのか? という当然の疑問にも事前に返しておいてあげる。我が家のオートロックは厳重よ。それにホームセキュリティも目を光らせているから、アルセーヌ・ルパンでなければ破られることはないわ。
クイーンエリザベスより”
なんというか徹頭徹尾水瀬らしい手紙だった。
……ったく、水瀬は何回謝れば気が済むんだ? 頑固過ぎんだろ。それほどまでに負い目を感じてるってのも分からなくはないが。
紙の裏に短く返事を書き机に戻した。
隅に置かれているスタンドミラーで顔を見たら、確かにバッチリと湿布のようなものが貼られていた。
きっと青あざにでもなっているのを見て更なる謝罪をしてきたんだろう。
本当に水瀬らしい、と視線を向けてからふと違和感に首をひねった。
さっきから水瀬が全く動いていない。
あれだけ負担のかかる姿勢で“寝ている”というのにだ……。
水瀬の横にわざと腰を下ろしてたっぷり1分程観察してから疑念は深まり、瞼を指で触ってみて確信した。
……こいつ起きてやがるな、と。
まず、喉が動いた。本来睡眠中であれば唾液は殆ど出ないため、飲み込むという動きをたかが1分間ですることはありえない。近くに来られた気配を感じで唾液分泌量が増えているためだろう。
次に、この体勢で眠っているということはREM睡眠で間違いないだろうに、瞼越しですら分かる急速眼球運動が無かった。
最後に、枕にしている腕が痺れたのか少し険しい顔をしていた。……正直少し笑ってしまった。頑固者の水瀬らしいなと。
なので帰る前に日頃のワガママの仕返しでもしてやろうかと考えて、実行した。
掛け布団を水瀬に掛けてから、頭をポンポンと撫でて、偶然を装って腕枕をつついた。
「手当てしてくれてありがとうな。助かった。……“ちゃんと寝ろよ”? ――愛理御嬢様」
そして俺は水瀬邸を後にした……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
家に帰った俺はすぐさま両親の下へ向かい、そのままの勢いでスライディング気味の土下座を行った。
ちなみに玄関で靴を脱いでから土下座完了までのタイムは僅か12秒。俺史上最速の自己ベストだった。
「朝帰りして申し訳ありませんでしたぁぁぁ!」
「……いい身分だな。して……何をしていたんだ我がバカ息子よ?」
「颯太……母さんよりも大事な女でもできたの? 母さん涙が出ちゃう……だって女の子だもん!」
親父の本音は、答えようによっては鉄拳制裁である、といったところだろうか。
母さんは完全にふざけているだけだった。
「……友達の家に泊まっていました。申し訳ありませんでした」
「…………」
「…………グスッ」
嘘は言っていない。ただ本当のことを言うこともできない。
一番無難とも思える答えを口にしたら親父は鼻で俺を笑い、母さんは泣いていた……え?
……なにこれどういうこと?
ぶん殴られると思っていたので若干のパニックに陥った。
「お前に友達だと? ……中二病とやらが悪化して遂に現実と幻の区別もつかなくなったのか?」
「颯太……やっとお友達が……できたのね……グスッ」
おい! なんだこの両親! 息子のことなんだと思ってやがる!?
……と、とととととと、友達ぐらい中二病になる前は一杯いたからね!?
べべべべべべ別に中二病時代もいたし!? “ひとりだけ”だけどな!?
「……もしかしてふざけてる?」
「颯太……面を上げろ」
「……ははーっ!」
「ふざけるな……して、その湿布はなんだ?」
先にふざけたのはそっちでしょうが! という言葉はギリギリで飲み込んだ。
「友達の家で鬼ごっごをしていましたら、タンスの角にぶつけました」
「……バカか? 嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ。冗談はその顔だけにしろ」
「颯太……もう少しまともな嘘をつきなさいね?」
親父はまた鼻で笑い、母さんに至っては心配するような表情を浮かべていた。
両親がある意味辛辣過ぎて泣きそう。 俺の両親に良心はないのかっ!? ……すみません調子乗りました。
「すみません」
「人様に迷惑をかけるようなことは……していないだろうな?」
「……はい」
ひとりのアホをぶん投げたけど律儀に言う必要はないだろう。それにあれは正当防衛だからな。
「……まぁいい。今晩は晩酌に付き合ってもらうからな」
親父の真意はよく分からないが、どうやら許してもらえたらしい。
今更だが親父は刑事という立場でありながら、平然と俺を晩酌に付き合わせようとするのだ。
親父と初めて飲んだ時に「外で飲まなきゃいいのだ。俺は刑事である前にお前の父親である。それに颯太ほどの頃は既に飲んでいたからな……うむ。今日の酒は旨い」と口にしていた。……おいおい、それでいいのか刑事。
――そういえば高校に上がってからというもの、親父の鉄拳制裁を食らったことがない気がする……。
~お礼~
なんとポイント評価して下さった方が100人を突破してました!
ありがとうございます! 皆様のおかげで執筆できております!
これからも頑張ってまいりますので、よろしくお願いします!
城戸くんが帰った後の水瀬さん視点はいずれ書くかもしれません。




