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水瀬が玄関に向かって歩き出したことを確認してから、すぐさま胸中で痛々しい自己条件付けのキーワード、レジェンド・マリオネット・ルーラーを唱えて、自己催眠を解いた。
1日に2度自己催眠を行ったのは今日が初めてだったが、身体への負担がかなり大きいことに内心で焦った。
全身の倦怠感に加えて、頭痛、吐き気、動悸、息切れ、立ちくらみ。
すぐに立っていられなくなり、その場に崩れ落ちる。
……だ、誰か動悸、息切れに効く、キュー〇ン、キュ〇シン♪ を恵んでくれ!
「きーどーくーん! 私ー、まだ入ってないけどー!?」
まだ見ぬ誰かに縋ろうとしていたら、そんな能天気な声が聞こえてきた。
笑う力も残っていなかったが、水瀬の声に少しだけ救われた気がした。
……とにかく早く水瀬から離れて正解だった。あと1分でも遅かったら目の前でぶっ倒れて無様なところを晒していたかもしれない。
想像するまでもなく律儀に返事を待っているだろう天然御嬢様に向けて、最後の力を使って声を絞り出し、
「……はぇぇぇっ!? ……早く、入れぇぇぇ!」
――俺はそのまま水瀬邸の前で意識を手放した……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スッと意識が戻り、徐々に覚醒していく中で思い返す。
確か水瀬邸の前で気絶した気がする、と……。
そして意識の混濁は無く、記憶もハッキリしていたからこそ首をひねった。「ここはどこだ?」と。
この感触は間違いなく布団に寝かされているということは理解できた。正直目を開けるのが怖いが、いつまでも寝ているフリをしている訳にもいかないので、恐る恐る開いた。
「……ま、まぶしい」
照明の光が目に飛び込み、自然と零れた独り言に返事があった。
「……おはよう、と言っても今は夜中だけれど」
その声はどこか上機嫌に、けれど安心感を感じさせるような優しいものだった。
……目を向けるまでもなく声の主は誰か分かった。
よくよく考えれば当たり前のことなのだろうが……。
「水瀬か……」
「そういうあなたは城戸くんね」
身体を起こして辺りを見回すと、以前看病する際に訪れたことのある水瀬の自室だった。
ルームウェアであろう、前に見たモコモコとしたオフタートルのワンピースを着た水瀬が、俺を見ながらしなやかに微笑んだ。
「あぁ。水瀬、今……何時だ?」
「丁度23時になったところね」
そう言って水瀬は壁掛け時計を指さした。
どうやら1時間ほど寝ていたらしい。
……今日は散々だったな。飲酒騒動も、さっきのナンパも。
結局水瀬には無様なところを見られるし、踏んだり蹴ったりだ。
「邪魔して悪かった」
ベッドから起き上がろうとする俺をとっさに抑えつけた水瀬が一言。
「……ん。無理しないの」
……もの凄い破壊力だった。水瀬がいつもよりも遥かに優しいだと!?
「いや、別に無理なんてしてないぞ?」
「うちの前で大の字になって眠っていたくせに……疲れているんでしょう?」
……ウゴゴゴゴ。厳密に言うと疲れではないが、なんも言えねぇ。
俺の無言をどう解釈したのか分からないが、水瀬はぎこちない手つきで俺の頭をポンポンと撫で始めた。
「……城戸くん、ケガをさせてしまってごめんなさい」
「……いつもワガママを言ってごめんなさい」
「私はいつもあなたを困らせてばかり……」
「本当に色々とごめんなさい」
「それと…………ありがとう」
震えるような声を紡ぎ出し、感情を吐露する水瀬。
泣いているような微笑んでいるようなその複雑な表情に何故だか胸が締め付けられた……。
「城戸くん」
「ねぇ、城戸くん?」
「だからいつもみたいに」
「……私のワガママを聞いてくれる?」
「こんな時に私は卑怯かもしれない」
「……けど、けれど」
「だからこそワガママな私には」
「……ピッタリでしょう?」
「…………今は休んで」
「……眠って」
「……私を安心させて頂戴」
「……そしてまたいつも通りの」
「優しくて……」
「面白くて……」
「楽しくて……」
「頼りになって……」
「誰よりも大人びていて……」
「誰よりもいたずらっ子な……」
「城戸くんに戻って?」
――そして俺は深い安堵に包まれて、眠りに落ちていった――。
「…… …… 」
「…… …………」
~お礼~
ポイント評価をして下さった方が50名になりました!
どこでお礼を伝えればいいのか分からなかったのでこちらで。
ありがとうございました! とても励みになります!
しきはら、よしの、これからも頑張っていきます!
区切り良かったのでちょっと短め。
感想で鈴奈ちゃん回だと約束したな。
あれは嘘だ! (土下座
以上、愛理ちゃんの若干ヤンデレチックなデレデレ地獄回でした。(笑




