5 ※後書きあり第3回心理学用語解説コーナー『カリギュラ・エフェクト』
「『バーナム・エフェクト』それに『ホット・リーディング』と『コールド・リーディング』を使いましたよね?」
「……」
「その無言は肯定ととっていいのでしょうか? 自慢ではありませんが、私は相当に目立っていると思います。生徒達は学園中で私に関しての情報でしたり、噂話をしているのをよく見かけます。その話に聞き耳を立てていれば『ホット・リーディング』に必要な情報は入手出来ていたはずです」
「……ナニソレオイシイノ?」
なんで知ってんだ!? おかしい、絶対におかしい。
急に片言で話し始める颯太。
そんな颯太の反応に、目に涙を浮かべてクスクスと笑う愛理。
「ちょっと笑わせないで。あなたどれだけ嘘を吐くのが下手なの?」
「……それがおまえの素か? さては『ハロー・エフェクト』狙いか? あの口調とすまし顔は」
颯太の言葉に目を見開いて固まる愛理。
なんだよ、こいつも反応でバレバレじゃねぇか。『ハロー・エフェクト』……ん?
そこまで考えて何かに気付く颯太。
うわぁ~まんまと騙された。容姿と声は確かに良いけど、性格に難有りだな。
「な、なんのこてですか?」
「おいっ! おまえこそ噛んでるぞ!?」
「いえ、これは……」
「これは?」
「……んっ! 私としたことが、これは先程のあなたの言葉を引用させてもらっただけで、別に噛んでなどいません」
「今絶対に思い出して言っただけだよな!?」
ホントなんなんだコイツ。しっかり者なのかと思いきや、なんか抜けてるし。まぁ、素がコレならしっかり者って印象も、作られたものなんだろうけど。
「城戸くん、人の過ちをネチネチと攻撃するしつこい方は嫌われますよ? 主に私から」
「過ち……って! 完全に認めてんじゃねぇか!? そりゃ、おまえから嫌われるのは仕方ないわな!」
両手を軽く上げ、眉をハの字にして困ったような表情で首を横に振る愛理。
なんだよその外人みたいなジェスチャー! ちょっとかわいいと思っちまった俺に謝れ!
「城戸くんはネチネチスタイルなのね。ではそんなネチ戸くんに、ひとつ、提案があるのだけれど」
「おまえ、俺のことバカにしてるだろ?」
そんな颯太の反論を気にした様子も無く話を続ける愛理。
「城戸くんの目的がどうであれ、私たちは同じ分野の知識を持っていてその上、他人には知られてはならないお互いの素まで知ってしまった」
「あぁ、そうだな」
「なので、協定を結びませんか?」
「……協定?」
「えぇ。相互に秘密を共有する協定。略して相互秘密共有協定」
「わざわざ頭字語にする意味あんのか? まぁ、要するに今ここで見て、聞いたことを他人には漏らすな、ってことか」
「相互秘密共有協定なんて人前で言ったらバレるでしょう? 理解が早くて助かります」
「確かに俺にもお前にもメリットはあるけど……こんな口約束、到底信頼出来ないな」
颯太のそんな言葉を受けた愛理は、徐に制服のポケットからスマートフォンを取り出して操作を始めた。
「では、録音をしましょう。録音したデーターはコピーして私と城戸くんとで互いに管理すれば問題ありませんよね?」
「……その条件なら」
「それでは私が言い終えた後に同じように言って下さい」
「あいよ」
会話が無くなり静まり返った空き教室に、ボイスレコーダーの録音開始音が響いた。
愛理が小さく息を吸い込むと、颯太の目を見詰めながら口を開いた。
「私、水瀬愛理は、城戸颯太の他人に知られてはならない秘密を一切口外せず、相互に共有することをここに誓います」
空き教室の外に声が漏れないように配慮したためか、落ち着いた静かな声音でありながらはっきりと聞き取りやすい言葉で言い終えた愛理。
おいおい、俺にはそんな器用な喋り方はできねぇぞ。しかも言ってる間は相手の目を見て言わなきゃいけねぇのか? 恥ずかしすぎるだろ。
颯太が何も喋らずに固まっていると、心なしか頬を薄紅色に染めた愛理が目で、喋るように促す。
なんだよ、あいつ普通に言ってたけどホントは恥ずかしいんじゃねぇかよ。『非言語的要素』は隠しきれなかったってことか。
颯太も愛理に倣って小さく息を吸い込み、対面に立っている愛理の目を見詰める。
そして――。
「私、城戸颯太は、水瀬愛理の他人に知られてはならない秘密を一切口外せず、相互に共有することをここに誓います」
これは……地味に恥ずかしいな。
颯太が胸中で赤面していると、愛理が録音を停止させ、スマートフォンを操作しながら呟いた。
「城戸くんにしてはよくできましたね」
「なんの評価だよ?」
「あら、それ聞くの?」
「……いや、やめとく。嫌な予感しかしないから」
「そう……残念」
「残念ってなんだよ!?」
「はい、コピー出来ましたよ。両手を上げてそこに跪きながら携帯を出しなさい残念ボーイ」
「あぁ? 両手上げた状態で携帯出せるものなら出してみろや! それと、人を残念呼ばわりすんな! ほら携帯」
スラックスのポケットからスマートフォンを取り出し、愛理へと差し出す颯太。
「私のより新しい機種だなんて許せませんね」
「おまえの機種なんて知らねぇよ!? ガラケーから買い替えたばっかりで操作とか全然分からなくて悪戦苦闘中なんだよ」
颯太のスマートフォンを操作していた愛理の眉がピクリと動いた。
「あら、操作分からないの?」
「まぁな」
「ふ~ん。……そう」
なんだ今の沈黙?
颯太がそんなことを考えていると、目の前にスマートフォンが差し出される。
どうやら愛理が操作を終えたようだった。
「秘密を共有する関係になった訳ですし、この学園に通う先輩として、ひとつ、忠告をしてあげましょう」
「忠告?」
颯太が当然の疑問を口にすると、何故か愛理は両手を腰に当てそのポーズのまま話しの続きを口にした。
「えぇ。城戸くんは部活に入ったりする予定はあるのかしら?」
「う~ん……今の所は特にないな」
「でしたら、下校する際は――」
喋りながらふと、壁掛け時計に目をやった愛理が何かに気が付いた。
「あら、もう本格的に時間がありませんね。この話しはまた後でしましょう」
「えっ? ちょ、そこまで言っておいて中断されたら気にな――」
あれ? これってまさか『ツァイガルニク効果』を使ってわざと話を引き延ばそうとしてないか? けどわざわざ使うメリットってなんだ……?
ふと、颯太がそんな考えに至った時、愛理が慌てた様に語気を強めて喋りだす。
「言っておきますけど、別に『ツァイガルニク・エフェクト』を使ったという訳ではありませんからね!?」
「はいはい」
「本当ですからね!?」
「なんだよ、分かったって」
「神に誓って誠心誠意本当ですからね!?」
「どんだけだよ!? もう分かったから」
「……ん。それならばいいのです。では、講堂へ向かいましょう」
「あっ、ちょっと待って……鞄、どうすればいいの?」
鞄を持ち上げたまま首を傾げる颯太を見て、小さく微笑んだ愛理は、
「知りませんよそんなの。……まぁ、城戸くんが鞄を持って行動するように仕向けたのは私なのだけれど」
「……そうだ! おまえが案内するって急かすから自分の席も聞けなかったじゃねぇか!」
「仕方ないですね。ひとつ貸しですよ」
「ひでぇ! ハメられた挙句、貸しまで取られるのかよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……こうして俺の鞄は水瀬の手によって掃除用具入れのロッカーにぶち込まれ、講堂へと連行されるのだった。
第3回心理学用語解説コーナー『カリギュラ・エフェクト』
ガラッ
颯太「よし! 今日は俺が先に来れたぞ!」ガッツポーズ
颯太「今のうちに全部準備しておくか~。この間は俺が生徒役やったし、今度はエリビアさんにやってもらうかな」ゴソゴソ
~数分後~
ガラッ
愛理「……ちっ」ピシャ
颯太「おーい! どこいくねーん!」ガラッ
愛理「……ん。城戸くん、集合時間までまだ10分以上あるじゃないですか。前回の反省会で抜け駆けは無しと、あれ程強く合意したのをもう忘れてしまったんですかアホ戸くん?」ギロッ
颯太「うぐぐ……そ、そういうエリビアさんこそなんで10分以上も前に来てるんだよ!?」
愛理「あら……それは愚問ね。集合時間なんて城戸くんに対するただのフリじゃない。だから城戸くんがちゃんと集合時間よりも前に来ているか確認しに来ただけよ」
颯太「……へ? どういう意味だよ?」ポカーン
愛理「では城戸くん、今もし目の前に熱々の熱湯風呂があったとして、あなたのすぐ後ろに私がいたらなんて言いますか?」
颯太「位置的に、熱湯風呂、俺、エリビアさん、ってことか?」
愛理「えぇ。そうです」
颯太「なんかそれどっかで見たことあるような……。押すなよ、か?」
愛理「そうです、その言葉を待っていたのよ。正確には、1回目は、押すなよ! 2回目は、絶対に押すなよ!? 3回目は、いいか!? 絶対に押すんじゃないぞ!? これがお決まりのパターンですね」キリッ
颯太「やけに詳しいな。お決まりってなんだよ?」
愛理「3回目で落とされるトリオ芸人の伝統芸のアレですよアレ」
颯太「あぁ~! ……んで、それが今回のこととなんの関係があるって言うんだよ」
愛理「あら? まだ分からないの? ……ん。では、第3回心理学用語解説コーナーを始めたいと思います」ペコリ(お辞儀)
颯太「は!? なんで唐突に始めるんだよ!?」
愛理「今回は私、水瀬愛理と、誠に遺憾ながらガヤ要員として城戸颯太が――」しれー
颯太「おいっ! ちょっと待てーい! しれっと無視するな!」ビシッ
愛理「城戸くん? ガヤが強すぎます。3回まわしなんですから、少しは考えて下さい」ギロッ
颯太「あ、すいません……ってなんで俺怒られてんの!?」
愛理「……ん。気を取り直して、今回は今解説した通り『カリギュラ・効果』についての解説でした」
颯太「……いつの間に解説始まって、いつの間に終わってたんだよ?」ポカーン
愛理「城戸くん、あなたは今日集合時間を守りませんでしたよね? 反省会で私があれ程強く“抜け駆けは禁止、集合時間は守りましょう”と言ったのに」
颯太「ま、まさか! エリビア、お主やってくれたなぁぁぁ!?」ピクピク
愛理「やっと気づき来ましたか? 他人から何かを禁じられると、それを無性にやりたくなってしまう心理を『カリギュラ・エフェクト』と言います」キリッ
颯太「ハメられた! くそぉぉぉぉ!」
愛理「……ん。まぁ、トリオ芸人の伝統芸、熱湯風呂は実際のところ『カリギュラ・エフェクト』ではないのだけれど、分かり易くなるので参考までにいれてみました。……後は『カリギュラ・エフェクト』が使われている有名な童話として“玉手箱は決して開けてはなりません”と言われていたのに、開けてしまった『浦島太郎』や、“障子を開けないで下さい”と言われていたのに、開けて覗いてしまった『鶴の恩返し』などがありますね」
颯太「今回こそは俺がメインでやろうと思ったのに……次回こそは!」
愛理「……ん。それではまた次回の、このコーナーでお会いしましょう。以上、エリビアがお伝えしました」ペコリ(お辞儀)