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3-2 水瀬愛理 ※後書きあり第14回心理学用語解説コーナー『パーソナルスペース』『公衆距離(パブリックディスタンス)』

 男が振り上げた拳は真っ直ぐに彼の顔面へと放たれた。


 ……私はこんな状況を作り出した張本人だというのに何もできないでいた。

 本当は止めに入るべきなのだろうけれど、恐怖に支配された身体は私の願い通りには動いてくれなかった。声すらも上げられず、根を張ったように動かない両足に恨みを込めながら、ただただ恐怖に目を瞑る。


「なっ、殴ったね!」

「はぁ!? うるっせぇぞ!」

「黙れよクソガキ!」

「……二度もぶった! 親父にも……ぶたれまくったのにぃぃぃ!」

「……な、なんだよてめぇ!」

「ふざけてんじゃねぇぞ!」


 ふざけた調子の彼の言葉の前後に、鈍い殴打音が2回聞こえてきた。

 怖くなって更に目をきつく瞑ることしかできない自分を私は責めた。


 ……私のせいだ。すべて私のせいだ。なんて私はちっぽけなのか。なんて私は非力なのか。私がいなければこんなことにはならなかった。ごめんなさい……ごめんなさい。……消えてしまいたい。


「……まぁ、冗談はこの辺にして、おいお前。よくも2回も殴ってくれたな?」


 ……えっ!?


 聞こえてきた彼の声であろうその言葉は、私が今まで聞いたことのない冷酷無情なものだった。

 およそ感情というものが感じられないその声風に驚いて恐る恐る目を開けてみたら……、


「そ、それがどうした?」

「黙れつってんだろぉ――――ウグゥッ!?」


 男がまた拳を振り上げて彼に殴りかかったのだけれど……。

 次の瞬間には殴りかかったはずの男が仰向けになって地面に倒れていた。


 ……んっ!? 何が起きたの!?


「お前バカだろ。拳振り上げて打つなんて、今から殴りますよ、って言ってるようなもんだぞ」


 仰向けに倒れ苦痛に顔を歪めて苦しそうに呼吸をする男に向かって彼はそう言った。怒りも恐怖も憐れみも何もないその声はどこまでも冷たく、どこまでも無感情だった。


「……てめぇ! ぶっ殺すぞ!?」

「なんだ? お前も投げられたいのか? 丁度2発もらったしお前も投げれば……おあいこだな?」


 彼の言葉でやっと理解することができた。

 倒れている男はどうやら彼に投げ飛ばされた結果、今の状態になっているみたい。

 ただ、どう投げ飛ばされたのかは一瞬の出来事過ぎて分からないのだけれど……。


「ふ、ふざけんな!」

「ふざけてねぇよ。それよりそいつ連れてさっさとどっか消えろ。もういいだろ? 痛み分けドローってことで」

「なんだ? ビビったのか!?」

「あぁ~うるせぇよ。俺の親父刑事なんだが、電話して今ここに召喚してやろうか? ほら、名刺やるよ」


 面倒くさそうに財布から呪符(名刺)を取り出して男に渡す彼。

 ……しばらくしてから顔面を蒼白に染め上げた男が「お、おい今度会ったらタダじゃおかねぇからな!? ……おい、起きろって!」倒れていた男に肩を貸して逃げるように去って行った。


「……城戸、くん……城戸く、ん……ごめんな、さい……」


 口から漏れていく言葉と目から零れていく雫。

 様々な感情が一気に溢れ、呼吸すらもままならない。

 緊張と恐怖から張り詰めていた身体が弛緩し、すべての力が抜けて地面に座り込んでしまった。


 頭ではこんな姿を彼に見せるのは恥ずかしいと理解していたのだけれど、今はもうどうにもならなかった。

 子供のように声を上げてひたすらに泣くことしかできなかった。

 そんな見苦しい私のことを彼は黙って泣き止むまで頭をポンポンと撫でてくれた……。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……ん。城戸くん……本当にごめんなさい」

「落ち着いたか?」


 どれだけの時間泣いていたのかは分からないのだけれど、やっと気持ちが治まってきたのですぐに彼に謝った。謝って済む問題ではないと分かってはいても、謝ることしかできない私自身への苛立ちが募る。


 私が私利私欲のために彼に脅迫まがいなことをして罰が下ったのだ。自業自得でしかない。


「……えぇ」

「そうか。なら訂正させてもらうが、水瀬は被害者であって俺に謝る筋合いはないぞ? ……どっちかって言うなら感謝するべきだな」


 そう言って彼は笑った。純粋に明朗に快活に。

 こんな状況でも私を気遣ってくれる……こんな状態でも私を気にかけてくれる……こんな様態でも私を救おうとしてくれる。

 気を抜けばまた泣き出してしまいそうだったので、爪が食い込むほど強く手を握りこんで堪えた。


「ありがとう……ありがとうございます城戸くん」

「な、なんだよ、やけに素直じゃねぇか」


 今更取り繕ったところで何も意味なんてないから。

 そう言おうと思ったのだけれど、恥ずかしくなって飲み下した。


「素直で悪い?」


 結局照れ隠しで無愛想な返事をすることしかできなかった。

 ……私のへたれ。


「それでこそ水瀬。さて……クイーン愛理(エリ)ザベス、そろそろ出航のお時間ですよ?」


 冗談めかして彼が座り込んでいる私の目の前に手を差し出してくれた。

 その手を握り、そこで初めて私は彼の顔を見た。


「き、城戸くん! 大変! 血が、口から血が出てる!」


 気が動転して手を思い切り引っ張ってしまい、倒れまいと踏ん張った彼に勢い良く飛び込んでしまった。……有り体に言えば抱きついてしまったのだ。


「元気じゃねぇか」


 気が抜けたように笑いながら私を優しく離すと、


「水瀬の服に血付かなかったか? クリーニング代寄越せってのは勘弁してくれよ? 水瀬が飛び込んできたんだからな」


 なんてことないように言い放つ。

 また私を気にしている。それはもの凄く嬉しいことなのだけれど、彼はもう少し自分のことも気にすべきだと思う。私がどうしようもないワガママを言っていることは分かっているのだけれど……。


「ちょっと待って! 止血するから動かないで」

「あぁ、気にしなくていいぞ。もう止まってるし、手で拭えば、はいキレイになりました……それより帰るぞ~」

「城戸くん、ちょっと待ちなさい!」

「ほら早くしろ~おいてくぞ?」


 ――そのまま歩きだしてしまう彼を追いかけて私は駆け出した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 門の前で送ってくれた彼が「今日は散々だったな」と言って歯を見せて笑った。


「えぇ、本当に」

「んじゃお疲れさん」


 踵を返して当たり前のように帰ろうとする彼。

 すかさず私は帰らせまいと“手を握った”。


「愛理なのに襟じゃないだと!?」

「……ん。そんなに襟の方がよかった?」

「ツッコミ的には襟の方がよかった。……それでなんだ?」


 彼のツッコミ気質に笑いを堪えながら「傷の手当てをしたいから上がって頂戴」と促す。


「もう止まってるから大丈夫だって。それにこんな時間に片や血の付いた男と片や泣き腫らした愛娘を両親が見たらどう言い訳すんだよ?」

「……そ、それは……」

「だろ? だから気にすんな。ほらさっさと家に入れ。俺が帰れないだろうが」


 困ったように眉を下げた彼。

 なんだか無性に困らせてみたい気持ちになってしまった。


「私が家に入らなかったら、城戸くんはずーっとここにいてくれるの?」

「あぁ、いる……訳ないだろ! 冗談言ってないで帰って下さい天然御嬢様」

(嘘つき)

「あぁ? なんだって? 嘘つきなんて言葉聞こえなかったぞ?」


 しっかりと聞こえてるじゃない……恥ずかしい。

 なので私は逃げるように踵を返して一言。


「いいの? 止めるなら今の内よ?」

「止めねぇよ! はいはいじゃあ月曜日な~」


 なんだかあしらわれている気がしてならない。

 悔しいので歩みを進めて3歩目で振り返ったらもう彼の姿はなかった。

 本当に嘘つきだ。私のワガママだけれど……。


 ……ん。そもそも、もう彼には十二分に子供だと思われているのだろうし、開き直ろう。目一杯ワガママを、駄々をこねて困らせてみよう。


 そこで私は普段出すことのない大声を出した。


「きーどーくーん! 私ー、まだ入ってないけどー!?」


 暫しの静寂の後に彼からの返答があった。


「……はぇぇぇっ!? ……早く、入れぇぇぇ!」


 思わずにやけてしまった。

 姿も見えず、ただ返事が返ってきただけなのに、それだけでこんなにも嬉しく感じてしまうことに。


 あぁ、そっか。私は……。


 ――そして同時に気付いてしまったのだ自分の本心に。

 ――自覚してしまったのだ……彼のことがどうしようもなく好きであることを……。

 解説前に一言!


 愛理ちゃんが約2年半経って、やっと自覚してくれました。(白目)ごめんなさい私のせいです。




 第14回心理学用語解説コーナー『パーソナルスペース』『公衆距離パブリックディスタンス



 『パーソナルスペース』『公衆距離パブリックディスタンス』について


 今回はこのふたつについて解説したいと思います。


 まずパーソナルスペースですが、簡単に言ってしまえば許容できる対人距離感のことです。

 具体的に言いますと、家族や恋人、親友などの親しい間柄の人に肌が当たるほど近づかれても、大半の方は嫌な感じはしないと思います。

 ですが、通勤、通学ラッシュの電車に押し込められた際、否が応でも見ず知らずの他人と密着しますよね? その時嫌だな~とか、不快感を感じると思います。まぁ、人によって視界に入っただけで嫌な人物というのもいらっしゃるかと思いますが……。


 これは許容できる対人距離感の違いによるものです。


 距離感には範囲に応じて、

 0~45cmまでを許容できる密接距離。

 45~120cmまでを許容できる個体距離。

 120~350cmまでを許容できる社会距離。

 350cm以上までを許容できる公衆距離。

 という区分けがあります。


 愛理ちゃんは許容距離が広く、ごく一部の人を除いて350cm以上の公衆距離となっています。愛理ちゃん的に言うとこれが「檻」ということです。

 教室などでは諦めているようですが、広い場では公衆距離以内に近づかれると愛理ちゃんは凛とした猫かぶり威嚇モードに入ります。


 ほとんど愛理ちゃんについての解説になってしまいましたが、ご容赦下さい。


※一部暴力、暴行に関する表記がありますが、当該行為は法律で禁止されております。

※当作品は暴力、暴行を助長する意図はありません。



 ~以下別作品の宣伝と土下座です~

 私の別作品

 『僕のクラスには校内一有名な美人だけどコミュ障な隣人がいます。』

 の更新にかまけておりましたすみません。(土下座)


 水瀬(みなせ)愛理(えり)ちゃんをモチーフにした江里(えざと)美奈(みな)ちゃんがマイペースに頑張っていきます。

 城戸(きど)颯太(そうた)くんの名前だけモチーフにした相田(そうだ)君孝(きみたか)くんもやっぱりマイペースに頑張っております。


 お暇がありましたら読んでいただけると嬉しいです。以上宣伝でした!

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