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1 ※後書きあり第13回心理学用語解説コーナー『ミラーリング・エフェクト』

「……っち、城戸っち~起きてYO!」


 微かに聞こえてきたタロの声が微睡みに沈んでいた意識を引き上げる。

 なんで俺の部屋にタロが!? なんてありがちなボケをする程の深い眠りではなかったので、すぐに目を開けた。


「うひぃっ! ……城戸っち無言でいきなり目だけ開けるのやめて! めっちゃビビるわ~!」


 いや、それは俺のセリフだ。

 目開けたら眼前にタロの顔がある驚きも中々だからな?


「タロくん近いです」

「メンゴ……メンゴ?」


 吐き気や寒気も消え去り、澄み切った視界に安堵しながら不思議そうに首を傾げるタロに問う。


「それでどうかしましたか?」

「いや、いつもの城戸っちだな~って思ってね」

「はい?」


 とりあえずとぼける。タロが言いたいことは理解しているが、それを説明するのも面倒くさい。それに俺には地味だけど真面目な優等生キャラという地位が確立されつつあるので、これ以上ブレる訳にはいかないのだ。


「俺もいつもの城戸っちの方が助かるかな~……ってそれよりも、みんな起こす前に城戸っちに確認しておきたいことがあるんだけど?」


 どうやらタロにも何か思うところがあるらしく、含みのある物言いでそれ以上の追求はなかった。


「なんですか?」

「起きてたメンツには無料になったこととか城戸っちに言われたことは説明しておいたんだけど、これから起こす皆にはどの程度まで説明する?」


 タロの背後に見えるのは腕を組んで仁王立ちしている佐藤だけで、顔を動かして辺りを確認したら花ヶ()と木()ダブル()崎がソファーに寄りかかって何故か抱き合いながら眠っていた。

 ……一体何があったんだよW崎に。


「その前に自分からもう一度起きていたメンバーに説明しておきたいことがあるので、集まってもらっていいですか?」

「うぃ!」


 佐藤に声を掛けに行ったタロを見送りながら思い返す。

 店長との話し合いはなんとか上手くまとめることができた。


 始めに相手を挑発して冷静さを失わせる。これによりペースを掌握し、俺のやりやすいように場の流れを作った。


 次に「これが公になったらあんたはどうなると思う?」と相手の不安を煽る。これは『恐怖(フィア)・アピール』テクニックと呼ばれるものであり、その後の案を通しやすくするために行ったものだ。


 そしてスマホで調べた関係法令に該当する部分を列挙して逃れられないことを理解させて解決案をのませ、最後に「もし何か不満があればここに電話してくれ。謝っても済まされない警察官が俺の親父なんで」と言いながら親父の名刺を渡して釘を刺した。


「城戸っちみんな呼んできたけど?」


 その声に顔を上げると4人の姿があった。W崎は若干眠気を残した瞳をしていたが多分大丈夫だろう。


「先程はすみません、すぐに眠ってしまって」


 話し合いを終えてパーティールームに戻った頃には『自己調整法』の副作用が始まりだしていたので、簡単な説明をタロに任せてソファーに座るなりすぐに解除して半ば気絶するようにして眠りに落ちた。

 そのためきちんとした説明ができていなかったので4人に集合してもらった。


「おはよ~かなぁ?」


 花ヶ崎がふざけたように笑みを溢した。


「はい。おはようございます」

「……もどってるし」


 今度は不満を表すように眉を顰めた。


 ……うわぁ。そういや花ヶ崎が一番面倒くさいんだった。


「まぁまぁ……それで城戸っち説明するんでしょ?」


 空気を読んだタロに助けられて説明を行った。内容は先にタロが話したものと重複してしまうものも含めてだ。


「先にタロくんから聞いているとは思いますが、今日の料金は全てタダになりました。もちろん皆が回復するまでの延長分もです」 

「うす!」

「それとサービス券も貰えるんだっけ?」

「そうそう~。それは結構ラッキーかも? 今度エリー連れてこよ~っと!」

「はい。それでひとつ提案なんですが、皆には飲酒の事実は伏せておこうと思います」


 当たり前のことだが秘密を知っている人数が増えれば増えるほど漏洩するリスクは高まる。

 店長との話し合いでは俺達に罰が下るようなことはまるで無いように振る舞ったが、実際はそんなことはない。

 俺達に責任は無いとはいえ、飲酒したことは事実である。この事が学校や各々の家族、両親に知られた場合何かしらの対応がされるのは明白だからだ。


「けど城戸っちどうやって皆にこの状況を――」


 タロの言う通り一番のネックはこの状況をどう皆に説明するかなんだが……、


「……ん。何か面白そうな話しをしていますね」


 突然タロの言葉を遮った声。

 なんでこのタイミングで起きるんだよ天然酔っ払い御嬢様は、と胸中で悪態をつきながら振り向く。

 右手をこめかみに当てた水瀬の表情は気だるさが濃く溶けており、歩くたびに揺れる長い黒髪も心なしか元気がないように見える。


「エリー! おはよ~! グッモーニン!」

「紗英……離れてとは言わないけれど、頭が痛いからあまり大きい声を出さないで……」


 駆け寄って抱きついた花ヶ崎を引き離す気力もないようで、普段の凛とした姿からは程遠い様子で弱々しく声を発するだけだった。


 ……これ完全に酒が原因のやつだろ。とりあえず水でも飲ませておくか。


「水瀬さんお水でも飲みます?」

「えぇ」


 グラスに水を注ぎ手渡すと水瀬はそれを一気に飲み干した。

 そして一息ついてから顔を上げると、いつもの凛とした水瀬に戻っていた。


「それで城戸くん? 私の聞き違いでなければ、飲酒というワードが聞こえた気がするのだけれど」


 矛先はやはり俺に向いているようで、水瀬の鋭い眼光はこちらに一直線に突き刺さっている。


 痛い! 視線が痛い!


「気のせいじゃないですか?」

「そう……ならこの状況と私の頭痛にアルコールの摂取が関わっていないと言うのね?」


 息を吐くように嘘をつく、ではないがとにかく誤魔化そうと、とぼけてみたがやはり水瀬には通用しなかった。

 ここでどうにか誤魔化そうとすると泥沼に陥るのは目に見えていたので素直に認めることにした。


「……すみません。関わってます」

「始めから素直にそう言っていればいいのよ……色々聞きたいことはあるのだけれど、先にひとつ聞いてもいいかしら?」

「なんですか?」

「……私、その……記憶がないのだけれど何か変なことしていないかしら?」


 ……ヤバい。いや、逆に考えれば記憶が無いということは好都合と考えるべきか。


 すぐさまタロ、佐藤、木崎、花ヶ崎に向かって目配せをする。

 すると皆一様に神妙な顔付きで頷いた。

 この場を丸く収めたいという気持ちは皆同じようだ。


「……別にしてませんよ? そうですよねタロくん」


 若干の動揺は出てしまったが俺の反応は充分及第点と言えるだろう。

 その証に水瀬の表情にも変化はない。


「あ、うん。水瀬さんはすぐ寝ちゃったから……」


 タロも幾許かの動揺は見られるものの、水瀬が無反応なところをみると疑われるほどではないようだ。


「そうっすよ! だから別に変なことは……」

「してなかったよ? 安心して水瀬さん?」


 次いで佐藤、木崎と言葉を繋ぎ無事水瀬の懐疑心を刺激することなく乗り越えた。


 ……なんて緊張感だ。例えるならいつ飛び出るか分からない黒ひげに向かって刃を突き刺していくようなそんな緊張感に似ている気がする。


 そして刃と言う名のバトンはアンカーへと繋がれた。

 全員の視線が一点に集中し、ふーっと息を整えたアンカーの花ヶ崎が刃を構え、今、スタートを切った。


 ――()()()()()で。


「そうそう! エリーは変なことはしてなかったけど、可愛いことにならなっ――」


 ……ボケェェェェ! 何してくれてんだマジで!! せっかく……せっかく皆で繋いだバトンパスをぉぉぉぉ! アホヶ崎ぃぃぃぃ!


 終わったと即座に悟った俺は花ヶ崎の言葉を遮りながら離脱を図ったが……、


「あぁー! なんか急にお腹痛くなってきたんでトイレに行ってき――」

「城戸くん、どこへ行く気?」

「城戸っち逃がさないよ?」

「死ぬ時は一緒っすよ?」

「タロ×キドキターッ!」

「あっはっはぁ~っ!」


 右肩を水瀬に、左肩をタロと佐藤に掴まれて阻止されてしまった。


 なんだよコイツら! 連係とれすぎだろうが! それと暴走モードに突入した木崎と腹抱えて笑い転げてる花ヶ崎はなんなんだよ!?


「自分まだ死にたくないんですが……」

「それは城戸くんの今後の行い次第じゃないかしら? ……紗英、詳しく話してもらえる?」

「詳しく話すも何も動画撮ってあるけどエリー見る~?」

「どうして動画が……そうね、見させて頂戴」


 花ヶ崎のやつわざとやりやがったのはこのためか……。俺は先に忠告したし、どうなっても知らないからな!


 ふたりは少し離れた場所に移動すると花ヶ崎がスマホを取り出し、動画を見始めたようだった。

 時折聞こえてくる「ゃーっ!」「ぇーがー!」といった酔っ払い水瀬の声が、深々としたパーティールームに広がる。

 こちらからは水瀬の後姿しか見えない。一体どんな表情で動画を見ているのかは分からないが、後姿が小刻みに揺れているところをみると怒りに身を震わせているのだろうと思う。


 なんだこれ? なんだこの状況?


「城戸っち~現実逃避……じゃなくて話しの続きしようYO!」

「そうですね」

「それでどうやってこの状況を説明するかっすよね?」

「はい。けど自分にも良い案がなくて悩んでて……」

「皆疲れて寝ちゃったっていうのはどうかな?」

「それが一番良さそうな気もするんですけど、自分から言ってもあまり効果がないような気がして……」


 あまりにカオスな状況だったためか、タロが耐え切れなくなったように会話を回帰させた。


 さて真面目に考えるとしよう。

 皆に飲酒の事実を伏せたまま説明する方法か……。

 料金が無料になったのとサービス券が貰えたのは「俺らが100グループ目らしくて、その記念にサービス券と今日の料金タダになったんだYO!」とタロあたりに言ってもらえば皆気にしないだろう。まぁ、タダになってラッキー! という程度に感じるはずだ。


 それよりも問題なのは今の状況だ。

 木崎が言った「疲れて寝ちゃった」というのは一番もっともらしい訳だが、それをいったところで皆が納得するかは正直怪しい。

 ましてや俺やタロが言ってもまず信頼してもらえないだろう。

 そうなったらやっぱりアイツに言ってもらうのがベストなんだよな……どうやって頼むべきか……。


「城戸っちそれならみな――」

「――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 タロが何か言おうとしていたら誰かが急に叫んだ。

 驚いて声の主に目を向けたら、床に力無くうずくまっていた……花ヶ崎が。

 ほらな、言わんこっちゃない。あいつもしかしてドMなのか?


「どうしたんですか花ヶ崎さん?」

「うっ、うぅぅ……城戸くん、エリーが、エリーがぁ……ウチの動画……消し(げじ)だぁぁぁぁ! げぇぇじぃぃぃだぁぁぁぁ!! うわぁぁぁぁん!」


 伏せていた顔を上げた花ヶ崎の目にはうっすらと涙の膜が張っていた程度だったが、言い終える頃には大粒の雫が零れ落ちるようになっていた。


 始めはふざけているのかと思っていたが……号泣だった。大根役者には到底できないレベルの正真正銘のマジ泣きだった。

 自業自得過ぎて何も言えん……。ドMじゃなくてただのアホヶ崎だったか。


「……んっ。城戸くんちょっといいかしら?」


 じたばたともがきながらマジ泣きしている人気読者モデルに一切触れることなく、水瀬は俯いたまま俺を手招きして部屋の外へと連れだした。


 廊下に出て暫くしてから水瀬は眼差しだけを俺に向けた。たまにやる上目遣いだった。


「その……あれは……」


 躊躇逡巡する水瀬。言葉がうまく浮かばないのか手が頻りに空中を彷徨っている。


 ……どうやら助け舟を出さないとクイーン愛理(エリ)ザベスは出航しないらしい。

 俺はタグボートか!


「酔ってたんだし仕方ないだろ? 俺は気にしないから水瀬も気にするな」

「……ん。出来れば忘れて?」


 忘れられる気がしないぞ、あんなインパクト強い出来事。


「あぁ、努力する」

「けど……映画観に行く約束したのは忘れないでね?」


 おい、どっちだよ!?

 そもそも映画を観に行く約束は前にしただろうが。


「はいよ」

「……ん。この話しはもう終わり。それで少し聞いていい?」


 話題転換とばかりに水瀬がわざとらしく咳払いをした。


「なんだ?」

「私達が飲酒をしたことは理解したけど、どうしてそんなことになっているの?」


 当然の疑問である。

 だが今それを詳しく説明している余裕も暇もない。


「店側のミスオーダーだ。俺らに責任はないのと、店側との交渉は済んでる。取り敢えず何も心配しなくて大丈夫だ」

「……交渉は城戸くんがしたの?」

「あぁ」

「そう……なら問題なさそうね」


 ゆっくり頷くと柔らかな笑みを口元に浮かべて水瀬はやっと顔を上げた。頬には朱の残滓が微かに煌いていた。


「随分信頼してくれてるな」

「……ん。だから約束もきっと守ってくれると信じているわ」


 そうきたか……。こんな言い方は反則だろう。


「そんなこと言われたら破れないだろうが」

「破らせないように、逃げられないように言ったの」

「勘弁してくれ」


 ふっと溢した喜色は瞬く間に広がり、満面を彩った。

 俺は完全に水瀬の術中にハマってしまったようだ。


「城戸くん、さっきの話しの続きしていい?」

「お、おぉ」

「皆には飲酒の事実を伏せておく、と言ってたと思うのだけれど、どう説明するつもりなの?」

「あっ! そうだったそうだった。水瀬にひとつ頼みがあるんだが引き受けてくれないか?」

「……ん。そうね……交換条件でどう?」


 しなやかな動作で小首を傾げた水瀬。絹糸のような艶を内包した長い黒髪がさらりと揺れた。何故だか髪が楽しそうに踊っているように見える。

 それに見惚れて俺が何も言わないでいると念を押すように水瀬が言葉を続けた。


「もちろん映画なのだけど……?」と。

第13回心理学用語解説コーナー『ミラーリング効果(エフェクト)



『ミラーリング効果(エフェクト)』について


 この効果はかなり有名です。

 恋愛面では“意中の相手への効果的なアプローチ法”として。

 ビジネス面では“商談相手を頷かせる戦略的テクニック”として。

 このように様々な場面で使える実用的な効果となります。


 それでは解説に移りましょう。

 ミラーとはそのままの意味で鏡ということです。

 鋭い方ならば既にお気付きかもしれませんが、対象者(シッター)が行う動作をあなた自身が鏡になったように真似をすることです。

 例えば話し方。例えばしぐさ。不自然に、不信感をかわれない程度にやることがベストです。


 話し方は相手の癖を理解してから真似すると効果的です。

 作中の愛理ちゃんを例にするならば、


「……ん」


 という癖を真似て話すとかですね。

 後は相手が語尾を伸ばす人なら自分も伸ばす、わざと同じタイミングで咳払いをする、声音を合わせるなども有効です。


 しぐさは本当にそのままです。

 相手が頷いたら自分も頷く。相手が笑ったら自分も笑う。相手が足を組んだら自分も足を組む。相手が飲み物を飲んでいたら、種類と飲むタイミングを合わせる……などなど。



 この全てを真似することによって得られるものは、相手の無意識下の好感度です。簡単に言ってしまえば、理由なく好き、みたいなものです。


 あなたの周りにいませんか?

 顔が良いわけでも、お金持ちでも、ずば抜けて性格が良いわけでもなく、ただなんとなく好かれている人って。

 そんな人は自然と上手くミラーリングをしている人かもしれません。まずはよく見て、実例をお手本にするといいかもしれません。


 最後に重ねての注意点になりますが、やりすぎ(あからさまな真似のし過ぎ)はマイナスになります!

 かえって相手の不信感や不快感をかう恐れがあります。「いちいち真似してなんだよ!」的な。

 なのであくまで自然に、それとなく行うのがベストです。


 さぁ、あなたも気になる方にやってみてはいかがでしょうか?

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