0 田所太郎
作中には一部実在の心理学的表現を使用していますが、作品全般としてはこの物語はフィクションです。
実在又は歴史上の人物、団体、固有名詞、地名、国家、その他全てのものとは名称が同一であっても、一切関係はありません。
又、誤字、脱字を発見していただけましたら、報告していただけるとありがたいです。
――うちのクラスに外部生が来た。
初めはそんな程度に思っていただけだった……あ、いや訂正。「なんだ美少女じゃないのか」が本音だな~。
とにかく城戸颯太という外部生が来たんだ。
第一印象は影薄い。
だってクラスの皆が水瀬さんに気を取られてたらいつの間にか教室に入ってたからね……あ、いやこれも訂正。水瀬さんと比べるのは間違いだった。クジラとアリのサイズを比べるようなもんだ。
第二印象は真面目そう。
メガネ掛けてたから何となくそう見えた……なんて安易なもんじゃない。
自己紹介の内容、それにやたらと深いお辞儀からの~突然の不動。
もうね、逆に俺が焦ったもんね。真面目な子がいきなり「お前外部生、自己紹介よろ」なんて言われたらそりゃ頭真っ白になってフリーズするしかないもんな。
皆も多分先生もどうすればいいか分かってなさそうだったから、気まずい空気だな、って思ってつい口にしたのが「マジメかっ!?」。
ツッコミどころかただの感想。自分でもやっちまったぁ~って思ったけど、なんでか皆爆笑。結果オーライってやつだな~。
そんで第三印象は色んな意味で衝撃的だった。
……何が衝撃的だったかって? そりゃあまず水瀬さんが興味を示したことだよ。
冷静沈着なクールビューティーを絵に描いたような人がいきなり普段とはかけ離れた行動をしたからな。
俺らみたいな凡人には感じ取れない何かを察知したんだと思う。
――そしてそれは当たってた。さすがは水瀬さん、なんという慧眼。
ただの真面目な外部生だと思っていた城戸颯太もまた凡人ではなかったからだ。
求められた特技披露は完全な無茶振りである。
だから初めは水瀬さんが城戸颯太に何か恨みがあって恥でも掻かせようとしているのか、なんて考えたくらいだ。
静まり返った教室内。皆の好奇心が一切の音を消した。
そんなプレッシャーの中、城戸颯太は口を開いた。
「水瀬さんは真面目で頭の回転が良く、学業の成績も優秀ですね。リーダーシップもあり、クラスメイトからは絶大な信頼を寄せられていると思います。そして得意なことは料理ですね。特にお菓子作りとか。まぁこんなところです」
……びっくりした、なんてもんじゃない。足のつま先から頭の天辺まで鳥肌が立った。あまりにも占いの内容がパーフェクト過ぎて一種の恐怖を感じたからだ。
皆は驚きの声を上げていたが、俺は何も言えなかった。
言い当てられるということは全てを見透かされているのと同義であり、それは俺みたいな奴からしたら恐怖でしかない。
――人が怖くて、嫌われるのが恐ろしくて、必死に取り繕ってる薄っぺらい俺みたいな道化師にはね――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さーてと、いい加減現実逃避はやめなきゃな~。
「とりあえず皆が起きる前に色々と片付けとこっか」
「うっす」
目の前には寝静まったクラスメイト達。その中には抱き合うようにして眠る花ヶ崎さんと木崎っちゃんの姿もある。頬にはいくつかの涙痕が煌き、その儚くも美しい光景はまさに百合の真骨頂! 木崎っちゃんのこと言えないけど百合こそ至高! 百合こそ正義!
あぁ! 写メ撮りたいけどこれは俺の脳内に永久保存されるべき……、
「どうかしたんすか?」
「な、なんでもないYO!」
ふぃ~焦った焦った。
サトに声を掛けられて一気に現実に引き戻された。おかしい、現実逃避はやめたはずだったのに……。
「そうっすか……しかし城戸くんも底が知れないっすね」
テーブルの上に置いてあるグラスをまとめながらサトは言った。
底が知れない、それは確かにそうかもしれない。
その片鱗は何度か見た気がするけど、今日で確信に変わった。
――城戸颯太はただ者じゃない。
影が薄い? ちがう。そう振る舞っているだけだ。
真面目そう? ちがう。そう思わせているだけだ。
ならその本質は? ……分からない。サトも言ってるけど深すぎて、底が見えないのだ。
初めに水瀬さんと比べるのは間違いって言ったけど、それも再訂正だな。
何故ならふたりに共通点があったからだ。
水瀬さんは一部の例外を除いて、平等に均等に一定の距離を保って接している。
これは皆気付き感じていること。
だからこそ水瀬さんは人気がある。近付こうと手を伸ばしても決して届かない神秘性……ミステリアスだからだ。
一方の城戸颯太は一見誰にでも近付かれやすいオープンな態度で接している。
だけどそれは錯覚だった。
水瀬さんが明確な距離を保っているのに対して、城戸颯太は曖昧で絶妙な距離感を維持している。
皆に向ける優しそうな笑みの裏にはそれ以上の接近を拒む意志があり、時折見せるノリの良さは親しみを演出している。
こうして城戸颯太は距離感を調節しているのだ。
「かもな~。水瀬さん並みかも」
自分で口にしてみて、それはないな、と内心で訂正した。
同じように距離を取るふたり。そのため比較するのは簡単なことなのだ。
一定を保つ水瀬さんよりも、近付きすぎず、離れすぎずをやってのけている城戸颯太の方が明らかに上手だからだ。
「……それでその城戸くんは今回どんな感じで店側と話しつけてきたんすか?」
グラスの中身をゴミ箱に捨てていたら予想通りの質問が飛んできた。
あちゃ~。一番興味津々だった花ヶ崎さんが眠ったからこれ以上の追及はないと思ってたんだけどな~。
「普通に話しただけだよ」
言ってみて笑いそうになるのを必死でこらえた。
普通の高校生にあんなことできる訳がない。
店側に100%責任があるのにもかかわらずあえて譲歩し、スムーズに話をまとめるために過剰な要求をすることもなく最後にはきっちりと釘を刺す。
うん。どう考えても普通じゃない。
「……何か言えない事情でもあるんすか?」
アウチ……なかなか鋭い。
言えない事情も何も城戸颯太自身から口止めされてるからな~。
「察してくれると助かるYO!」
なのでサトの鋭さを逆手にとってわざとおちゃらけて返した。
そうすればきっとこれ以上聞いてくることはないだろうと確信して。
「……うす、わかったっす」
「すまねぇ」
「タロが気にすることじゃないっすよ。……そういえば話は変わるんすけど、来月の騎馬戦メンバーに推薦したい人がい――」
サトが気を使って話題転換をしてくれたおかげで気まずさはなかった。
……さて、まずは片付けを終わらせないとな~。




