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「――舞い散る――」


 歌い終わりと共にアウトロを迎え、異様なプレッシャーからも解放された。

 タロが誘導するような形で皆も一緒になって歌ってくれたので、自分で想定していた以上に盛り上がった。取り敢えずトップバッターとしての責務は果たせたようで一安心だ。


「城戸くんノリノリだったね!」

「カッコ良かったよー!」

「城戸くんがラップ歌ってるの、なんか意外だったかも!」

「しかも完璧に歌ってたし!」

「城戸っちナイス!」

「城戸くんさすがっす! 本番に強いってことは尚更参加してもらうしかないっすね……」

「真面目とのギャップがいいわ! さすがナイト!」

「にっしっし~。ウチの学園にはピッタリの選曲だね~。桜トンネルが思ってたよりも綺麗ってことしか特徴無いし~」


 マイクをスタンドに掛けていたら周りに集まった奴らに「よくやった」と肩やら身体をバシバシと叩かれた。


 おい、誰だよ今密かに脇腹ツネったやつ!? 地味に痛い! それと色々と気になる言葉があった気がするが……。


 脇腹の痛みに耐えながら皆に「ありがとうございます」と返答をしていたところ、ポケットに入れていたスマホが振動していることに気が付いた。……なんだ?


「次歌いたいやついる? 多分全員が歌えるほどの時間が無いかもしれないから、いなけりゃ俺の美声に皆酔いしれることになるけど?」

「それなら俺歌うわ!」

「私もちょっと歌いたいかな」

「せ、拙者も!」


 メールか何かだろうと放置していたがその小刻みな揺れは収まることが無く、取り出して確認すると[着信:籠橋鈴奈]の表示が。


「城戸っちサンキュー! 先陣切って歌ってもらえるなんて思ってなかったから、本当に助かったよ」

「いえ。……ちょっと電話きたんで席外してもいいですか?」

「了解。城戸っちのおかげで盛り上がったし大丈夫だよ! それよりこんな時に出なきゃならない電話って……もしかして彼女からとか?」

「違いますよ。従妹からの電話です」

「な~んだ違うのか~。城戸っち行ってらっしゃ~い!」


 わざわざ電話を掛けてきたからにはそれなりの急ぎの用でもあるのだろうと、タロに断りを入れて一先ずパーティールームを退室しながら、画面上のバーをスライドさせる。


「――もしもし」

「あぁーっ! そーにぃやっとでてくれたー! って騒がしい!?」

「すまんすまん。今外に出るから待ってくれ…………」


 パーティールームを退室したはいいが店内の廊下は狭いため、そんな場所で立っていたら邪魔になるかと考え、結局店舗の外へと足を向けた。


「うん。そーにぃ今どこにいるの?」

「静かになったか? カラオケだよ」


 プレッシャーから解放された身体を伸ばしながら、春らしい陽気だった昼とは打って変わった冬の冷気を纏った風に当たる。

 火照った身体には心地良いものだった。


「静かになっ――カラオケ!? なんで? どったの?」


……そんなに驚かれると軽くショックなんだが。


「俺の歓迎会とやらをクラスの皆が開いてくれたんだ」

「みんな?」

「あぁ」

「……もしかして、水瀬先輩も来てたりするのかなー?」

「来てるぞ? あと、なんでか花ヶ崎も参加してるぞ」

「……そっかー。水瀬先輩に花ヶ崎先輩も……」

「それでどうした? 何か用か?」

「…………」


 分かるぞその気持ち。誘った俺でもまさか水瀬が来るとは思っていなかったからな。


「おーい鈴奈?」

「え? うっ……ごめん。それで何のお話しだっけ?」

「何の話しってそれは俺が聞きたいんだが? わざわざ電話してきてどうしたんだ一体?」

「……あっそうそう、明日の予定お母さんに邪魔されて全然決められなかったじゃん? だから今決めちゃわないとって思って電話したんだけど? 今大丈夫かなー?」

「そういや飯食う時に決めるって約束してたな……。いいぞ。決めちまうか」


 ……潤さんに対面からソーダを噴きかけられたせいでうやむやになってたな。

 もしかしてあの時鈴奈が拗ねてたのは、色々と決めようとしてたのに潤さんに邪魔されたからだったのか? ……可愛い奴め!


「うん!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「結構時間掛かっちまったな……やべぇ」


 あれやこれやと決めていたら思っていた以上に長引いてしまい、通話を終えた頃にはスマホの充電が切れかかってしまったため、最寄りのコンビニへと充電器を買いに走った。

 そして再びダッシュでカラオケ店へと戻りパーティールームの扉を開こうとしたのだが……、


「……やけに静かだな」


 扉の隙間から一切の音が漏れていないことに首を傾げながらノブを捻った。


「すみません。遅くなりま……」

「――城戸っちー!」


 扉を開けて開口一番に謝罪をしようとしたら、蒼ざめた表情のタロにいきなり飛び付かれた。


 ったくやめろ忠犬! 離れろ! こんな場面で抱き付かれたら木崎さんの暴走が止まらなくなるだろ!


 タロを引き離しながら「どうしたんですか一体?」と声を掛け、室内を見回すと――異常な光景が目に入ってきた。

 皆ソファーやテーブル、地べたなどで横になって眠っていたのだ。

 タロと同じように佐藤と木崎さんもどうしていいのか分からないらしく、ただ呆然と立ち尽くしているだけだった。


「……それが皆急に寝ちゃって。今起きてるのは俺と佐藤と木崎っちゃんと花ヶ崎さん。……後一応水瀬さんもだけど」


 一応ってなんだよ一応って。


「取り敢えず皆起こすっすか?」

「ど、どうしよ? なんでこんなことに……」

「そうですね……取り敢えずタロくんは人数分のお水を注文しておいて下さい。佐藤くんは男子を木崎さんは女子を看ておいて下さい。酩酊状態だと暴れてしまうこともあ――」


 ……どう見てもこれ皆酔って寝てるだけだよな? 顔赤くなってる奴もいるし……。

 勘違いかと思っていたが、やはり微量のアルコールが飲み物に入っていたようだ。

 正直あの程度なら問題ないだろうと考えて特に何もしなかったが、どうやら俺のアルコール耐性は親父のおかげで相当に高いらしい。


 さて、一先ずは皆の容態を確認してそれから注文内容がどうなってい……、


「――きー()くんっ! ふふふ♪」


 3人にそれぞれ指示をだしていたところ、突如背後から呂律の回っていない妙に幼く甘えるような声が聞こえてきた。

 そして、何事か!? と振り向く間も無く声の主は腕を俺の首に絡ませ、縋るように抱き付いてきた。


 はぇ!? ちょっ、なに!? 背中にもちふわプリンプリングランドキャニオン×2が!? それと首絞まってるって! なにこの天国と地獄!? 最高に柔らか……ってギブギブ! く゛る゛し゛い゛……!


「「「「…………え!?」」」」


 タロは目を見開いたまま固まり、佐藤は口を開けたままフリーズ、木崎さんに至っては目に映った現実が受け入れられないのか無表情のまま凍りついていた。無論俺も同じように声を発したままの状態で硬直していた。


「あっ! エリー、ちゃんと座ってないとダメだって!」


 誰もが今見ている現実を受け止められずにいる中、小走りで近寄ってきた花ヶ崎だけがいつも通りの調子だった。

 俺に抱き付く水瀬に同じように抱き付く花ヶ崎。……なんだこの状況。


「な、なんですか水瀬さん?」


 平常運転だった花ヶ崎が切っ掛けとなり3人は各々の役割を果たすために散らばり、俺もなんとか言葉を発することができるようになったので、先ず水瀬へと問いかける。


「……あれれー? き()くんが……ふたり!? ……ふたりーぃっ!」


 正直回答に期待はしていなかったし、ある程度は予想できていたが……やはり水瀬も酔っ払っているらしい。

 首へのホールドを緩め気持ち後ろに下がった水瀬。きっと俺が分身しているようにでも見えているのだろう。始めはふたりに見えることに疑問を持っていたみたいだが、再度ぎゅっと抱き付いてきたあたりなにやらそれが楽しくなってしまっているようだ……だから背中にグランドプリンがっ!! ……グランドプリンってなんだよ!? それよりまた首絞まってるー!


 水瀬の腕を軽く2~3回叩きタップアウトを伝えるも、「ふたりつかまえたの! ふふふ♪」と無邪気に笑う酔っ払い御嬢様には通じない。……ちょっ! マジで誰か助けてぇぇぇぇ! ヤバいよヤバいよ! これ酔っ払ってるから力加減出来てないリアルガチなやつだよ!


「ギブギブ! 誰か助けて下さい! 絞まってます! 極まってます! 逝っちゃいます!」

「エリーちょっと落ち着いてって! 良い子だからね? おてて離してあげよ~?」

「やーっ!」

「よしよし。それなら城戸くんの腕に掴まろっか? それならいいかな~?」

「……ん」


 はぁー酸素酸素! なんでこんなところで死にかからなきゃいけねぇんだよ!?


 俺の本気の命乞いに気が付いた花ヶ崎が水瀬をあやすように引き離してくれた。

 渋々といった様子で水瀬はホールド場所を首から右腕にずらし、俺の顔を不思議なものを見るような目つきで覗き込んでいる。


 え、なに? 俺の顔になんか付いてる? それとも「城戸くんて改めてみたらブサイクね」とか思ってるのか!?


「……いっぱい! き()くんいっぱいいるの!」


 あぁ~そういうことか。


 ころころと笑う水瀬の瞳には純真な色彩が輝き、ほんのり赤みがかった頬には無垢な感情が映える。


「……花ヶ崎さんこれはどういうことですか? 新手のイジメですか?」

「どういうことも何も見た通りだよ~。エリーがいきなりこんな感じになっちゃって……」

「そうですか……因みに花ヶ崎さんは何ともないですか?」

「うん。ウチはお水しか飲んでなかったから」


 ……花ヶ崎は食事制限のおかげでセーフだったってことか。プロだな本当に。


「大変ですね。本当に尊敬します」

「うん? ……あっ、別に好きでやってることだし苦じゃないよ? けどそう言ってもらえるとお世辞でも嬉しいかな~」

「お世辞じゃないですよ? ……どうかしましたか水瀬さん?」


 花ヶ崎の状態を確認するために会話をしていたのだが、その最中頻りに右腕を引っ張られていたのでいい加減何事かと水瀬の方に顔を向けた。 

 すると水瀬は俺が無視していたのが不満だったのか眉をきゅーっと顰め、ふくれっ面になりながら口を開いた。


「き()くんき()くん!」

「はい」

「むしは()め! ……んふふ~♪」


 そう言って水瀬は俺の額にデコピンをかますと一転して上機嫌そうに言葉を続けた。


 爪が刺さって中々に痛いんだが……。


「き()くんあのね、いっしょ、えいがみ()いいこー! えいがー!」


 うん。水瀬に構ってたら収拾がつかなくなるな。取り敢えず酔っ払い御嬢様を切り離すか。


「すみません水瀬さん、少し離れてもらっていいですか?」

「やーっ! えーぃーがーぃーくーのぉー!」


 首を振ってイヤイヤをすると一層強く腕にしがみ付く水瀬。左右に広がった髪からは清潔感のある甘い匂いが漂う。


 なにこのいい匂い……じゃなくて、わがままかよ! 俺もやーっ! はーなーれーてーくーれぇー! 助けて花ヶ崎えもん!


「…………はぁぁぁっ! もう我慢できない! エリーがめちゃ可愛いよ~! 動画撮っておこーっと! 後でコレ見せたら……グヒヒ……」


 花ヶ崎に助けを求める視線を送ったが――それが届くことはなかった。

 ここにきて唯一頼れる存在だった花ヶ崎が己の欲望に忠実になった結果、酔っ払い御嬢様の痴態をスマホのカメラに収めるという行動に出たからだ。

 「やーっ!」とイヤイヤをする水瀬を「よいではないか~よいではないか~ゲヘヘ」とゲスイ笑いを漏らしながら撮影する花ヶ崎。 

 傍から見ると完全に盗撮被害者と加害者の図である。


 おい! それ後で水瀬に見せたら引き籠りになりかねないぞ!?

 あぁ……ダメだ。もう終わりだ! 花ヶ崎も暴走盗撮女子になっちまったしここは俺がしっかりしなくては……。


「……水瀬さん酔っ払ってますよね?」


 まず水瀬に酔っ払っていることを自覚させて自制を促す。


「よっぱら? ……ちがうよ? ……制御不能あうとおぶこんとろーる!」


 イヤイヤをやめた水瀬は右に左に首を傾げると、元気一杯にこの日一番の天真な笑みを湛えて言い切った。


 なにこの酔っ払い不覚にも可愛いんだが……ってそれよか、あかーん! 自覚あるのにこれじゃもうどうしようもねぇじゃんか!


 はぁ~しかたねぇ。やるしかないか。


 腹を括り目を瞑って、心の中で唱えた。

 中二病全盛期に決めた痛々しい自己条件付けのキーワード――“レジェンド・マリオネット・ルーラー”――を。

 やっと章タイトル回収です。

 次話は早ければ今週中に投稿致します。


 それとまたこの花粉症の方には地獄の季節がやってまいりましたね。

 私は既に目のかゆみとくしゅんくしゅんが止まりません。

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