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16-2

 昨日の予告通り連続更新です。

 水瀬は軽い冗談を言っているはずだろうに、眉間に浅いシワをキュッと寄せてやけに真剣そうな顔をしていたので、それがあまりにもおかしく見え、つい笑ってしまった。


 なんだよその“笑いながら怒る人”的なやつ! こんなん笑うわ!


 噴き出した俺を見て、水瀬の眉間に刻まれたシワは深く確かなものへと成長した。


 どうやら少し機嫌が悪くなったらしい。この反応から見て水瀬は「はい、あーん」とやらを思いのほかやりたかったようだ。

 ……今し方助けてもらって借りがあるのは確かなんだが、さすがにこれは羞恥心の問題から抵抗感がある。それに……間接キスになるのは間違いないはずなのだが、水瀬はその辺りを考慮してもやりたかったということなのか?

 あぁ、分からん! もうどうにでもな~れ!


 せめて己へのダメージが少なく済むように努めて平静を装い行動に移った。


「そうか。それじゃあ遠慮無く」

「……え、えっ!?」

「……おぉ、美味いな! カントリーマ〇ム」


 いくら咀嚼しようが、味なんてものは分からなかった。日頃から慣れ親しんでいる別の菓子の名前が出てくる程に混乱していたからだ。

 咀嚼を続けながら視線を上げてチラリと水瀬を見やると、目を見開いて固まっていた。……アレ? 俺もしかして、やっちまったかっ!? ……ヒィィィッ、死にたいッ!


「……ん。私のボケにボケ返しをするなんていい度胸ね。城戸くんのボケ殺しは宣戦布告ボケとして受け取っていいのかしら?」

「お、おぅ」


 水瀬が驚きを表したのはほんの一瞬のことで、次の瞬間には口角に不敵ともとれる笑みを浮かべた。


 やっちまったぁぁぁぁ!! やっぱりあのフリはボケだったのか……どうしよう己のアホ加減に泣きたい。


「急にそんな態度をされると私のペースも狂ってしまうからやめて頂戴」

「す、すまん」

「それで、私のお菓子作りに対する腕前の根拠はなに?」


 そう言うと水瀬は新たに取ったカントゥチーニを自分のカップへと沈めた。


「クラスメイトの会話を聞いてみてってのもあるが、あの花ヶ崎が言ったことが決め手だな」


 花ヶ崎はサラッと軽く言っていたが、食事制限をしている読者モデルが好んで食べるというのは余程なことだと思う。ましてや読者モデルという仕事にプロ意識を持って取り組んでいる花ヶ崎が、だ。


「……そう」

「それに初日に俺が“占って”やっただろ? お菓子作りが得意だって」

「あれは占いじゃないでしょう。……仮にフィナンシェが私のハンドメイドだとして、城戸くんはそれを知って何がしたいのかしら?」


 クスリと短く笑った水瀬は軽く息を吐き躊躇することなくカントゥチーニを口へ。ただ普通に食べているだけなのに自然と上品に見えるのは水瀬の持つ独特の雰囲気が原因だろう。そんな水瀬だからこそメロンパンアイスを食べた際に頬にアイスを付けていた様子は、噴き出すほど可笑しく見えた。


 何がしたいと言われても別に何もないんだよな。ただ気になっただけだし。

 まぁ、強いて言うならば「俺にもお菓子を恵んで下さい」ってところか。フィナンシェ滅茶苦茶美味かったし。あ、あと今あっさり間接キスしたよな? なんで俺だけひとりで気にしてるんだよ!


「何がって別になんもねぇけど、どうせならついでに俺の分もお菓子を作ってくれないかな~って考えてた」

「……ん?」

「いや、だから、フィナンシェが美味かったから他のお菓子も食べたいと思っただ……」

「――仕方ないわね。確かにあれは私のハンドメイドよ。どうしても食べたいと言うなら作ってあげないこともないけれど、城戸くんはその代わり私にどんな利益をもたらしてくれるのかしら? お互いWin-Winの関係でないと城戸くんは私に永遠と貸しを作り続けることになるわよ? 別に私はそれでもいいのだけれど、城戸くんがそれでは納得しないでしょう?」


 随分あっさりと認めたな。

 俺の言葉を遮った水瀬の瞳が万華鏡のように煌いた。その煌きの奥にある真意は掴めないが言わんとすることは理解できる。

 さすがに一方的にお菓子を貰うというのは図々しい。

 何かを貰ったらそれに見合う何かを返す。give(ギブ) and(アンド) take(テイク)


 なんだけどなぁ~。俺が水瀬に返せるものなんてないぞ? 


 なので水瀬に委ねてみることにした。


「逆に水瀬は俺に何をしてほしいんだ?」

「……ん? それは私が決めていいって……こと?」


 少し驚いたように眉を上げてこちらに何度か視線を投げると、腕を組んだり、顎に手をやったり、こめかみを抑えたり、「うぅぅ」と唸ったりと、急にそわそわとし始めた。

 なにやら逡巡しているようで「城戸くん。お菓子を与えた回数=見返りの回数という解釈でいいの?」なんて確認が水瀬からきたので「常識的な範囲で釣り合いが取れていればな」と返した。


 ――しばらくして顔を上げた水瀬は下唇を軽く噛みながら真率な表情を湛えてぼそっと言った。


「……が」


 え? なんだって? 下唇噛みながら言ったらそりゃそうなるわ!


「が?」

「えっ……いが。……映画って言ったの」


 少しムッとしたように言い切ると鋭い視線をこちらに向ける水瀬。その視線が「あぁん? てめぇ断ったら分かってんだろうな?」と言っているような気がする……冗談だが。


 また映画を一緒に観に行くという約束はこの前しただろうに。それを今の交換条件に持ち出してくるということは、水瀬的に言ったら「永遠と貸しを作り続けること」に当てはまるんだろうな……。

 まぁ、それで水瀬の中で納得がいくならいいか。


「映画を一緒に観に行くだけでいいのか?」

「……もっと頼んでもいいの?」

「あぁ、いいぞ」


 水瀬の出した交換条件は俺からすると既に締結しているものだったので、+αの条件をのむことにした。

 俺の言葉を聞いた水瀬は再度逡巡タイムに陥りティースプーンを指で何度かつつくと、ハッとしたように顔を上げた。

 どうも何かを思いついたらしい。


「お昼ごはんを……」

「お昼ごはんを?」

「一緒に……食べたい」

「そんなんで……」


 そんなんでいいのか? と言い掛けて口を噤む。

 水瀬と昼飯を一緒にとるということは必然的に食堂になる。正直なところ、ただ食堂で昼飯を食うのは別に構わないんだが相手が水瀬というのがネックなのだ。今更“何が”とは言うまでもないだろう。


 水瀬と食堂で昼飯を食べても注目されない方法か……。

 例えばあのサエリアではない隅の席を陣取ってはどうか? ……間違いなくその席の周りのやつらが騒ぐだけだな。何をしても水瀬な時点でアウトだ。


 ――ならば逆の発想で注目されても問題ない形にしてしまえばいけるんじゃないだろうか?

 水瀬とふたりきりだとその影響は俺にダイレクトに来る。……であれば不特定多数と共に昼飯を食えばその点は解決できるはずだ。幸い水瀬は俺とふたりきりで食べたいといった訳ではないし。

 そもそも初回は食堂の案内がてらだったからノーカンだが、普通ふたりきりで食べるって……あれ? んじゃ今のこの状況って? ……考えるのは止そう。


「城戸くん?」


 あまりに潜考していたため、不思議そうに俺を呼ぶ声によって意識は引き揚げられた。


「あぁ、悪い。それでそんなんでいいのか?」

「……ん。城戸くんさえよければ」

「因みにクラスの奴らも誘っていいか?」

「……誰を誘うの?」

「言い方が悪かったな。食堂でクラスの大半のやつらが集まって飯食ってるみたいなんだが、そこに合流する感じだな」


 それだけ大勢の輪の中に入れば注目は分散するはずだ。


「どうして?」

「飯は大勢で食った方が面白いだろ? それに俺はまだクラスのやつらと食堂で飯食ったことが無いんだよ」


 自分で言ってて悲しくなった。べ、別にぼっち飯嫌いじゃねぇし!?


「……そう。ならばそれでいいわ。私からもひとつ城戸くんに聞いていいかしら?」


 カップを傾けて一口啜ると水瀬は声音を平時のものへと入れ替えて言った。


「なんだ?」

「前にも聞いたけれど、どうして伊達メガネをしているのかしら?」

「…………」


 そういやこの間聞かれてたな。あの時は花ヶ崎が場を乱してくれたおかげでうやむやになったが、今度ばかりは逃げられそうにないな……。

 言いたくねぇ~。伊達メガネは『ハローエフェクト』からくる真面目くんに見える効果を狙ってるなんて……、


「城戸くんのことだからどうせ伊達メガネを掛けていれば『ハローエフェクト』の効果で真面目に見える、とか考えていたのでしょう?」


 バレてるぅぅぅ! 開き直るぅぅぅ!


「あぁ、そうだよ。悪いか!?」

「城戸くんらしい浅はかな考えでいいと思うわ」

「おい! それ褒めてねぇぞ!?」

「その伊達メガネ少し貸してもらえる?」

「……はぇ? 壊すなよ?」


 ……はぇって言うの完全に癖になってるわ。もうどうでもいい。


 伊達メガネを外して水瀬に手渡す。

 手に取って色々な角度から観察すると、不意に掛けた。

 ――そして“右手を軽く丸め、手の甲で伊達メガネを押し上げた”。


「水瀬」

「……ん?」

「今コンタクトつけてるだろ? 普段はメガネなのか?」

「…………」


 伊達メガネの奥に映るのは動揺に揺られる瞳。

 あえて言葉を発さないのは肯定を表しているのだろうか? それとも余りの動揺に言葉を発せないのか?

 控え目に結ばれた口が開くことは無く、代わりに艶めいた長い黒髪が首の動きに合わせて左右に広がった。どうやら否定しているらしい。


「自分の癖ってのは無意識下で起こるから本人は意外と自覚していないケースが多いんだそうだ」

「……?」


 無言のまま不思議そうに首を傾げる水瀬。表情から察するに何を言われているのか理解していないようだ。


「つまりだな、水瀬の癖がメガネを押し上げる動作だった、ってことだ」

「……?」


 水瀬は不思議そうな表情を変えないまま反対へと首を傾げた。どうもまだ理解できていないようなので実演してみる。

 水瀬が行うのと同じように右手を軽く丸め、手の甲でメガネを押し上げてから尋ねる。


「これな」


 そんな水瀬の真似をした俺の動作を見て呟いた一言が「ねこ?」だった。

 なんでだよ!? おかしいだろ!?


「いや猫じゃねぇよ!? なんでこの空気感で猫のサイレントモノマネするんだよ!?」

「……いぬ?」


 表情こそ変わらないが、あきらかに変わった声風が話を逸らそうとしていることを気付かせてくれた。

 ……よし、落ち着け。今ツッコミをいれたら水瀬の思う壺だ。


「……誤魔化そうとするな」

「……ん」


 バツの悪そうな何とも言えない顔を浮かべた水瀬は俯くと言葉を続けた。


「どうしてわかったの?」

「言ったろ? 癖だって」

「けど……前に城戸くんが、その……看病しに来てくれた時は掛けてなかっ……」

「――そういやあの時水瀬はコンタクトしたまま寝ちまったのか? 大丈夫だったか? 悪いことしたな、すまなかった」

「城戸くんには言ってなかったから、謝ることなんてないでしょう?」

「そ、そうか? あの時はたまたまメガネを掛けてなかっただけなんだろ?」

「……えぇ」

「無意識の癖が出るってことは逆に言うと日常的にやっているってことの裏返しだ。だから学校では掛けてないってことは、普段家じゃメガネを掛けてるんだろうなって思っただけだ」

「そういうことなのね」


 納得が行ったように何度か頷くとぽつりと零す。「メガネは嫌いなの」


「なんでだ? 持ち主の俺なんかよりもよっぽど似合ってるぞ?」


 いつぞや鈴奈が掛けた時と同様に水瀬にも俺の伊達メガネはバッチリと似合っていた。初めから水瀬のために作られたかのように……キィィィィ! 悔しい! それ俺のだぞ!


「……んっ! ……そういう問題じゃなくて、使用感の問題よ」

「あ……そっちか」


 キィィィィ! 自爆したぁぁぁ!


「レンズが無い場所はぼやけるから視野が狭まるし、運動をしていたらズレるでしょう? それにあたたかいものを食べたら曇るじゃない。だから学校はコンタクトなの」

「そうなのか」

「けれど私的にはメガネの方が楽だから、普段は城戸くんの言った通りね」

「ほぉ~。色々大変なんだな」

「えぇ」


 俺も水瀬もいつの間にか飲み干して空になってしまったカップに気付かずに傾け、どちらからともなくクスクスと笑った。


「そろそろ帰るか」

「……ん」


 ふたりして一頻り笑い終えた後、鞄と“アパレルショップの袋”を持って立ち上がる。

 ……そう言えば俺も歓迎会用の服を買わされたのだ。

 花ヶ崎がピチピチのタンクトップや、ベレー帽、“本日の主役”と書かれたたすきに鼻眼鏡を押し付けてきたので、水瀬チョイスの服を買うことになった。


 花ヶ崎のやつ完全にふざけてやがったな。まぁ、あれはあれで楽しかったからいいが。


「遅いから家まで送ってくな」

「あら? 城戸くんったら堂々と送り狼宣言?」

「違うわ! もう遅いからな。それに水瀬さんはお美しいから危険が危ない状態だろ?」

「……うざっ」

「おい! 人のボケの扱いが雑すぎるだろ!?」

「なにひとりで騒いでいるの? ほら送って行ってくれるんでしょう? 狼さん?」


 満面の笑みを浮かべた水瀬は踵を返しレジへと向かって行ってしまった。


「ひでぇ……」


 ひとりごちた俺は天然御嬢様を送り届けるべくその背を追うことになった。

 ――なんで俺が追っかけてるんだよ!? おかしいやろぉぉぉ!?

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