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元中二病患者の俺がちょっとした心理学を駆使した結果、何故か学園一の美女と協定を結ぶハメになったんだが……  作者: 識原 佳乃
第3章『あうとおぶこんとろーる!』

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 今回は解説コーナーをお休みさせていただきます。

 帰りのHRを終え、腐っていることが判明した木崎さんに「城戸くん的にはタロと佐藤くんだったらどっちが好み?」なる質問を投げ掛けられた瞬間、教室内の空気が凍った。

 誰しもが声の主に目を向けて固まった絶対零度の世界。凛冽な寒気がこの教室にだけ訪れているような錯覚に陥ってしまうのは当然のことだった。

 だがそんな中、ひとり歩みを進めるのは凛とした表情を静かに湛えた水瀬だった。その顔にはハッキリと「私には関係ない」という気概のようなものが浮かんでいた。


 ちょっと待て! 元凶はお前だろ水瀬!


 そんな俺の心の声は無論届くはずもなく、遠ざかる背中に恨みの念を送ることしかできなかった。

 水瀬が教室から離脱し、凍てついた空気に亀裂が入り始めた頃合を狙って口を開く。


 俺も早いとこ脱出しないと後で水瀬になんてどやされるか……。


「木崎さん! 自分はノーマルですからね!?」


 言うが早いか、踵を返して教室から逃げるように脱出した。途中背後で獲物を失ったハン……木崎さんが「タロと佐藤くんは城戸くんのこと全然イケるよね? むしろ大好物だよね?」などという、背筋が凍り付きそうになる質問を投げ掛けていた。


 ざまぁみろ! 昼休みに逃げた罰だ。因果応報、自業自得!


 いくらかスカッとしたので心持ち軽い足取りで裏門へと向かう。

 運動着に着替えて溌剌とした表情でグランドへと駆け出す者。道着を纏って引き締まった顔つきで体育館へと歩む者。そしてそのまま帰路へと就く者。

 三者三様の放課後の過ごし方を横目に見ながら下駄箱で靴を履き替え、裏門へと続く道へ足を向ける。

 忙しなく歩き回る者も、部活へと向かう者もいないこの道は当然静まり返っていて、同じ学校の敷地内だとは到底思えない程の静寂に包まれていた。言葉通りの裏門である。


「あら? 随分と遅かったじゃない。一体どこで禁断の愛を育んでいたのかしら?」


 そんな裏門だからこそ水瀬がいると余計に目立つのだ。

 門柱に寄り掛かっていた水瀬は俺に気が付くとスマホから目を上げ、長い髪を耳へと掛け目元と口元を僅かに緩ませた。


「誰のせいだと――」

「やっほー! 城戸くん!」


 水瀬の軽いジャブに応戦しようと口を開いたら、どこからか聞き覚えのある声が響いてきた。


 ……なんでコイツがいるんだ。


 声の方へ顔を向けると水瀬の寄り掛かっていた門柱の裏側から、顔だけをぴょこっと出したマスク姿の花ヶ崎がいた。

 その姿を確認してから「どういうことだよ?」という抗議の視線を水瀬へと向けてみたところ花ヶ崎の死角で、立てた人差し指を唇に当てるジェスチャーで返されてしまった。


 黙れ……喋るな……ってことか?


 水瀬のジェスチャーは間違いなく閉口を意味するものだが、その意図が読めず俺は必然的に口を閉じることになった。


「おーい? 無視はよくないんじゃないかな~?」

「……ん。紗英こんなところで時間を浪費するのは勿体無いでしょう? さぁ、行くわよ。凄く()()態な()()んも。……分かったかしら?」

「はーい! エリー手繋いでいい?」


 あぁ……そういうことか。それにしても凄く変態ってひどくないか!?


 水瀬の言葉に隠された真意を理解し、一先ずは返答を口に。


「了解しました。……それと水瀬さん自分は少し()えっち()()()んです。凄くではありません」

「あっはっはっは~! なにそれ城戸くんウケる! えっちなことは認めるんだ!?」

「……ちょっと紗英? 抱き付くのはやめて頂戴。歩き辛いのだけれど……」

「え~!」

「その……手なら紗英の好きなように繋いでいいから」

「ふふふ~! エリー大好き!」

「だから抱き付くのはやめ……もういいわ。好きにして頂戴」

「ありがと~」

「……ん。それと遂に本性を見せたわね、()ペシャル()レンチ()()ん」


 思い出したようにボケぶっこんでくるのやめてぇぇぇ!? ただでさえ、俺この場にいたら邪魔になるんじゃね? とか思って気まずかったのに!


 花ヶ崎に抱き付かれ、歩き辛そうに歩みを進める水瀬の口調はどこか楽しげだった。

 そんなふたりの背を見て思わず笑いながら俺も歩みを進めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 今日は確か水瀬と花ヶ崎に対する対応協議をするはずだったよな? そう考えながら歩みを進めていると、いつの間にか最寄駅に着いていた。

 なんで駅? ここからどうするんだ? と首を捻っていると当然のように自動改札へと歩みを進めるふたり。行き先を聞き損ねた俺としてはどうしようもないので、財布からICカードを取り出しふたりの後を追う。


「ねぇ、城戸くん。メロンパンアイスはお好き?」

「え? メロンパンとアイスは好きだから多分好きだと思うぞ」


 いざ自動改札へ! といったタイミングで水瀬が不意に振り返ったので、危うくぶつかりそうになった。水瀬の隣を歩いていた花ヶ崎がそのまま自動改札を通って行ってしまったところを見ると、本当になんの前触れも無く振り返ったようだ。

 水瀬の後ろで花ヶ崎が両手を振りながら「何してんの~!? はやく~!」と声を上げている。


「そう。……よかった。……ごめんなさい。ICカードを落としてしまったのよ」


 水瀬はそう告げると踵を返し何事も無かったかのように自動改札を抜けて行った。


 は? ICカードなんて落としてないじゃねぇか? それとメロンパンアイスだって? もしかして行き先は……。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「着いた~! (しとみ)モール!」


 上機嫌な花ヶ崎に言われずとも降りた駅で目的地は理解できていた。


 ……だって駅名“蔀グレーサレスシュタット”だもんな。


 平日の夕方だというのに人出は多く、蔀モールへと繋がる空中歩廊(ペデストリアンデッキ)には大勢の人が行き交っていた。

 その人の流れに沿って歩き、花ヶ崎を先頭にしてモールの中へと突き進んだ。


「紗英、そんなに声を出していたらマスクをしている意味がないでしょう? なんのための伊達マスクだと思っているの?」

「そうだった!! ごめんごめん!」


 会話から察するにどうやら花ヶ崎のマスクは顔バレ対策のようだった。

 テレビに出演するほどの人気読者モデル。そんな花ヶ崎がただでさえ人の多い場所に姿を現したらどうなるかなんて容易に想像できる。だからこその顔バレ対策のようだが……現状でもうひとり顔を隠すべき人物がいる気がするのだが……。


 モール内に入ってから更に増えた人の数。

 時折忘れそうになるが水瀬は、目を引く、息を呑むといった程度を遥かに凌駕した、見る者を圧倒する非日常的なレベルの美貌の持ち主である。知らぬ人からしたら、モデルや芸能人のように映っていることだろう。それ故、顔を隠していない水瀬に集まる色目や好奇の眼差しは、途方途轍もないまでに膨れ上がっていた。もしかすると水瀬のことが視界に入っている者は皆、こちらに視線を向けているのではないかと錯覚する程にだ。

 なので俺は花ヶ崎に声を掛けた。


「花ヶ崎さんマスクもう一枚持ってたりします?」

「え? うん、あるよ」


 鞄から新品のマスクを取り出して首を傾げる花ヶ崎。


「でしたら水瀬さんにも付けていただきたいのですが」

「……ん? どうして? 私は風邪なんて引いていないのだけれど?」


 どうして今の流れで気付かないのだろうかこの天然御嬢様は。まぁ、普段からこれだけの注目を受けて過ごしているんだから分からないこともないが。


「…………あぁ~。城戸くん気が利くね……はいエリー、文句言わないで付けること」


 花ヶ崎もこのような目が集まることに職業柄慣れてしまっているのか、俺の言葉を聞いて辺りをグルリと見回してから気付いたようだ。命令口調なところを見るに俺と同意見らしい。


 ったく改めて思うが俺の場違い感が半端ない。俺には恨み、僻み、妬み、嫉み、そして極め付けに殺意の籠もった負の視線しか集まってこない。なんちゅう天と地の差だ。


「風邪の予防は普段からキチンとしているから問題ないわ。それにマスクは息苦しいから付けたくないの」


 俺と花ヶ崎からの注文に、駄々をこねるようなぐずついた表情を湛えて首を横に振る水瀬。広がった長い黒髪が否定の意を強く表すように光を反射して艶やかに輝いた。


 つい先週風邪引いてたのはどこのどいつだよ!? という真っ当なツッコミを抑え込んでから口を開く。


「水瀬さん。付けないのならばこのまま帰りますよ?」


 努めて冷静に。極めて冷たく。この言葉の重みが、俺の思いが水瀬に伝わるように。


「…………ん。……わかった」


 深く長い沈黙の後、水瀬は半ベソ気味になった顔を隠すように頷くとそのまま俯き、囁くように言った。


 なんだよその反応。俺がイジメてるみたいじゃねぇか……。俺も半ベソどころか、ベソ掻いてもいいか? 泣いてもいいか? ……うえーん!


「よちよち。よく我慢ちまちたね~エリーちゃん」


 拗ねていじけてしまった水瀬を、優しく、慈愛に溢れた抱擁で包み込んだ花ヶ崎。マスクをしているため口元は確認できないが、目元がだらしなく緩んでいるところを見ると本心から水瀬を思っての行動であることは間違いなかった。

 水瀬も面を伏せたままではあるものの、その抱擁を嫌がること無く受け入れており、これはこれでよかったのか? と考えていたところ、


「城戸くんもエリーのことを思って――」

「花ヶ崎さん! もうその辺にしてもらえませんか?」


 何か余計な事を口走ろうとした花ヶ崎に取り敢えず釘を刺しておいた。

 目の奥に淡く光るのはイタズラな好奇心。それをこちらに向けるとひとり納得したように頷き、花ヶ崎は鷹揚に口を開いた。


「仕方ないな~。……それでエリー? まずはどこを見たいの?」


 花ヶ崎のその言葉に俯いていた水瀬は顔を上げ、抱きしめられたままの状態で俺に潤んだ瞳を向けるとポツリと言った。「メロンパンアイス」と。

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