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11 ※後書きあり第9回心理学用語解説コーナー『シンクロニシティ』

 朝一からの全力マラソンのおかげでかろうじて裏門が締まる前に敷地内へと滑り込むことが出来た。

 変な緊張感から軽く汗をかいたものの息が切れることはなかった。

 階段を昇っている最中に予鈴が鳴ったので1段飛ばしで駆け上がり教室へ。


「おはようございます」


 引き戸を開けると目の前にタロがいたので挨拶をしておいた。身勝手だが返事を待つことなく席へと向かう。取り敢えず鞄を置いて座りたい一心だった。

 途中俺の後ろの席の水瀬と目が合ったが、挨拶さえなくすぐに顔ごとプイッと逸らされてしまった。……どうやら水瀬も機嫌が悪いようだ。


「おーっす城戸っち! 遅刻ギリギリだったじゃん」

「はい。危なかったです」


 席に着くと俺の後ろを歩いてきたタロが声を掛けてきた。

 タロは空気を読むのが上手い。故に“そう振舞っている”のだが……。


「城戸くんおはよー。全然来ないからまた体調崩しちゃったのかなってちょっと心配しちゃったよ」

「おはようございます木崎さん。いえ大丈夫です。今日は普通に遅くなってしまっただけなので。心配して下さってありがとうございます。木崎さんは本当に“優しい”ですね」

「また~! そんなことないって!」

「城戸くんうっす! 自分も心配してたっす!」

「城戸っち歓迎会の店の場所分かった?」


 タロと隣の席の木崎さん、それといつの間にか俺の隣に立っていた佐藤と会話を続けていると本鈴が鳴り、担任の谷口先生が入室してきた。

 朝のHR開始の合図だ。

 各々が席に着くのを確認してから「日直」と谷口先生が言った。

 ――起立、礼、着席。そんなルーチンをこなした数分後にイレギュラーな事態が起きた。

 教壇に立つ谷口先生の「今日は暑くなるから――」という話しを聞き流していたら、視界の端に何かが額面通り滑り込んできたので手に取って見ると、矢文よろしく紙がケースの間に挟まれた消しゴムだった。

 俺の席は窓際の最後尾から2番目。窓枠のレール部分を音も無く後方から滑ってきたので、これは間違いなく後ろの席の水瀬からの物だろう。

 そう考えて小さく折りたたまれた紙を他人に見られぬよう広げてみると。


 スマホ!


 と水瀬らしい丁寧な字で書かれていた。

 これは一体何を意味するのだろうかと考えながら消しゴムを窓枠のレールに乗せ、終点の水瀬駅へと発車させた。

 谷口先生の動向を窺いながらスラックスのポケットからスマホを取り出し、電源ボタンを押してみるとメールボックスには未読を示すマークがついていた。

 もしや水瀬はこのことを言っているのかと思い、未読メールを開く。――ビンゴだった。


 【From】水瀬愛理

 【Subject】無題

 【Body】どこ?


 非常に簡素で簡潔で簡明な単語だった。

 思い返すまでもなく昨晩の続きのことだろう。

 今返信を返すべきか迷ったが、わざわざ催促をしてきたところを見ると急ぎ情報が欲しいのは明白だったったので、谷口先生の隙を見て文字を打つ。


 【Body】知り合いのカフェだ。場所は帰り道の途中にある。そこでいいか?


 送信を押して暇潰しがてらに外を見る。これぞ窓際席の特権である。

 窓越しに差し込んでくる日差しは初夏を思わせる独特の包み込むような温かさを孕んでいて、その陽光はつい先日まで満開だった桜の花弁を散らし、木々の翠緑を深めていく。

 眺めているだけで微睡を誘う光景に自然とあくびが出た。このままでは授業に集中出来ないのでいっそのこと寝てしまおうか、と考えていると握っていたスマホが振動した。


 【Body】えぇ。帰りのHRが終わったら裏門で待っているわ。城戸くんが気にするところの「他の生徒に見られる」はないと思うから安心して頂戴。もう勧誘期間は終了したから皆本格的に部活動に打ち込んでいるはずよ。


 そう言えば初日に勧誘期間は1週間と水瀬から教わっていたな、と思い返し今朝も意味もなく裏門から登校したことに胸中で笑ってしまった。遅刻ギリギリだったのにわざわざ遠回りをしていたのだ。アホか俺!


 【Body】了解。じゃあ放課後な。


 返事を送信して谷口先生の目を盗み、窓をさりげなく開けた。その代わりにカーテンを閉めたので隠蔽工作は万全だ。

 控え目に開けた窓からカーテンを踊らす乾いた暖かい風が一片の桜の花弁と共に舞い込んできた。梅雨前の風は湿気を纏っていないので、すこぶる心地良い。目を瞑れば即座に意識を手放してしまいたくなる。

 水瀬とのやりとりも終わったので頬杖をつくためにスマホをスラックスのポケットにしまおうとしたが、そのタイミングで振動した。


 誰だ?


 確認してみると未読が2通。どうやら今のタイミングで同時に届いたらしい。何という確率だ。

 メールボックスを開くと1通は水瀬からの、


 【Body】今日のお昼はどうするの? コンビニの袋が無いから寄ってきていないのでしょう? また食堂に行く?


 というものだった。

 そしてもう1通は今朝の機嫌が悪いコンビの片割れ――鈴奈からだった。


 【From】籠橋鈴奈

 【Subject】(ToT)/~~~

 【Body】間違ってそーにぃのお弁当まで鈴奈が持ってきちゃったから、お昼食堂にきてねー! 一緒にお弁当食べよー!


 そういえば弁当が入っている割には鞄が軽いなとは思っていたが、そもそも入っていなかったのか。そりゃ軽くて当然だな。

 それと昨日食堂に行って気付いたのだが全員が全員利用者ではなかった。自前の弁当を持ち寄っているグループも多くいたので、どうやら食堂はただの飲食スペースとしても使用できるようだった。

 まずは水瀬へ、


 【Body】今日は知り合いと食堂で飯を食う約束をしてる。


 と返信した。

 水瀬と昼飯を食べるということは否応無く花ヶ崎がセットになる。ただでさえ水瀬だけでも相当に注目されるというのに、そこに花ヶ崎が加わると注目度が倍々ゲームを加速度的にネズミ算をしたようになるのだ。……自分でも何を言っているか理解できていないが、要するに昨日の食堂でのあの有様だ。

 昨日の再現だけは避けたいので鈴奈を言い訳に使わせてもらった。まぁ、実際鈴奈と飯を食う約束をするので嘘ではないのだが。


 【Body】はいよー了解した。弁当楽しみだ。授業真面目に受けろよ!


 鈴奈へメールを送信したのと、谷口先生が「1時間目は俺の受け持ちだからこのまま始めるぞー」と言ったのはほぼ同時だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 幾度となく意識を睡魔に刈り取られそうになりながらも、なんとか無事に午前の授業を乗り切った。

 窓際席は誘惑が多すぎる。眠気を誘う桜の花弁が舞う新緑の景色。他のクラスの体育の授業風景。食堂から立つ香りは食欲を刺激し空腹へと(いざな)う。


「城戸っち! 今日はまた食堂? ミーと一緒に食べようぜ!」

「今日は大盛りっすか?」


 教員が教室を後にした途端、タロが真ん中の席から走って俺の席へとやってきた。

 タロというあだ名も相俟ってか、その姿がどうしても主人の下へと急ぐ飼い犬にしか見えないのだが……。

 その隣には仁王立ちが似合う佐藤。ガタイの良さからこちらは主君に忠誠を誓う武人にしか見えない。


「すみません。今日は先約があって――」

「えぇっ!? もしかしてまた……」

「……水瀬さんとっすか?」


 俺の言葉を遮り、ふたりは身を乗り出して言った。そしてふたりの言葉を聞いたクラスメイト達も顔をこちらに向け、俺の反応を待っているようだ。

 お前ら顔近いし声デカい! 後ろに水瀬がいるんだから聞こえちまうだろ! ……いや、ここは水瀬にもあえて否定させることで最近何かと勘繰られている俺らの仲を見直してもらう切っ掛けに出来るな。

 そう判断し「いやぁ、違いますよ。ねぇ、水瀬さん?」と後ろに振り返りながら話しを振った。


「城戸くんの仰る通り、違いますよ。……けれど、お昼を一緒にするなんて彼女さんかしら? それとも、もしかして彼氏さんかしら?」


 スッと立ち上がり滔々と語った水瀬は意味深な微笑を湛えて俺を見た。

 彼女はまぁ良いとして、彼氏ってなんだよ! 俺はノーマルだ! とツッコミを入れたい激情に駆られたが、俺が口を開くよりも先に何故だか隣の席の木崎さんが反応した。


「えっ!? 城戸くんってそっちもいける口なの!?」


 好奇心を体現したかのような鋭い光を灯した瞳を、一直線に俺に向ける木崎さん。若干息が荒くなっているのは気のせいだろうか……。

 何それ!? いける口って!? 俺が聞きたいわ!

 木崎さんのただならぬ威圧感に押されてどう返せばいいのかと悩んでいたら、


「き、城戸っち……俺はノーマルだからさ……その……ゴメン」

「じ、自分もそっちの気はないっす……すんません」


 タロと佐藤に真顔で謝られた。

 ……ちょっと待て、木崎さんは俺に何を求めていたんだ。いや、考えるまでもなく答えはわかっているんだが、頭がそれを拒否している。

 落ち着かない思考を持て余し教室内をグルリと見回してみたところ、俺と目が合った男子は皆頭を下げてきた。……ふざけんな! 俺の方こそお断りだっての!

 元凶の水瀬に文句を言うべきか、悪化させた木崎さんに文句を言うべきか……。


「あっ! それは大丈夫! 私の脳内補完でどうとでもなるから! ……むしろ妄想が捗るから! ……はぁはぁ……私的には王道なサト×キドのCPも充分ありだと思うんだけど、逆CPのキド×サトも全然ありだと思うの! 眼鏡攻めの城戸くんと筋肉受けの佐藤くんが……はぁはぁ。……けど城戸くんは攻め寄りリバでもおいし――」

「木崎さん! 自分ノーマルなんですけど!? 女の子が好きなんですけど!?」

「そうそう! そこね! そこはキド×タロのCPでしょ! タロの小悪魔受けに城戸くんがノンケ攻め……さいっっっっこうね! 俺、女の子が好きなのに……っていう背徳感がたまらな――」

「木崎さん取り敢えず一回深呼吸しようか」


 腐ってるよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお! この人ガチだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 思わぬところで木崎さんの本性が垣間見れたのだが、闇は深そうだ。深く考えないようにしよう……。


「はぁはぁ!」

「はぁはぁ、じゃなくて深呼吸ですよ」

「? ヒッ、ヒッ、フー」

「それラマーズ法」

「城戸っち俺ら先に食堂行ってるからー! あとよろりんこ!」

「かたじけないっす!」


 ジリジリと後退していたタロと佐藤はそう告げると即座に教室から離脱していった。水瀬に至ってはいつの間にか教室内からいなくなっていた。

 アイツら逃げやがった! 許すまじ! 特に元凶の水瀬!

 一先ずラマーズ法から深呼吸に切り替えてもらい、木崎さんを落ち着かせた。


「落ち着きました?」

「ご、ごめん。暴走しちゃった……。ありがと、落ち着いた」


 「では自分は食堂に」と告げてから教室を離脱。混雑する廊下を足早に抜けながら、ふと考える。

 まさか木崎さんが腐女子だとは思いもしなかった。『ラベリング・エフェクト』のおかげで俺に優しく接してくれてるのかと思いきや、そうではなかったらしい。木崎さんからすれば俺は大事な燃料のようなものなのだろう。

 悲しい真実を知った俺は半ばヤケクソになって廊下を走り抜けた。

第9回心理学用語解説コーナー『共時性(シンクロニシティ)


共時性(シンクロニシティ)』について


 これ今更説明する意味あるの? と言われてしまいそうですが、説明させて下さい。

 シンクロニシティとは“意味のある偶然の一致”です。彼の有名なユング先生が提唱したもので皆さんも一度は体験したことがあるかもしれません。


 例えば

 久しく連絡を取っていなかった友人のことをふと考えていたら、その友人から連絡がきた。

 テレビを見ながら友人と「そういえば今この芸人きてるよね~」と話していたら、その芸人がタイミング良く番組に現れた。

 晩御飯ハンバーグが食べたいと思って帰宅したら、作ってくれていた相手もたまたまハンバーグが食べたくて、作っていた。


 などです。


 少々スピリチュアルチックなものですが、“夢”がありますよね?




「あなた、今私のこと“可愛い”って思ったでしょ?」

「…………」

「わかるわかる。私も今自分のこと“可愛い”って思ったもん! ……これなんて言うか知ってる? シンクロニシティって言うんだよ!」

「…………(いや、ナルシストだと思った)」




 最後の茶番に特に意味はありません。

 それと全然関係ないのですが、各章10話を目標にしていたのに佳乃が暴走し、識原もそれに便乗してしまったため、この章はまだ終わりません……どころか、まだメインのお話にすら到達していません。章タイトルの「あうとおぶこんとろーる!」も未だに未回収なのはそのせいです。

 延々と日常シーンを続けてしまう識原の悪い癖です。佳乃にも、もっとさっぱりしてよー! と怒られています。反省。

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