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「そーきゅん朝よ~! おはようのキッふぅぅぅぅ!?」

「朝から何してるんですか」


 俺の第六感が寝起きから警鐘を全力で打ち鳴らしてくれたおかげで、秘技“鉄壁の守りにして(まくら)絶対の防壁(ガード)”が発動した。……ダサい。我ながらネーミングセンスが中二病時代から一切進歩していない気がする。いや、ダサいと思えるようになっただけマシなのかもしれないが……。

 一先ず俺に飛び付こうとしてきた潤さんの顔面に容赦無く枕を押し付けてから起き上がる。

 い草の香りの鎮静効果のおかげなのか昨夜は一度も目を覚ますことなく熟睡することが出来た。……ただ何故だか右腕が軽く痺れていた。きっとベッドのように仕切りがないため変な体勢で眠っていたのだろう。解放感もあり過ぎるのは問題だな。


「あん! そーきゅんは・げ・し・い!」

「着替えるんで出て行って下さい。朝からテンション高すぎませんか?」

「そりゃ~そーきゅんがいるからね! 制服はそこにあるから……なんなら着替えさせてあげよっか?」

「結構です」


 潤さんを部屋の外に押しやって扉を閉めてから手早く着替えを済ませる。手早く済ませる理由は潤さんがいつ突撃してくるか分からないからである。

 鏡の前でネクタイを直しながら……そういえばパンツ代! と思い出した。

 わざわざ下着を買ってもらいあげくに泊めてもらっているので、それぐらいの借りは返さなくてはならない。……たとえブラフにハメられたとしてもだ。


「おはようございます」

「おぉ! 颯太おはよう! 昨夜は先に酔い潰れてしまってすまなかったな」


 リビングに向かうとイスに座り新聞を広げてThe父親、といった様子の和馬さんがいたので挨拶をした。

 すると和馬さんは新聞を畳み申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を下げてきたので「ちょっとやめてくださいよ!」と懇願して頭を上げてもらい、会話を続けた。


「和馬さんかなりハイペースにいってましたからね」

「ハッハッハ! 我ながら恥ずかしい飲み方をしてしまったな。次は鷲さんも誘ってゆっくりと落ち着いて飲むか」

「はい」


 一通り会話を終え潤さんを探したがリビングにはその姿はなかった。

 ならば……と、食欲をそそる味噌汁の香りを辿ってキッチンに向かうとそこには潤さんではなく鈴奈の姿があった。

 制服の上に羽織っているエプロンドレスは縦のゼブラストライプを基調としたもので全体的にはシックな雰囲気だったが、撫子色の首元のリボンと長めの腰紐をサイドでリボン結びにしているあたりがどうしても無邪気な子供っぽく見えた。……まぁ、似合っているので文句はないのだが……それと鈴奈はどうやら撫子色が好きなようだ。


「おはよう」

「…………」


 そう声を掛けてみたが鈴奈は集中しているのか俺に気付くことなく真剣な眼差しで玉子焼き用の四角いフライパンを見つめていた。

 どれどれ……お手並み拝見といき……焦げとるやんけ! ベリーウェルダム玉子焼きやんけ!


「鈴奈! 焦げてるぞ!」

「……ほへ?」

「ほへ? じゃなくって玉子焼き焦げてるって! ちょい貸してみろ」


 俺の言葉に、なんのこっちゃ? という呆けた表情を浮かべている鈴奈の手からフライパンを奪い取り菜箸で手早く玉子を巻き、また次の卵を流し入れる。

 この程度の焦げなら全然許容範囲だな。むしろ味のアクセントになってありかもしれん。まぁ、甘い玉子焼きの場合は砂糖が入ってるからどうしても焦げやすくなるのは仕方ないんだよな。


「そ、そーにぃ!?」


 ビクッと身体を揺らして反応をした鈴奈は1歩、2歩と後ろに下がり始め、冷蔵庫にぶつかってやっとその歩みを止めた。

 え? なんでそんなに後退りするんだよ。軽くショックなんだが……。


「なんだよ?」

「えっ? 別に? 何も? 鈴奈は、動揺、なんて、してない、けど?」


 いきなりフライパンを取られて驚いているのか、それとも焦がしてしまって焦っているのか鈴奈はしどろもどろになりながらそう口にした。鈴奈、目が泳いでるぞ!

 底が固まり始めた半熟の卵を巻きながら話しを続ける。


「動揺してるじゃねぇか。焦がしたくらい気にすんな」

「焦がしたー? ……あーっ! 玉子焼き焦げてるー! そーにぃのせいだ!」

「なんで俺のせいなんだよ?」

「だって鈴奈昨日の夜――」

「あらぁ? 颯太が玉子焼き作ってるの?」


 鈴奈の言葉を遮るようにして尋ね人の潤さんがキッチンに顔を出した。

 撫子色にホワイトドットが(ちりば)められたリボン付きのヘアーバンドをしているところを見ると、どうやら洗顔をしていたようだ。

 やけに少女趣味なヘアーバンドをしているが、その姿が違和感なく見えてしまうのはやはり童顔故なのだろう。


「えぇ。成り行きで」

「……ちょっとお母さん! 鈴奈のヘアーバンド使わないでって言ったじゃん! いい加減自分の買ってよー!」


 少女趣味ではなくただ単に鈴奈の物を使っていたらしい。

 お、卵無くなったし完成だな。


「そうだっけ? ……そんなことよりも颯太に玉子焼き作らせちゃってよかったのかなー? りんちゃん?」

「鈴奈、玉子焼き出来たぞ。どうすりゃいい?」

「あっ! もぅ! そーにぃ! なんで玉子焼き作っちゃってんの!? 鈴奈がそーにぃのお弁当用に作ってたのにー!」


 鈴奈はリスのように頬を小さく膨らませると精一杯の不満を孕んだ視線を向けてきた。

 なんで俺が怒られなきゃいけないんだよ……理不尽か! というツッコミは一先ず置いておくとして……弁当? 俺の分?


「鈴奈さんや、もしかして俺の分の弁当を作ってくれてたのか!?」

「えっ? ……あっ……その昨日……うん」

「ありがたや~!」


 右に左に目を泳がせると俯き囁くような小声で肯定を口にした鈴奈。

 食堂メニューの値段、ボリューム、味を考えるとコンビニで買うのがバカらしくなってしまっていたが、昨日あんなことがあったので今日は教室で大人しく菓子パンとおにぎりでも食べようかと考えていたので、非常にありがたかった。

 それと鈴奈って料理出来るようになったのか。知らなかったな。


「そーにぃありがたがらなくていいよ……鈴奈の贖罪だから」

「鈴奈の食材? 卵が?」


 なんと籠橋家は自分の食材まで決まっているらしい……意味が分からん。


「なんでもないよー」

「そうか。でもな弁当作ってくれると俺が助かるのは事実だろ?」

「そうかなー?」

「あぁ。だからありがとうな」


 普段ならば「ほめてほめてー!」と鈴奈から言ってくるはずなのだが今回は何か思うところがあるらしく、口を真一文字に結んで硬い真面目な表情を浮かべていた。

 なので不意打ち気味に鈴奈の頭をポンポンと撫でてみたのだが……、


「あっ……そーにぃのえっち!」

「す、すまん」


 何故か怒られてしまった。どうやら鈴奈は今日機嫌が悪いらしい。触らぬ神に祟りなし。

 俺は逃げるようにしてキッチンから立ち去った。……あ、パンツ代!



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 鈴奈は朝練があるとのことで先に出て行ってしまったので朝食を食べながら向かいに座っていた潤さんに尋ねた。因みに和馬さんはもう厨房に行ってしまった。朝一から色々な仕込があるようだ。


「潤さん、俺の下着代いくらでした?」

「……ゴフォ……ゲフォッ……うぅ……何よ? どうしたのいきなり?」


 味噌汁が気管に入ったのだろうか潤さんが盛大にむせた。一頻り咳き込んでから涙目になりつつ疑問を口にした。


「いえ、泊めてもらったあげくわざわざ下着まで買ってもらったんでそれぐらいはかえ――」

「いいわよそれくらい別に。それに“泊めてもらった”じゃなくて私達が“泊まらせた”んだから颯太が気にすることじゃないわ~」

「……確かにそうかもですが……」

「何? まだ納得できない?」


 しなやかな笑みを湛えた潤さん。その下に隠された本音は当然のように俺如きでは読めない。


「納得……そうかもしれません」

「颯太って本当兄さんに似て頑固よね~。それならこう思ってもらえればいいわ。私達は颯太の雇用主でしょう? 昨日泊まってもらったのは宿直勤務で報酬は下着代。どう? これで納得?」

「……はぁ」

「あらぁ~。そんなに不満そうな顔されるとお姉さん困っちゃうゾ☆」


 微塵も困っている様子の無い声音でそう言うと、潤さんは鈴奈が作った味噌汁を啜った。

 先程潤さんから聞いた話なのだが鈴奈は籠橋家の朝食当番なのだそうだ。今用意されている五穀米ごはん、なめことネギと豆腐の味噌汁、ナスとオクラの煮浸し、白菜の浅漬け、ほうれん草の胡麻和え、きんぴらごぼうは全て鈴奈が作ったものらしい。正直驚いた。どれもおいしく出来ておりとても玉子焼きを焦がすようなレベルではなかったからだ。……どや顔で「玉子焼き出来たぞ」とか言っていた自分を殴りたくなった。


「困っている様には到底見えないんですけど」

「バレちゃったか~。これからも颯太にはウチに泊まってもらいたくてね。私もかずくんもその方が楽しいし、りんちゃんも大好きなそーにぃがいてくれたら嬉しいだろうからさ~。それに颯太がいてくれればこうやって“豪華”な朝ご飯も食べれるからね。うふふ~」

「まぁ、ぼちぼちお邪魔させてもらいますよ」

「約束よ? ……そういえば颯太は随分とのんびりしてるわね~。時間大丈夫なの?」


 潤さんの言葉を受けて壁掛け時計に目を移すと時刻は8時を過ぎていた。

 全然……大丈夫じゃなかった。ここから全力疾走すればなんとか間に合うだろうというレベルだった。

 さすがに2日連続で遅刻はまずいので急ぎ立ち上がり、俺は玄関に向かって全力で駆け出した。


「ヤバい! 行ってきます」

「気を付けなさいな~」

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